除草剤を少しだけ浴びた雑草、花が1.5倍近くに増えると判明
庭の草むしりを終えて一息ついたのに、数日後には同じ場所から、また小さな芽が顔を出していました。
畑では、作物の邪魔になる雑草を枯らすために、除草剤がまかれます。
ところが、散布した薬の霧は、狙った畑の外へ流れ出すことがあります。
こうして周りの植物が浴びるのは、枯れるほどではない、ごくわずかな量です。
では、薬をかすめる程度に浴びた雑草には、いったい何が起きるのでしょうか。
研究チームは、畑や道ばたでよく見かけるカタバミの仲間を使い、2年にわたる野外実験でこの疑問を調べました。
すると、薬を浴びた雑草には、思いもよらない変化が起きていたのです。
研究の詳細は、2026年10月5日付で学術誌『New Phytologist』に掲載されました。
畑の外に漂う「ほんの少しの除草剤」
散布した除草剤が狙った畑の外へ漂い出す現象は、「ドリフト(飛散)」と呼ばれます。
飛散した薬を浴びた周りの植物がどうなるのかは、生態や進化の面からは、まだよく分かっていません。
一方で、ふつうは毒になる物質が、ごく少量だと逆に生き物を元気づけることがあります。
この現象は「ホルミシス」と呼ばれ、除草剤を浴びた植物でも報告されてきました。
ただ、それが雑草の生き残りや進化にどう関わるのかを調べた研究は、ほとんどありませんでした。
そこで研究チームが注目したのが、カタバミの仲間「オキザリス・ストリクタ」です。
この草は北アメリカとユーラシアに広く生え、畑や道ばた、街なか、森の下草として見られます。
葉には酸っぱい成分(シュウ酸)が含まれ、料理に酸味を足すのに使われることもあります。
その一方で、農地や芝生では厄介な雑草とされ、抜いても薬を使っても取り除きにくい草です。
この草は主に自分の花粉で受粉して種をつくり、地下茎で増えることもできます。
実験は、2022年と2023年に、野外の畑で行われました。
チームは、いくつもの母系の家系について、それぞれ複数の株を用意しました。
株はあらかじめ2組に分けて植えておき、畑で22日育てたところで、片方にジカンバという除草剤を吹きかけました。
濃さは畑で勧められている量の約0.7%、およそ140分の1で、流れてきた霧を浴びる程度を想定した量です。
もう片方には、薬を葉に広げる補助剤だけを同じ濃さで吹きかけ、薬そのものの効き目を比べられるようにしました。
吹きかけには手持ちの噴霧器を使い、実際の飛散のように、薬がむらにかかる様子をまねました。
そのうえで、株の育ち方や花の数と大きさ、種の数、花を訪れる虫の数を調べていきました。
弱るはずの雑草に起きた、思わぬ変化とは?
薬を浴びた株でまず目立ったのは、花の多さでした。
最初の実験で1株が咲かせた花の合計は、薬なしの株の95個に対し、薬を浴びた株では139個にのぼりました。
花の数が約46%、つまり1.5倍近くに増えたことになります。
しかもこの差は一時的なものではなく、調べた日のほとんどで、薬を浴びた株のほうが多く咲いていました。
一方で、最初の花が咲く日には、薬のあるなしで違いは見られませんでした。
花だけでなく、株そのものの育ちもよくなっていました。
散布の後に出た葉は、薬なしの株の約3.1枚に対し、薬を浴びた株では約4.5枚でした。
成長の度合いでみると、約44%の増加です。
翌年の実験でも、薬を浴びた株は花を増やしており、この反応は両方の年で一貫していました。
翌年は特に散布から最初の1か月の差が大きく、薬を浴びた株は平均180個と、薬なしの株の140個より約29%多く咲かせていました。
ところが花をよく見ると、もう一つの変化が起きていました。
2023年の実験で測ると、薬を浴びた株の花は、幅が小さくなっていたのです。
その幅は、薬なしの株の8.73ミリに対し、薬を浴びた株では8.09ミリでした。
差は約0.64ミリで、花の幅がおよそ7%縮んだ計算になります。
つまりこの雑草は、薬を浴びると「小さな花をたくさん咲かせる」作戦へと切り替えていたのです。
研究チームはこれを、環境に合わせて同じ株が性質を変える反応(可塑性)だとみています。
体の資源を、花づくりへより多く振り向けるようになったわけです。
では、花が増えたことで、花を訪れる虫も増えたのでしょうか。
この草には、蜜や花粉を求めて、ハナアブやミツバチがやってきます。
ところが調べてみると、花を訪れる虫はかえって減っていました。
分析によると、虫が減った主な原因は、花の数の変化でした。
除草剤のかすかな飛散が、植物の姿だけでなく、植物と虫との関係まで変えうることが見えてきたのです。
花の増加が種に結びついた年、差が見えなかった年
雑草にとって大事なのは、花の数そのものより、どれだけ子孫を残せるかです。
最初の実験では、種の数の平均値を比べると、薬を浴びた株のほうが薬なしの株より約18%多いという結果でした。
ただし株ごとのばらつきが大きく、この比較だけでは、はっきり増えたとは言えない差でした。
そこで研究チームは、薬、株の成長、花の数、種の数のつながりを、道筋ごとに分けて分析しました。
