私たちの身の回りには、量子力学のおかげで成り立っている技術がたくさんあります。


レーザーやMRI、半導体、量子コンピューターも、その仲間です。


ところが、量子力学の不思議な予言を大きな物体で確かめるのは、とても難しいことです。


熱や振動といった周りの乱れが、繊細な量子のふるまいをかき消してしまうからです。


アインシュタインも晩年まで量子力学の土台に向き合いましたが、量子力学と重力の関係は今も解けていません。


では、ダイヤモンドの中にある目に見えない電子の力で、宙に浮いたセンチ大の物体を動かすことはできるのでしょうか。


研究の詳細は、日本の沖縄科学技術大学院大学(OIST)らにより、2026年10月7日付で学術誌『Science Advances』に掲載されました。




目次



  • 原子の世界で見えていた「スピンの力」
  • 浮かぶダイヤに緑の光を点滅させると…
  • 「シュレーディンガーの猫」への遠い道のりの一歩


この研究の概要


発表

2026年10月7日に、科学誌『Science Advances』に論文が掲載されました。



研究チーム

沖縄科学技術大学院大学(OIST)量子マシンユニットのジェイソン・トゥワムリー教授と、博士課程の学生のアンシュマン・ナヤクさん、キム・デヒさんらによる4人のチームです。



調べた対象

「NV中心」というダイヤモンドの中の欠陥をたくさん含むダイヤを、磁石の上に浮かぶ黒鉛の板から吊り下げた、重さ128mgの装置です。



調べ方

緑色のレーザーを、装置が揺れやすいリズム(1秒に約18回)に合わせて点滅させ、NV中心の電子のスピン(小さな磁石のような性質)の状態をくり返し切り替えて、装置の揺れを光で測りました。比べるために、ダイヤの下の磁石を外した場合と、スピンをそろえられない赤外線のレーザーに替えた場合も試しました。



分かったこと

装置は光の点滅に歩調を合わせて揺れ、真空の中では揺れ幅がおよそ1.5μmになりました。磁石を外したり赤外線に替えたりすると大きな揺れは消え、装置を動かしていたのは光の熱などではなく、スピンの状態による磁気の力だと確かめられました。



まだ分かっていないこと

装置を量子の重ね合わせ(いくつもの場所に同時にある状態)にすることはまだできておらず、本当に量子的な揺れをつくるのが次の課題です。その先にある、重力が量子のルールに従うのかという問いも、まだ確かめられていません。





量子力学は、原子や電子のような、目に見えないほど小さな世界のルールを説明する物理学です。


この小さな世界は、私たちのまわりの物の世界から見ると、とても不思議な世界です。


たとえば、電子や光は「粒」のようにも「波」のようにもふるまいます。


また量子力学では、1つの物が、いくつもの状態が重なった「重ね合わせ」の状態にあると考えます。


ところが、それを調べる(観測する)と、そのうちのどれか1つに決まって見えます。


物が同時にいくつもの場所にある「位置の重ね合わせ」は、これまでとても小さな物でしか確かめられていません。


ナゾロジーの関連記事量子力学はどうやって誕生したのか? ~量子の発見からシュレーディンガーの猫まで~



原子の世界で見えていた「スピンの力」


量子の不思議を大きな物体で確かめる手がかりは、100年ほど前の実験にあります。


電子のような小さな粒は、それぞれが小さな磁石のような性質を持っていて、これを「スピン」と呼びます。


磁場の強さが場所によって違う所では、スピンの状態によって、粒が受ける力が変わります。


この力を使った研究の出発点が、1921〜1922年のシュテルン=ゲルラッハ実験です。


ただし、このスピンの力を原子より大きな物体で観察するのは、これまで難しいことでした。


シュテルン=ゲルラッハ実験を、光を使ってまねた実験です。量子力学の土台となる考えを確かめるためのもので、1921〜1922年に行われた元の実験とは別のものです。 / Credit: BW8EJXH1nq / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

