子どものころ、地面を歩き回るアリを、しゃがみこんで何分も眺めていた人もいるでしょう。


ハチやアリのお尻の針は、ふつう相手に毒を打ち込むための道具だと考えられています。


ところが、あるアリはこの針を、毒を打つのとは違う形で使っていました。


針の先から出てくるのは、相手の体に注ぎ込む液ではないというのです。


では、このアリは針から何を出し、敵との戦いにどう使っているのでしょうか?


研究の詳細は、2026年10月14日付で『bioRxiv』に公開されました。


毒の針は「打ち込む」ための道具だった


ハチやアリのように針を持つ昆虫には、お尻の中に毒をつくる腺(毒腺)と、それをためる袋があります。


これまで毒腺とその袋は、毒や刺激の強い物質、細菌を抑える物質をつくる場所だと理解されてきました。


それらを針で相手の体に注ぎ込むことが、毒腺の主な役目だと考えられてきたわけです。



ただし、毒腺から出した液を、相手に注がずに体の外で使うアリもいくつか報告されていました。


その1つが、プセウドネオポネラ属(Pseudoneoponera)のアリです。


このアリは、毒腺から出るたんぱく質を含む液を泡立てて泡の糸にし、襲ってくるアリを絡め取ります。


もう1つは、へらのような形の針を持つシリアゲアリ属(Crematogaster)のアリです。


このアリは、毒腺ともう1つの腺(デュフール腺)の液から、触れると効く毒を針の上でつくり、相手に塗りつけます。


とはいえ、どちらも体の外で使われるのは、泡や塗りつける液の形でした。


針を持つアリやハチが、毒腺の液をどう使うかを並べた図です。体の外で使うアリはほかにもいますが、固い糸にして使う例は、知られている限りこのアリが初めてです。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

今回、研究チームが注目したのは、フタフシアリ亜科のロルドミルマ・アズマイ(Lordomyrma azumai)というアリです。


このアリは、触角を縮めて死んだふりをすることが、以前から知られていました。


チームは、働きアリをほかの種類のアリと巣の中や巣の外で出会わせ、どう戦うかを観察しました。


さらに体を解剖し、針から出る液がどこでつくられ、どんな物質なのかも調べました。


その結果、このアリの針からは、毒とは違う働きを持つものが出ていることが分かりました。


針の先から出てきた「ある物」の正体


ほかの種類のアリと向き合うと、ロルドミルマ・アズマイの働きアリはお尻を相手に向けます。


そして針の先からねばつく糸を出し、相手の体の表面やまわりの土に、ぬぐうように塗りつけていきました。


この液は、毒をためる袋の中ではねばねばした状態ですが、針から出るとほぼ一瞬で固まります。


そうしてできるのが途切れずにつながった1本の糸で、これが相手にくっつくのです。


毒をためる袋の液が、敵を地面にとめる糸になるまでの流れの図です。毒のように相手の体に入れるのではなく、固まってから体の外で働き、最後は土の粒が糸を地面につなぎ止めます。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

1本の糸を14か所で測ると、太さは平均で約12.5マイクロメートルでした。


1ミリメートルの80分の1ほどという、ごく細い糸です。


糸の太さを、1ミリメートルの長さと同じ向きに並べて比べた図です。上の青い棒を1ミリとすると、糸の太さは下の左はしにある細いオレンジの線ほどしかありません。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

体を解剖すると、ねばつく液は毒をためる袋の中に見つかりました。


体の中を立体的に写すX線装置(マイクロCT)では、この袋は2つにふくらみ、お尻の後ろ側の大部分を占めていました。


一方、デュフール腺には、同じような液は見当たりませんでした。


電子顕微鏡で見ると、液は針の先からそのまま1本の連続した糸となって出てきていました。


赤外線の吸収を調べる分析では、たんぱく質に見られる吸収が現れました。このことから、液はたんぱく質でできているとみられます。


ただ、そのたんぱく質の細かな構造までは、測定上の制約から特定していません。


研究チームの知る限り、ハチやアリの仲間で、毒腺の液が固い糸として働く例はこれまで知られていませんでした。


近い例のプセウドネオポネラ属でも、液は泡の形で、途切れない固い糸ではありませんでした。


針は液の通り道として残っていますが、液は相手に注がれず、体の外で材料として使われていたのです。


ふつうの毒と違い、この液は針を離れて固まってから、初めて効き目を発揮します。


ロルドミルマ・アズマイの標本を横から写した写真です。糸を出す針は、このアリのお尻の先にあります。 / Credit: April Nobile / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

