1種類の積み木をいくら積んでも、全体の模様がくり返さない立体が見つかる
お風呂の壁を眺めていると、同じ四角いタイルがどこまでも続き、どこから数えていたのか分からなくなります。
物質の結晶の中でも、原子は、同じ形の小さな単位がすき間なく規則正しくくり返すように並んでいます。
ところが数学者たちは、すき間なく並べても全体が決してくり返さない形を、長年探してきました。
平らな面ではそうした形が2023年に見つかりましたが、立体ではまだ決め手がありませんでした。
今回、あるソフト開発者がAIとのやり取りを通じて、イスのような形をした立体を報告しています。
この形は、どのようにしてくり返しを防いでいるのでしょうか?
この話題の詳細は2026年10月13日に『Phys.org』にて公開されました。
平面では見つかった「くり返さないタイル」
数学者たちが探してきたのは、1種類だけですき間も重なりもなく敷き詰められ、全体ではくり返さない形(非周期的モノタイル)です。
小さな模様が所々で何度か現れることは、構いません。
禁じられているのは、敷き詰め全体を少しでもずらしたとき、元とぴったり同じ並びに戻ることです。
平面では2023年、13の辺をもつ「帽子(ハット)」タイルが、初めての本物の例として証明されました。
同じ年には、「スペクター」と呼ばれる別のタイルも報告されています。
次の目標は、3次元の空間で同じことができる立体でした。
ところが立体には、平面にはない抜け道があります。
それは、回転しながら少しずつ進む、らせん階段のような動き(らせん運動)です。
これまでにも候補の立体はありましたが、積み重ねる向きに沿ったくり返しが残っていました。
あるいは、全体がらせん状に回りながらずれて重なる対称を、許していました。
たとえば「シュミット・コンウェイ・ダンツァーの双角柱」という立体は、限られた大きさの単位をくり返すような敷き詰めはできません。
しかし、無限に続くらせん状の対称をもつ敷き詰めは、許してしまうのです。
求められていたのは、表面に印を描いたり、組み立ての決まりを足したりせずに、形だけでくり返しを封じる、ひとつながりの立体でした。
AIとともに見つけた「イス」は、なぜくり返さないのか?
この難題に挑んだのが、ソフト開発者のイオアニス・ツィオコス氏です。
氏は、こうした立体に求められる細かな規則と枠組みを、OpenAIの推論型AI「ChatGPT Astra」に入力しました。
そのやり取りの中から見つかったのが、「Chair44(チェア44)」と名付けられた立体です。
ツィオコス氏によると、この形は3次元の空間をすべて埋めながら、全体をどうずらしても元の並びに戻らないといいます。
見た目は、立方体を8個集めたブロックから、角の1個を取り除いた形です。
大きな立方体の角から、半分の大きさの立方体を切り取った「L字」の立体と言い換えられます。
その姿は、大まかに言えばイスに似ています。
このL字は、同じ形をいくつか組み合わせると、より大きな同じ形になります(この性質をレプタイルと呼びます)。
さらにChair44の表面には、小さなピラミッド形の出っぱりとくぼみが、合わせて192個あります。
これらが、隣の形とどう組み合わさるかを細かく制限しています。
ジグソーパズルのピースが、決まった相手としかかみ合わない様子に似ています。
Chair44を使った敷き詰めでは、どのタイルも必ず、より大きな「イス形のまとまり」に属します。
そのまとまりもまた、さらに大きなイス形のまとまりの一部となり、この入れ子は果てしなく続きます。
しかも、どのまとまりに属するかは、ひと通りに決まっています。
マトリョーシカ人形が、外側へ外側へとどこまでも重なっていく絵を思い浮かべると近いでしょう。
この逃れられない入れ子の階層こそが、全体のくり返しを防いでいるのです。
入れ子でくり返しを防ぐという考え自体は、新しいものではありません。
後で紹介するグッドマン=ストラウス氏の解説論文は、60年以上前にロバート・バーガー氏が、こうした入れ子の敷き詰めを土台にすれば、くり返さないタイルを作れると気づいていたと振り返っています。
では、厄介ならせん運動はどうでしょうか。
Chair44の敷き詰めがもつ対称は、多くても24通りに限られます。
そこには、らせん運動のように、くり返すと無限に別の動きを生み出す対称は含まれません。
つまり、これまでの候補が残していた抜け道も、形だけで閉じられているのです。
もう一つの特徴は、鏡に映した形との関係です。
平面の帽子タイルは、鏡に映した形も混ぜないと、すき間なく並べられませんでした。
一方のChair44は、鏡に映した形とは決してかみ合いません。
鏡に映した形だけで敷き詰めることはできても、1つの敷き詰めの中で左右の2種類が混ざることはないといいます。
そのため、ひとつの敷き詰めの中のタイルは、すべて同じ向きの「利き手」をもつことになります。
61ページの論文と、帽子タイルの数学者が書いた「短い説明」
ただし、この発見は、形とは別の点でも話題を呼んでいます。
ツィオコス氏の論文は61ページに及び、その多くがAIの助けを借りて書かれていました。
帽子タイルの発見に関わった数学者、チャイム・グッドマン=ストラウス氏は、この論文をあまりに読み進めにくいと感じました。