量子力学が数十ナノメートルより大きな物体でも成り立つのかを調べる試みは、これまでに数多く行われてきました。


しかし、OIST(沖縄科学技術大学院大学)のジェイソン・トゥワムリー教授によると、まだ成功した例はありません。


チームが最終的にめざすのは、重力が量子のルールに従うのかを確かめることです。


そのためには、十分に重い物体を「いくつもの場所に同時にある」状態(重ね合わせ)にしなければなりません。


こうした位置の重ね合わせはミクロな物体でしか実現しておらず、そこでは重力の影響がきわめて弱いのです。


そこで多くの研究者は、ごく小さな物体を浮かせ、少しずつ重くしていく道を選んできました。


一方でOISTのチームは、まず大きな物体を浮かせてから量子の細かな制御へ進む、「大から小へ」の作戦をとっています。


筆頭著者のアンシュマン・ナヤクさんが使うのは、磁石の上に物体を浮かせる「反磁性浮上」という仕組みです。


3つ重ねた円形の磁石の上に浮かぶ、黒いグラファイト(黒鉛)の円盤です。同じ OIST が別の研究で発表した、電源のいらない浮遊台です。 / Credit: 沖縄科学技術大学院大学(OIST)(沖縄科学技術大学院大学(OIST) のプレスリリースより、同じ OIST の別の発表(2024年・浮いたグラファイトの板)の写真)

これは磁気浮上列車を持ち上げられる仕組みで、ダイヤを載せたセンチ大の物体も浮かせられるといいます。


浮かぶダイヤに緑の光を点滅させると…


チームの装置は、磁石の上に浮かぶ板から、ダイヤモンドを吊り下げた形をしています。


実験装置のつくりを横から見た図です。浮いた黒鉛の板から炭素の棒がのび、その先のダイヤモンドが、下に置いた別の磁石の真上に吊り下がっています。縮尺は正確ではありません。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

浮いているのは、1cm角で厚さ1mmの黒鉛(グラファイト)の板です。


板の下には、4個の強力な磁石が市松模様に並んでいます。


板の中央からは、長さ5cm、太さ0.5mmの炭素の棒が下へのびています。


棒は磁気をさえぎる鉄板の穴を抜け、その先に3mm角のダイヤモンドが付いています。


使ったダイヤモンドは特注品ではなく、光学部品メーカーが売っている市販品でした。


ダイヤの真下には、もう1つ別の磁石が置かれています。


このダイヤには、窒素原子と炭素の抜けた穴が並んだ「欠陥」(NV中心)が、4.5ppm(100万分の4.5)の濃さで含まれています。


NV中心のつくりを表した図で、青が炭素の原子、赤が炭素1つの代わりに入った窒素の原子、黄色が原子の抜けた穴を表しています。この赤い窒素と黄色い穴の組み合わせが、NV中心です。 / Credit: Stacylee14 / Wikimedia Commons(CC BY-SA 3.0)

欠陥には相手のいない電子があり、そのスピンが小さな磁石としてはたらきます。


板と棒とダイヤを合わせた重さは128mgです。


この装置は、上下に1秒間に約18回(17.6Hz)のリズムで揺れやすい性質を持っています。


揺れは、黒鉛の板に貼った小さな鏡に光を当てて測りました。


測る装置そのものは1兆分の1メートルの細かさまで見分けられますが、実際の測定では、部屋の振動による約1nmの雑音が残りました。


実験では、まず緑色のレーザーをダイヤに当てて、電子のスピンの向きの割合を一方へ偏らせます。


実験装置の下半分を写した写真で、緑色のレーザーを当てたダイヤモンドが赤く光っています。この光で、電子のスピンの向きの割合を一方へ偏らせます。 / Credit: カサンドラ・ジョージ(OIST)(OIST のプレスリリースより)

