人はルールを守る人より「破る人」をまねしやすいと判明
高速道路では、多くの車が制限速度を少しだけ上回る速さで流れることは普通の光景です。
ルールは、人が集まって暮らすうえで、ふるまいをそろえ、協力を保つための土台です。
けれども、取り締まりがゆるい場で他人が破るのを目にすると、ルールを守る気持ちは揺らぎやすくなります。
これまでの研究でも、ルール違反のような迷惑なふるまいが、人から人へ広がりうると示されてきました。
ただ、現実の違反には、ちょっとした速度超過から大きな違反まで「程度」があります。
目にした違反の大きさによって、人のふるまいはどう変わるのでしょうか。
そして、見た違反をさらに上回って破る人がわずかにいたら、集団には何が起きるのでしょうか。
研究の詳細は、オランダのアムステルダム大学らにより、2026年10月21日付で学術誌『Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences』に掲載されました。
流れ星の「いちばん明るいマス」で違反の大きさを測る
この問いに挑んだのは、オランダのアムステルダム大学の心理学者ルーカス・モレマン(Lucas Molleman)氏らです。
チームは、違反の大きさを段階的に測れる課題を考えました。
画面には横一列に100個のマスが並び、その上を流れ星のアニメーションが走ります。
参加者に伝えられたルールは、「いちばん強く光ったマスを選ぶこと」でした。
いちばん明るいマスは、いつも列の真ん中あたりにありました。
ところが、マスの下には右へいくほど大きくなる金額が示され、右を選ぶほどお金がもらえたのです。
いちばん右のマスなら、およそ1.3ドル分の報酬になりました。
つまり、右へずらすほど得をする代わりに、ルールからは大きく外れていく仕組みです。
制限速度を少し超える、収入を少なめに申告するといった、程度のある違反を写した設計です。
明るいマスの両隣もいくらか光るので、少しのずれなら違反かどうかがはっきりしません。
参加者は、2024年の米大統領選のわずか4日前に、オンラインで集められたアメリカ在住の750人です。
このうち371人が共和党、379人が民主党の支持者で、ほぼ半数ずつでした。
1回の試行では、まず自分でマスを選び、次に以前の参加者が選んだマスを見てから、もう一度選び直します。
見せた選択は、どれも前に参加した人の本物の回答で、作り物ではありませんでした。
その参加者の支持政党と、ルールをどれだけ守ったかも、あわせて示されました。
これで、誰のどんなふるまいを見たときに、人がどれだけ選び直すかを測れるようになりました。
他人の「違反」と「順守」、まねされやすいのはどっち?
では、他人のふるまいを見た参加者は、どのように選び直したのでしょうか。
まず、ルールを守った人の例を見せた場合です。
律儀に明るいマスを選んだ人を見ても、参加者がルールを守る方向へ動くことはほとんどありませんでした。
見せた相手が同じ党の支持者でも、この傾向は変わりませんでした。
ところが、ルールを破った人の例を見せると、結果はがらりと変わります。
大きな違反を目にした参加者は、自分の違反をはっきりと増やしたのです。
とくに強く効いたのは、自分と同じ党を支持する人の違反でした。
他人の情報が何もないとき、いちばん右のマスが選ばれた割合は、およそ23%でした。
それが、同じ党の仲間がいちばん右を選んだと知った後には、40%近くまで上がりました。
4回に1回ほどだった「いちばん得な違反」が、5回に2回ほどにまで増えた計算です。
つまり、ルールを守る姿よりも、破る姿のほうが、ずっと周りにうつりやすかったのです。
しかもこの差は、相手の選択を初めて見た直後の1回目から、すでに表れていました。
くり返すうちに少しずつ慣れていった結果ではない、ということです。
では、小さな違反を見た人はどうだったのでしょうか。
多くの参加者は、それにならって同じように違反しました。
全体として見ると、ほとんどの人の違反は、見た相手と同じくらいか、それより控えめでした。
ところが、ひと握りの人だけは、見た違反をさらに上回って右へずらしていたのです。
その割合は4%余りで、25人のクラスなら1人ほどにあたります。
違反をただ写すのではなく、上乗せしてしまう人が、少数ながら確かにいたのです。
ごく少数の「上乗せする人」が集団に与える影響
では、この少数の人たちは、集団全体にどれほどの影響を与えるのでしょうか。
チームは実験で得た反応をもとに、コンピューターの中で集団の動きを再現しました。
実験で測った参加者たちの反応をもとに動く「分身」を作り、100体ずつのグループで影響し合わせたのです。
そこへ、見た違反を約4.4%の確率で上回る反応を加えると、違反は時間とともにふくらんでいきました。
条件によっては、ごく少数の上乗せがきっかけで、グループ全体が大きな違反へと押し流されました。
