冷蔵庫の奥で忘れられていた作り置きのふたを、恐る恐る開けた経験がある人は多いはずです。


カンジダ・アウリスという真菌(カビや酵母の仲間)は、世界の病院を悩ませている危険な病原体です。


ところがロンドンでは、検査で「薬が効く」と判定された菌に、実際には薬が効かないという事態が起きました。


菌は薬の中で、いったいどうやって生き延びていたのでしょうか。


その謎に迫る研究が、英エクセター大学らにより、査読前の論文として公開されています。


研究の詳細は、英エクセター大学らにより、2026年1月18日付で『bioRxiv』に公開されました。




目次



  • 検査では「効くはず」の薬が、効かなかった
  • 置き忘れた培養皿に現れた「生き残り」の正体とは?
  • 薬に合わせて、細胞の壁まで作り替えていた


この研究の概要


発表

2026年1月に、査読前の論文を公開するサイト bioRxiv で公開されました。今後、科学誌 Nature Communications に掲載される予定です。



研究チーム

英エクセター大学と英ロンドン大学シティ・セントジョージズ校が率いるチームです。



調べた対象

ロンドンの2つの病院の集中治療室で、エキノキャンディン系の薬で治療しても血液の感染が治まらなかった重症患者2人の菌です。1人は治療中も感染が3日続き、もう1人は治療を始めて33日後に感染がぶり返しました。菌は2人から時期を分けて何度か採ったもので、合わせて7株です。



調べ方

菌のゲノム(全遺伝情報)を読み取り、薬の濃さを段階的に変えた皿で、それぞれの濃さで育つ細胞の割合を調べました。さらに、濃い薬の中で生き残った細胞のコロニー(菌の集まり)についても、ゲノムや細胞壁のつくりを調べています。



分かったこと

生き残った細胞は、薬の効きにくさを生むとよく知られた遺伝子(FKS1とFKS2)の変異を持たないまま、ゲノムを4セット以上に増やし、細胞壁のつくりを変えていました。速く育つ大きなコロニーでは、ストレスに耐える仕組みに関わる遺伝子(CRZ1)の変異が多く、薬がさらに効きにくくなっていました。



検査では「効くはず」の薬が、効かなかった


カンジダ・アウリスは2008年に初めて報告された新しい真菌で、どこから来たのかは今も謎です。


カンジダ・アウリスが現れた背景として考えられる要因を、図にまとめたものです。 / Credit: Arturo Casadevall, Dimitrios P. Kontoyiannis, Vincent Robert / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

それでも今では、英国を含む60カ国以上で集団感染が報告され、すべての大陸に広がっています。


世界保健機関(WHO)も、最も警戒すべき真菌病原体の一つに挙げています。


研究の筆頭著者で、集中治療医でもあるギフォード博士によると、この菌は患者の肌や周りの機器にしがみつき、人から人へうつるため、根絶がとても難しいといいます。


カンジダ・アウリスが体に入り込み、広がる仕組みを描いた図です。カテーテルや手術、傷口から皮膚の守りを越えて入り、免疫の細胞をかわしながら全身の感染へと広がっていく様子が描かれています。 / Credit: Horton MV, Holt AM, Nett JE / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

弱った患者の血液に入り込んだ場合、死亡率は最大で45%と、半数近くに達します。


治療で最初に選ばれるのは、エキノキャンディン系と呼ばれる抗真菌薬です。


この薬は細胞壁を作る酵素を狙い、菌をしぼませたり、破裂させたり、増えられなくしたりします。


ただ、この菌はFKS1とFKS2という遺伝子に変異を起こし、治療中に薬が効かなくなることがあります。


抗真菌薬が効く仕組み(上)と、菌が薬をかわす仕組み(左下)をまとめた図です。左上の右端には、エキノキャンディン系の薬が細胞壁の材料(β-1,3-グルカン)を作る働きを止める様子が、左下には、薬の狙う相手の形が変わって薬が効かなくなる様子が描かれています。 / Credit: Chybowska AD, Childers DS, Farrer RA / Wikimedia Commons(CC BY 4.0)