光を止めると、スピンは周りの熱で決まる元の状態へ戻っていきます。


スピンの状態が切り替わると、ダイヤが下の磁石から受ける力も変わります。


そこで、装置の揺れやすいリズムに合わせて光を点滅させ、ブランコを押すように力をくり返し加えました。


緑色のレーザーの点滅(上)と、装置の上下の揺れ(下)の関係を表した図です。光が当たっている間に装置は磁石の側へ動き、これを揺れやすいリズムに合わせて、ブランコを押すようにくり返します。波の形と大きさは模式的なものです。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

すると装置は、空気中でおよそ100nmの幅で揺れ始めました。


100nmは1mmの1万分の1で、熱でひとりでに生じるナノメートル程度の揺らぎを大きく上回ります。


揺れの記録を1回の揺れごとに区切って重ねても、きれいな波の形が残りました。


つまり装置は、でたらめに震えたのではなく、光の点滅に歩調を合わせて揺れていたのです。


また、光が当たっている間は装置が磁石の側へ動き、理論の予想どおり引き合う力だと分かりました。


スピンの状態はすべてが切り替わったわけではなく、ごく一部が変わっただけでしたが、それでも5ナノニュートン(1ナノニュートンは10億分の1ニュートン)を超える力が生まれていました。


では、この揺れは本当にスピンの力によるものなのでしょうか。


チームは、ダイヤの下の磁石を外した状態でも、緑色の光を点滅させてみました。


ダイヤモンドの中のNV中心を1つずつ、量子技術に使うためにレーザーで操る装置です(ギャビン・モーリーさんの研究室)。別の研究室の装置で今回の実験のものではありませんが、レーザーでNV中心の状態を切り替える点は今回の実験と共通しています。 / Credit: Gavin Morley / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

さらに磁石を残したまま、スピンをそろえられない赤外線のレーザーにも替えてみました。


揺れの強さをリズムごとに分けて見ると、磁石と緑色の光がそろったときだけ、鋭い山が現れました。


揺れの強さをリズムごとに分けて見た結果を、3つの条件で比べた図です。磁石と緑色の光がそろった左だけに鋭い山が立ち、磁石を外したときや赤外線に替えたときは消えます。実際の山の高さは熱による揺らぎの約1万倍で、縮尺は正確ではありません。 / Credit: ナゾロジー編集部(編集部が作成した図)

その山の高さは、熱による揺らぎの約1万倍です。


磁石を外したときや赤外線に替えたときには、この山は消えてしまいました。


装置を押していたのは光の熱や光そのものではなく、スピンの状態による磁気の力だったのです。


さらに、空気の抵抗を減らせる真空の中では、揺れ幅はおよそ1.5μm(1mmの1000分の1.5)まで大きくなりました。


チームは、真空の中で黒鉛の板を、複合材料でできた反磁性の板に替えれば、熱によるわずかなスピンの偏りだけでも、揺れ幅を100μmほどにできると見込んでいます。


磁石の力で小さな磁石を浮かせ、上や下にずれないよう、2つのビスマスのかけらで囲んで反磁性の性質で安定させた実験です。今回の研究とは別の実験ですが、チームが黒鉛の代わりに使おうと考えている板も、反磁性の材料です。 / Credit: Darsie42 / Wikimedia Commons(CC0)

「シュレーディンガーの猫」への遠い道のりの一歩


今回の実験は、シュテルン=ゲルラッハ実験と同じ原理を、原子ではなくセンチ大の物体で見せたことになります。


装置の重さは、これまでスピンと機械の動きを結びつけてきた実験の物体の、およそ1億〜10億倍です。


トゥワムリー教授は「小さな量子の効果から、大きな古典的な反応を示した」と表現しています。


ここで注意したいのは、今回見えた揺れそのものは、ふつうの物理で説明できる「古典的な」動きだという点です。


装置が「いくつもの場所に同時にある」量子の状態になったわけではありません。


次の課題は、ふつうの揺れを起こす段階から、本当に量子的な揺れの状態をつくる段階へ進むことです。


その足がかりとして期待されているのが、NV中心を含むダイヤモンドです。


ダイヤモンドの中にNV中心をつくる、いくつかの方法を示した図です。まずダイヤモンドに窒素を入れる必要があり、こうしてできるNV中心を含むダイヤが、量子の揺れへ進む足がかりとして期待されています。 / Credit: Jason M. Smith, Simon A. Meynell, Ania C. Bleszynski Jayich and Jan Meijer / Wikimedia Commons(CC BY-SA 4.0)