さらに、このアリは糸を使う相手をはっきり選んでいました。


チームは巣の中で、同じ地域にすむ競争相手のアリ6種類と出会わせてみました。


すると6種類のうち5種類に対しては、噛みつくよりも糸での攻撃をはるかに多く使ったのです。


例外は、体が小さく動きの遅いウメマツアリ属の一種(Vollenhovia emeryi)でした。


この相手には主に噛みつきで応じ、糸と噛みつきの回数にはっきりした差は出ませんでした。


餌として与えた虫(ミールワーム)には顎で噛みつくだけで、糸は使いませんでした。


よその巣の同じ種類のアリには、同じ地域の巣でも別の地域の巣でも、攻撃そのものをしませんでした。


いろいろな相手と出会わせたとき、このアリがどう攻めたかを比べた図です。糸を使ったのはほかの種類のアリが相手のときだけで、餌の虫やよその巣の仲間には使いませんでした。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

巣の外では、競争相手のうち2種類に、働きアリが単独で立ち向かう試験も行いました。


1つはアメイロアリ属の一種(Nylanderia flavipes)、もう1つはオオズアリ属の一種(Pheidole fervida)です。


どちらの相手に対しても、糸を使う回数にはっきりした差はありませんでした。


ただしオオズアリ属の相手には、触角を縮めて死んだふりをする守りの姿勢を、ずっと多くとりました。


チームは、糸の液は量に限りがあり、ほかの種類の敵という限られた相手にだけ使われているのではないかと考えています。


土を味方につけ、敵を地面に縫い付ける


糸の力をさらに強めていたのが、巣の床の土でした。


チームは先の2種類を相手に、床に土がある場合と、土のない石膏の床の場合とで比べました。


比べたのは、相手を動けなくできた割合です。


石膏の床では、アメイロアリ属の相手を動けなくできたのは平均で約9%にとどまりました。


ところが土があると、その割合は約38%に上がり、およそ4倍になったのです。


巣の床に土があるときと無いときで、糸で相手を動けなくできた割合を比べた図です。どちらの相手でも土のある床では棒が4〜5倍ほどに伸び、土が糸の力を強めたことが分かります。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