モレマン氏はこうした人々を、「集団のガードレールを外してしまう」存在だと表現しています。
ただし、実験の参加者には、もう1つ大事な特徴がありました。
他人の違反を見ても、ルールを守り続ける人がまとまった数いたのです。
最初の測定では、いつも律儀に守る人といつも破る人が、どちらも全体のおよそ5分の1ずついました。
この2種類の人を実験と同じ割合でグループに入れると、違反のふくらみは抑えられ、中くらいの水準で落ち着きました。
研究チームによると、律儀な人たちは、ルールを損得や他人の行動に左右されない「義務」と受け止めているのかもしれません。
こうした人が一定数いることが、集団のルール順守を支える重しになっている可能性があります。
また研究チームは、違反の上乗せが害を生む場面では、小さな違反に早めに手を打つことが広がりを防ぐ助けになりうると考えています。
ただし、ルールの境目を試すことは学びや新しい工夫につながることもあるため、小さな違反をすべて抑えればよいわけではないとも述べています。
一方で、この実験では、違反しても罰せられることはありませんでした。
米ペンシルベニア大学の行動経済学者ユージン・ディマント氏は、この実験について、罰のない時に人がどうふるまうかを知る鋭い手がかりだと評価します。
そのうえで、「しかし、世の中はそうは動いていない」とも述べています。
同氏は、群衆の暴走のような現象を理解するには、罰や社会の常識など、ふるまいを抑える力も考えるべきだとしています。
モレマン氏自身も、「これは基礎科学です」「当然ながら、現実はずっと複雑です」と認めています。
それでも同氏は、みんなで制限速度を超えてしまう現象の理解に、この結果が役立ちうると話します。
平和的に始まった抗議活動が暴力的に変わってしまう現象も、同じ視点で考えられるかもしれないといいます。
少なくともこの実験では、他人の違反を目にした人は、それにならって自分の違反を増やしやすくなりました。
一方、シミュレーションでは、他人の違反を見てもルールを守り続ける律儀な人たちを、いつも破る人たちとともに実験と同じ割合で加えると、その広がりは中くらいの水準で抑えられていました。
職場の差し入れのお菓子を遠慮なく多めに取っていく同僚がいても、自分だけは真ん中のマスに踏みとどまりたいものです。
ここからは、社会的影響をもっと知りたい人へ
社会的影響とは、まわりの人によって考えや行動が変わることです
社会的影響とは、人の態度やものの見方、行動が、まわりに人がいることや、人や組織からの働きかけによって変わることです。
身近な例として、ミルグラムらは1969年、ニューヨークの繁華街の歩道で、通行人のふりをした協力者に、向かいのビルの6階の窓を1分間見上げてもらう実験をしました。
見上げる協力者を1人から15人へと増やすほど、つられて窓を見上げたり立ち止まったりする通行人の割合は上がりました。
まわりに合わせる「同調」を調べた実験でも、18回のうち12回、周りの協力者たちがそろって誤った答えを言うと、参加者は平均32%の割合で同調しました。
ところが、いつも正しい答えを言う協力者が1人でもいると、同調の割合は急に下がることが分かっています。
一方で、居合わせた人が多いほど緊急の場面で人助けがされにくくなる「傍観者効果」も、社会的影響の一つです。
こうした研究の広がりを受けて、2006年には専門誌『Social Influence(社会的影響)』が創刊されました。
写真で見る街のルールと違反
参考文献
Rule breaking by just a few people can be contagious (Science News)
https://www.sciencenews.org/article/rule-breaking-can-be-contagious
コトバンク「割れ窓理論」
https://kotobank.jp/word/%E5%89%B2%E3%82%8C%E7%AA%93%E7%90%86%E8%AB%96
コトバンク「同調」
https://kotobank.jp/word/%E5%90%8C%E8%AA%BF
コトバンク「社会的影響」
https://kotobank.jp/word/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%9A%84%E5%BD%B1%E9%9F%BF
Simply Psychology「Broken Windows Theory」
https://www.simplypsychology.org/broken-windows-theory.html
元論文
Contagion and escalation of rule violations
https://doi.org/10.1098/rspb.2026.1940
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部