共著者で博士課程の学生のキム・デヒさんによると、NVダイヤは性質がよく分かっていて、扱いやすい素材です。


キムさんは、室温でも重ね合わせの状態をほかの仕組みよりずっと長く保てる点も強みだと話します。


この装置は、暗黒物質や重力波などをとらえる、きわめて精密なセンサーづくりにつながる可能性もあります。


トゥワムリー教授は「基準をナノメートルからセンチメートルへ押し上げている」と語ります。


そして、あと1桁進めば、シュレーディンガーの猫を現実に見られるだろうと見通しを述べています。


シュレーディンガーの猫とは、1935年に物理学者のシュレーディンガーが発表した、猫を使った有名な思考実験です。


箱の中の猫の生死を、放射線を出すかどうかが五分五分の原子と結びつけると、計算の上では猫が「生きている」と「死んでいる」の重ね合わせになってしまう、という話です。


ナゾロジーの関連記事「シュレーディンガーの猫」って結局どういう話なの? モヤモヤする部分を解説!


目に見えないほど小さな無数の磁石が、光の合図に合わせて切り替わり、宙に浮いた板をブランコのようにこぎ続けていたのです。


次にダイヤの指輪を見かけたら、中の電子たちがちゃんと働いているか、つい耳を澄ませたくなりそうです。


ここからは、窒素-空孔中心をもっと知りたい人へ


窒素-空孔中心とは、光を当てると赤く光る、ダイヤモンドの中の小さな欠陥です


たくさんのNV中心を1か所に集めたダイヤモンドの試料を、蛍光顕微鏡で写した画像です。別の研究チームの試料で、今回の実験のダイヤではありません。 / Credit: Lillian B. Hughes, Zhiran Zhang, Chang Jin, Simon A. Meynell, Bingtian Ye, Weijie Wu, Zilin Wang, Emily J. Davis, Thomas / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

NV中心を含むダイヤモンドにレーザーを当てると、ダイヤは赤く光ります。


この光は、NV中心の中にある電子がレーザーを受けて、よりエネルギーの高い状態に持ち上げられることで生まれます。


また、産業技術総合研究所(産総研)は、NV中心1個を使ったダイヤモンド量子センサーで、世界最高の感度を実現したと発表しています。




Q. ダイヤモンドの量子センサーは、室温でも使えるのですか?
A. 産総研は、ダイヤモンド量子センサーが室温で感度を保ったまま、測れる範囲を、低温で使う場合の従来の値の100倍に広げたと発表しています。



写真で見る、ダイヤモンドと磁石の上に浮く黒鉛









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参考文献

A Quantum Breakthrough Inside a Diamond Could Help Solve One of Einstein’s Greatest Mysteries (SciTechDaily)
https://scitechdaily.com/a-quantum-breakthrough-inside-a-diamond-could-help-solve-one-of-einsteins-greatest-mysteries/

沖縄科学技術大学院大学(OIST) ニュース(2026年10月8日)
https://www.oist.jp/ja/news-center/news/2026/10/8/first-observation-quantum-spins-shifting-centimeter-scale-object-lab

産業技術総合研究所 プレスリリース(2019年8月28日)
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2019/pr20190828/pr20190828.html

産業技術総合研究所 プレスリリース(2021年1月12日)
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2021/pr20210112/pr20210112.html

文部科学省「量子ビームの図鑑」解説(量子科学技術研究開発機構)
https://www.mext.go.jp/stw/common/pdf/series/quantum/about.pdf

元論文

Spin force from a nitrogen-vacancy ensemble drives a 100-mg levitated resonator
https://doi.org/10.1126/sciadv.aeh0566

ライター

山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「世界初」宙に浮くダイヤを「量子の力」で揺らすことに成功 」