オオズアリ属の相手でも、約10%から約50%へと上がりました。


オオズアリ属が相手なら、土の上では平均で半分ほどを動けなくできた計算です。


土の粒が糸にくっつき、相手をまわりの土にじかにつなぎ止めていたのです。


限られた量の液でも、土と組み合わせることで、効き目を大きく高めているわけです。


チームは、自分の体から出す物とまわりの材料を組み合わせるこの守り方を、「環境に助けられた防御」と呼ぶよう提案しています。


働きは違いますが、遠い仲間のアリ(メリッソタルスス属など)が木の材料で糸を補強するのと似た工夫だと、チームは指摘します。


縛られた相手は、そのあと仲間のアリたちにバラバラにされました。


攻撃のあと追跡した9匹のうち、8匹が24時間以内に死んでいました。


糸は、巣の入口を守るときにも使われていました。


アリでは巣穴を頭でふさぐ例が多いのに対し、このアリはお尻で入口をふさぎながら糸で攻撃したのです。


侵入者は、アリのいない空の部屋には30室中19室に入り込みました。


一方、アリのいる巣で侵入されたのは、30巣中6巣だけでした。


ただし6件の侵入はすべて1つのコロニー(群れ)で起きており、いずれも入口での積極的な守りが見られないときでした。


守りがあるかどうかを実験で変えて比べたわけではないため、守りが侵入を防いだとまでは言い切れません。


また今回の論文は、論文を公開するサイト「bioRxiv」で公開されたものです。


一方、マレーシアのまだ名前のない同じ属のアリでも、似た行動が予備的に観察されています。


この性質は、ロルドミルマ・アズマイだけのものではないのかもしれません。


毒を注ぐ道具と見られてきた針と毒の袋は、このアリでは、固まる糸で敵を土に縛り付ける道具として働いていたのです。


もともと化学の武器だった毒腺が、このアリでは物理の武器に転用されているわけです。チームは、新しい守りは、まったく新しい体のつくりができなくても、昔からある器官の働きが変わることで生まれうると述べています。


糸に土の粒をからめて敵を床に縫い留め、あとは仲間が片づける——小さなアリは、そんな手の込んだ守りで巣を守っていました。


グルーガンを使うたびに自分の指まで貼りつけてしまう筆者としては、ぜひ弟子入りして糸さばきを習いたいところです。


ここからは、針 (生物)をもっと知りたい人へ


針とは、ハチやサソリの仲間が体の端に持つ、毒を出すための細い突起です


今回のアリとは別の種類のアリの針を写した写真で、ロルドミルマ・アズマイのものではありません。アリの針も、ハチと同じくお尻の先にあります。 / Credit: Roberto Keller / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

針(毒針)は、ハチの仲間のうち針を持つグループ(有剣類)の雌が、お腹の端に持っている管のような突起です。


なかでもミツバチの針は形が変わっていて、先がかぎのように曲がっています。


このため、ミツバチの針は一度刺さると抜けず、お腹からちぎれて、刺された動物の体の中に残ります。


ハチの針から相手に入る毒には、神経にはたらく毒や、血液の細胞を壊す成分など、いくつもの成分が含まれています。


針そのものも1本の棒ではなく、針の本体と、溝のついた部分、針を包むさや(針鞘)が組み合わさってできています。


一方、毒針を持つのは昆虫だけではなく、サソリの仲間も尾の先に毒を出すかぎ形の針を持っていて、これも毒針と呼ばれます。


さらにふだんの言葉では、クラゲの「刺胞(しほう)」なども、毒針と呼ばれることがあります。




Q. 毒針は、もともと何が形を変えてできたものですか?
A. ハチやアリの毒針は、雌が卵を産むための管(産卵管)が形を変えてできたものです。


Q. 毒針はどんな形をしていますか?
A. 毒針は細くとがった管のような形をしています。根もとは、毒をつくる腺(毒腺)につながっています。



写真で見るロルドミルマ・アズマイ





この研究の概要


発表

2026年10月に、論文を公開するサイト「bioRxiv」で公開されました。



調べた対象

フタフシアリ亜科のアリ、ロルドミルマ・アズマイ(Lordomyrma azumai)の働きアリです。



調べ方

ほかの種類のアリと巣の中や外で出会わせて、戦い方を観察しました。さらに解剖、X線の立体撮影(マイクロCT)、電子顕微鏡、赤外線の分析で、針から出る液を調べました。



分かったこと

毒をためる袋の液は針から出るとすぐに固まってねばつく糸になり、アリはこの糸で相手を地面につなぎ止めていました。床に土があると、相手を動けなくできる割合が上がりました。



まだ分かっていないこと

糸をつくるたんぱく質の細かな構造は、まだ特定されていません。巣の入口での守りが侵入を防いだのかどうかも、実験では確かめられていません。



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参考文献

The “glue-gun ant” Lordomyrma azumai uses an adhesive thread secretion to immobilize opponents (bioRxiv (Cold Spring Harbor Laboratory))
https://doi.org/10.64898/2026.10.07.757171

コトバンク「毒針」
https://kotobank.jp/word/%E6%AF%92%E9%87%9D-104781

元論文

The “glue-gun ant” Lordomyrma azumai uses an adhesive thread secretion to immobilize opponents
https://doi.org/10.64898/2026.10.07.757171

ライター

山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「死んだふりするアリ」、敵には毒針から糸を出して戦うと判明 」