しかし、それだけでは説明のつかない「効かないケース」も残っていました。


今回チームが調べたのは、ロンドンの2つの病院の集中治療室で、血液に感染した重症患者2人の菌です。


1人目は治療中も3日続けて血液に菌がいて、2人目は治療を受けて33日後に再び血液感染を起こしました。


ところが英国の検査機関の判定では、どちらの菌も「耐性がある」とは言えない結果でした。


それにもかかわらず、その薬(アニデュラファンギン)だけの治療では菌を消せませんでした。


2人とも別の薬を組み合わせた治療に切り替えられ、その後亡くなっています。


チームは菌のゲノム(全遺伝情報)を読み取りましたが、予想していた遺伝子の変異は見つかりませんでした。


検査では「効く」と判定され、予想された遺伝子の変異も見つからない菌が、なぜか患者の治療に耐えていたのです。


置き忘れた培養皿に現れた「生き残り」の正体とは?


手がかりは、ちょっとした偶然からもたらされました。


薬が効くかを調べる実験で、ある研究者が、決められた時間より長く菌の皿を培養したままにしてしまったのです。


戻ってみると、その延びた時間のあいだに、予想外に菌が育っていました。


そこでチームは、菌の大多数が育たなくなる濃度の256倍という、とても濃い薬の上で菌を育ててみました。


すると、1万個に1個にも満たない、ごくわずかな細胞が生き残りました。


同じ菌の集団の中に、薬にとても強い少数の細胞が混じっていたのです(ヘテロ耐性)。


培養を144時間、つまり6日間まで延ばすと、皿の上に2種類のコロニー(菌の集まり)が現れました。


ゆっくり育つ「小さなコロニー」と、速く育つ「大きなコロニー」です。


ギフォード博士らは、菌が複数の作戦をとって生き残る見込みを高めるこのやり方を「両賭け」と呼んでいます。


どちらのコロニーも、元の菌より薬が効きにくくなっていました。


欧州で新しく定められた基準に照らすと、2種類のコロニーも、もとの菌も、どれも「耐性あり」と判定される効きにくさでした。


「効く」かどうかの判定は、どの基準を使うかでも変わってしまうのです。


そして細胞を調べると、ゲノム一式を4セット以上も抱え込んでいたのです(4倍体以上)。


設計図の束を丸ごとコピーして、何組も手元に並べたような状態です。


博士によると、これは他の真菌では知られた手口ですが、カンジダ・アウリスではあまり知られていませんでした。


大きなコロニーには、もう一つ目立つ特徴がありました。


ストレスに耐える仕組みに関わる遺伝子(CRZ1、通称「クレイジー・ワン」)に、変異が多く見つかったのです。


大きなコロニーでは、17株中14株にこの遺伝子の変異がありました。


これは全株に共通する1つの変異を除いた数で、同じ数え方では元の菌は7株中0株、小さなコロニーは18株中2株でした。


変異の多くは、遺伝子の働きを止めてしまうと考えられるタイプのものでした。


そしてこの変異は、薬の効きにくさがさらに増すことと結びついていました。


実はこれは、ほかのカンジダとは逆の結果です。


カンジダ・アルビカンスなどの仲間では、この遺伝子が壊れると、むしろ薬が効きやすくなります。


一方カンジダ・アウリスでは、この遺伝子を壊した菌が薬に強いという報告が最近あり、今回の結果もそれと一致しました。


薬に合わせて、細胞の壁まで作り替えていた



では、薬にさらされた菌の体では、ほかに何が起きていたのでしょうか。


この薬は、細胞壁の材料の一つを作れなくする働きを持っています。


チームが電子顕微鏡でのぞくと、大小どちらのコロニーでも、細胞壁の内側の層がはっきり厚くなっていました。


この内側の層は、エビやカニの殻にも含まれるキチンという成分が多い部分です。


細胞を染めて調べても、薬にさらされるとキチンの量が増えていました。


一方で外側の層の変化はわずかで、変化はおもに内側に集中していました。


カンジダ・アルビカンスでも、この薬で材料の一つが作れなくなると、キチンを増やして壁を補うことが知られています。


ただし、細胞壁の糖を成分ごとに測る分析では、キチンなどが増えて薬が狙う材料(グルカン)が減るという変化は、大きなコロニーでは見られませんでした。


これらをまとめて、チームは菌が段階を踏んで薬に慣れていくという見方を示しています。


ゲノムの不安定化、ストレスに耐える仕組みの変化、細胞壁の作り替えが積み重なり、本格的な耐性への道を開くというのです。


ゲノムを丸ごと増やすことは、真菌によく見られ、元に戻すこともできるストレス反応だと考えられています。