すると、種の数をいちばん強く左右していたのは、花の数だと分かりました。
薬は、花を増やすことを通じて、間接的に種を増やす方向に働いていたのです。
道筋は、薬で株がよく育って花が増える経路と、薬が直接花を増やす経路の2本でした。
つまり薬が種づくりを直接後押ししたのではなく、「花が増えた分、種も増える」という道筋だったのです。
ところが2023年の実験では、同じように花が増えても、実の数には薬の影響が見られませんでした。
実の数は、薬とは関係なく、株がどれだけ育ったかと結びついていました。
なぜ、年によって結果が分かれたのでしょうか。
研究チームが一因として挙げるのは、薬を浴びたときの株の成長段階です。
2022年は、散布の時点で花を咲かせ始めていた株が、わずか17%でした。
一方2023年は、同じ育成期間のうちに、78%の株がすでに花を咲かせていました。
ほかの植物でも、早い時期に浴びるほど、補うような成長や繁殖の反応が強く出やすいと報告されています。
また、同じ畑で行ったとはいえ、気温や雨の量など、年ごとの天候の違いも影響した可能性があります。
少量の除草剤への反応がこうして揺れ動くのは珍しくなく、農業の現場での予測を難しくしてきました。
研究チームは、薬を浴びる時期や環境を意図的に変える実験が、今後欠かせないとしています。
もう一つ調べられたのが、この反応が家系によって違うかどうかです。
家系による違いが大きければ、薬によく反応する性質が受け継がれ、進化していく余地があります。
しかし、花が増えるといった反応には、家系による違いはほとんど見られませんでした。
そのため、この反応が進化によってさらに強まっていく見込みは小さいと考えられます。
ただし、花の幅の縮み方については、家系によってはっきりした違いがありました。
研究チームの以前の研究では、このカタバミは勧められた量のジカンバを浴びると、生き残れず、種づくりも保てませんでした。
同じ薬でも、量がおよそ140分の1になると、枯れるどころか花を増やしてしまうのです。
今回の結果は、少量の除草剤が雑草の体の使い方を変え、虫との関係まで作り変えうることを示しています。
ただし、それで子孫が本当に増えるかどうかは、年や成長段階によって変わるようです。
畑のふちでジカンバの霧をかすかに浴びたこのカタバミの仲間は、いつもより小さな花を、いつもより多く咲かせているのかもしれません。
しかもその花のまわりでは、ミツバチやハナアブの姿が、むしろ少なくなっているかもしれないのです。
どうやら雑草相手に「ちょっとだけ」は禁物のようです。
ここからは、ホルミシスをもっと知りたい人へ
ホルミシスとは、ふだんは毒になるものが、ごく少ない量ではかえって生き物の育ちを助ける現象です
ホルミシスは、植物では、枯れるほどではない量の化学物質を浴びたあとに、育ちや繁殖がよくなったり、養分の回し方が変わったりする形で現れるのがふつうです。
その増え方は小さくありません。グリホサートなどの除草剤を少量浴びた雑草では、浴びていない株より、重さや大きさ、繁殖に関わる性質が9〜145%増えるのが典型的だと報告されています。
一方で、体の重さや子孫の数が変わらない場合でも、花の時期のような繁殖に関わる性質だけが変わることがあります。
進化の研究では、ストレスを受けたほうがかえって子孫を残す力が高まる「過剰補償」という考え方があり、ホルミシスにじかに対応するものとされています。
こうした反応は、畑に生える雑草の顔ぶれの移り変わりや、除草剤が効かない性質(抵抗性)の進化に関わっているのではないかと考えられてきました。
人とのかかわりでは、除草剤の2,4-Dが、薄いと植物ホルモンのように強く働き、濃いと草を枯らすと分かったことが、除草剤の開発を新しい段階へ進めるきっかけになりました。
写真で見るカタバミの仲間と除草剤
参考文献
Hormesis without evolution: plastic compensatory responses to herbicide drift in Oxalis stricta , a common weed of agriculture (New Phytologist)
https://doi.org/10.1111/nph.71643
コトバンク「除草剤」
https://kotobank.jp/word/%E9%99%A4%E8%8D%89%E5%89%A4
米環境保護庁(EPA)「Dicamba」
https://www.epa.gov/pesticides/dicamba
元論文
Hormesis without evolution: plastic compensatory responses to herbicide drift in Oxalis stricta , a common weed of agriculture
https://doi.org/10.1111/nph.71643
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部