そこで氏は、この発見を分かりやすく説明し直す論文を、自ら公開したのです。
氏はその中で、「この発見と、彼が築いた枠組み、Chair44へつながった人間の探究に、脱帽です」とツィオコス氏をたたえています。
さらに、新しいAIの道具が、こうした発見をこの先もっと生むかもしれないと期待も寄せています。
一方で、元の論文と、その裏付けとされる検証の記録には問題があるとも述べています。
どちらも、内容を理解したい人や確かめたい人が、すぐに使える形になっていないというのです。
氏は、議論が必要以上に長く複雑なことや、文章の多くが誤解を招き、整理されていないことも挙げました。
しかし何より大きな理由は、読み進めるうえで関係のない「水増し」があまりに多いことだといいます。
氏はこれを、文章を作るAI(大規模言語モデル)が主導した研究論文の典型的な特徴だと書いています。
実際に氏は、「核となる考えはとても単純で、ずっと短い論文がふさわしい」と述べています。
その短い論文の最後には、「この論文の準備にAI(大規模言語モデル)は使っていない」と書き添えられています。
その短い論文では、Chair44によるどんな敷き詰めも入れ子の階層をもち、全体をずらしたくり返しを許さないことが論じられています。
論文には、切り抜いて組み立てられるChair44の展開図も付いていて、誰でも手を動かして、形どうしがどうかみ合うのかを感じ取れます。
確かめ方の面では、元の論文は、Lean 4(証明の正しさをコンピューターで厳密に点検する道具)を使った検証を報告しています。
さらに、プログラミング言語Pythonで書いた、数を丸めずに計算するプログラムでも、別に確認したといいます。
ただしLean 4での検証は、プログラムを動かす土台の道具(コンパイラ)を信頼することが前提になっています。
そして、ほかの専門家による独立した点検や、これらの検証の再現は、まだこれからの課題とされています。
これまでのところ、この形は厳しい目にも耐えているように見えますが、最終的な判断はこうした確認を待つ必要があります。
もし確かめられれば、Chair44は、らせん状の対称まで含めて、形だけで空間のくり返しを封じる初めての立体になります。
報告どおりなら、同じイス形のブロックを部屋いっぱい、さらに街いっぱいに詰めても、全体をずらしてぴたりと重なる並びは現れません。
その果てしない模様を生むのは、192個の小さな凸凹をもつ、たった1種類のL字なのです。
ここからは、アインシュタイン・タイルをもっと知りたい人へ
アインシュタイン・タイルとは、同じ形をいくら並べても全体の模様がくり返さない、ただ1種類のタイルのことです
数学者は、くり返さない敷き詰めをする1種類の形を「アインシュタイン」と呼び、その言葉はドイツ語で「一つの石」を意味します。
平面で最初の例となった帽子タイルは、イングランドのヨークシャーに住む退職した印刷技術者で、自ら「形の愛好家」と名乗るデイビッド・スミス氏の好奇心から見つかりました。
続くスペクターは、エッシャーを思わせる作品で知られる日本の数学者で芸術家のヨシアキ・アラキ氏が投稿した、帽子タイルの仲間「Tile(1,1)」の絵が、見つかるきっかけになりました。
その形のまっすぐな辺を曲線に変えると、鏡に映した形を使わずに平面をくり返しなく埋められるため、スペクターは「吸血鬼アインシュタイン」とも呼ばれました。
くり返さないのに秩序をもつ並びは物質の世界にもあり、そうした物質「準結晶」の1984年の発見には、2011年のノーベル化学賞が贈られました。
そして今、今回の立体のもとになったL字の形と、それを組んで大きな同じ形にする決まりはどの次元にも広げられるといい、くり返さない1種類のタイルは高い次元のほうがむしろ見つけやすいのかもしれない、という見方も出ています。
写真で見る、くり返さない模様の世界
参考文献
Newly discovered 3D 'chair' shape can fill all space without repeating patterns (Phys.org)
https://phys.org/news/2026-10-newly-3d-chair-space-patterns.html
コトバンク「準結晶」
https://kotobank.jp/word/%E6%BA%96%E7%B5%90%E6%99%B6
ウォータールー大学「Craig S. Kaplan discovers elusive einstein」
https://uwaterloo.ca/games-institute/news/gi-faculty-member-craig-s-kaplan-discovers-elusive-einstein
ウォータールー大学「The vampire einstein」
https://uwaterloo.ca/computer-science/news/vampire-einstein-aperiodic-monotile-without-reflection
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部