コピーが多いほど、生き残りに役立つ変異が手に入りやすくなるとも考えられています。


論文は、薬によるゲノムの増加が、菌が治療をすり抜ける後押しをしていることを強く示唆するとしています。


ただし今回の菌は2人の患者から採れたもので、生き残りの様子は実験室の皿の上で確かめたものです。


同じ変化が患者の体内でどこまで起きていたのかは、今回の結果だけでは言い切れません。


共同筆頭著者のマーフィー博士は、新しい治療法や、病院からこの菌を根絶する方法を探る必要があると述べています。


英国では最近この菌の患者が再び増え、届け出が必要な病原体に加えられました。


2025年には、国全体で対応する公衆衛生上の事案だと宣言されています。


検査で「効く」と判定された菌の中にも、1万個に1個に満たない「隠れた生き残り」が潜んでいました。


研究者がうっかり培養を長引かせていなければ、設計図を何組も抱えたこの生き残りは、見過ごされていたかもしれません。


冷蔵庫の奥の作り置きも何かを生き延びさせているかもしれませんが、こちらは発見せずに捨てるのがおすすめです。


ここからは、カンジダ・アウリスをもっと知りたい人へ


カンジダ・アウリスとは、日本で最初に見つかった、人に病気を起こす酵母の仲間です


アメリカ疾病対策センター(CDC)の研究室で、培養皿に育てたカンジダ・アウリスの株です。 / Credit: Shawn Lockhart / Wikimedia Commons(Public domain)

カンジダ・アウリスは人に病気を起こす酵母の仲間で、実は日本で最初に見つかりました。


最初の菌は2005年に東京で、70歳の女性の耳だれから取り出されました。


見つけた帝京大学の槇村教授は、最初「だらしない“顔”をしていて、病原性があるとは思えない」と感じたそうです。


実際、日本で見つかっているのは、主に薬が効きやすく、体の奥まで入り込まないタイプです。


ところが2009年にインドなどでこの菌が血液から見つかると、死亡例が出て、感染は一気に広がりました。今では、真菌の病気として初めて世界的な流行を起こしています。


海外で広がっているのは日本とは別の系統で、複数の国の菌を調べた研究では、4割ほどが2系統以上の抗真菌薬に耐性を持っていました。


日本でも、海外の系統の菌による血液感染で亡くなった例が、初めて報告されています。


こうした中で帝京大学のグループは、1時間以内に結果が出て、1検体1000円ほどで調べられる遺伝子検査を開発しています。




Q. カンジダ・アウリスに感染すると、どんな症状が出ますか?
A. 敗血症や髄膜炎のように、全身に及ぶ感染を起こすことがあり、けがの傷や皮膚の感染もあります。また、症状が出ないまま皮膚や粘膜に住み着いていることもあります。



写真で見る、培養皿のコロニーと菌の仕組みの図





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参考文献

Candida auris copies its entire genome to survive antifungal treatment, research reveals (Phys.org)
https://phys.org/news/2026-10-candida-auris-entire-genome-survive.html

厚生労働省 IDESコラム「カンジダ・アウリス感染症について」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/column76.html

日本医療研究開発機構 プレスリリース(2018年10月29日)
https://www.amed.go.jp/news/release_20181029.html

日経BP 帝京大学 槇村浩一教授インタビュー
https://special.nikkeibp.co.jp/atclh/TS/19/teikyo02/

元論文

FKS1/2 -variant independent mechanisms underlying the emergence of resistance in echinocandin-refractory Candida auris infections
https://doi.org/10.64898/2026.01.17.700071

ライター

山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 薬が効かない殺人真菌が使っていた「予想外の生き残り術」とは 」