恐竜時代の「カワウソもどき」は母乳を飲むための「喉の装置」を持っていた
アメリカのシカゴ大学(UChicago)や中国の瀋陽師範大学(SYNU)などで行われた研究によって、約1億6500万年前の水辺を泳いでいた哺乳類の親戚が、赤ちゃんが乳を吸って飲み込むための喉の装置を、今の哺乳類とほぼ同じ形ですでに備えていたことが明らかになりました。
乳で子を育てる営みは、「哺乳類」という名前の由来そのものです。
その乳を赤ちゃんが飲むための喉の装置が、今の哺乳類が栄えるはるか前に、しかも私たちの直接の祖先ではない絶滅した親戚の口の奥で、すでにそろっていたのです。
研究内容の詳細は2026年10月7日に『Nature』にて発表されました。
目次
- 母乳が出るだけでは哺乳類にはなれない
- 乳を吸うための部品は1億6500万年前にはできていた
- 乳を飲む仕組みはさらに昔から受け継いだものだった
母乳が出るだけでは哺乳類にはなれない
哺乳類といえば、母親が乳を出して子を育てる動物です。
けれども、乳を出す母親がいるだけでは、授乳は成り立ちません。
飲む側の赤ちゃんにも、乳を吸い、むせずに飲み込むための専用の装置が要るからです。
大人になった私たちが逆さまの姿勢でストローから飲み物を飲めるのも、同じ装置のおかげです。
装置の中心は、口の天井の奥にある柔らかい部分(軟口蓋)です。
ここはハンモックのように、左右からロープで引っぱられてピンと張っています。
ロープは筋肉(口蓋帆張筋)で、口の奥の左右にあるフック状の小さな突起(翼突鉤)に引っかけてあります。
赤ちゃんは、この張った天井に舌を押し当てて乳を吸います。
たるんでいては、舌の力が逃げてうまく吸えません。
飲み込むときは、喉の壁が引き寄せられて鼻への通り道にふたをし、喉がすぼまって乳を食道へ送ります。
この連携が崩れると、乳は鼻や息の通り道(気管)へ入ってしまいます。
喉の筋肉の付け根になるのは、フックのそばにある「喉の天井の骨」と、舌の付け根の骨組み(舌骨)です。
筋肉も軟口蓋も、死ねばすぐに腐って消えてしまいます。
けれども、ロープを掛けるフックは骨なので残ります。
フックの位置や形から、そこに掛かっていた筋肉を逆算できるのです。
問題は、どの骨もごく小さく壊れやすく、化石にめったに残らないことでした。
乳を吸う喉がいつ生まれたのかは、シカゴ大学の羅哲西(Zhe-Xi Luo)氏によれば科学者たちが何十年も知りたがってきた謎でした。
では、今の哺乳類が栄えるよりはるか昔の動物の口の奥にも、このフックはあったのでしょうか。
そしてフックがあったとして、それは今の哺乳類と同じ場所に、同じ形で付いていたのでしょうか?
乳を吸うための部品は1億6500万年前にはできていた
哺乳類が乳を飲むための基礎部品はいつごろできたのか?
確かめる材料になったのは、中国・内モンゴル自治区の約1億6500万年前の地層から見つかった、ほぼ全身がそろった1体の化石です。
持ち主は、哺乳類そのものではなく、哺乳類へ続く道の途中で枝分かれした親戚で、すでに絶滅したグループ(ドコドン類)の新種でした。
鼻先から尾の先までおよそ50センチ、体重は1〜2キロほどと推定され、当時の哺乳類の親戚としては知られている中で最大です。
体つきはカワウソのようで、幅広く平たい尾、カモノハシに似た後ろ足、3本の根で支えられた鋭い犬歯を備えた、ちぐはぐな組み合わせの動物です。
水辺で魚やサンショウウオを捕らえていたと考えられています。
名前は「メガカウダ・スンゲイ(Megacauda sungei)」で、メガカウダは「大きな尾」を意味します。
もっとも、見つかったときの化石は、黒っぽい骨が同じく黒っぽい岩に埋もれていて、そのままでは見分けがつかない状態でした。
そこで研究チームは、物質に含まれる元素の違いを写し分けるX線の技術(蛍光X線分析)とCTを使用して調べました。
すると、口の天井の奥に、フックが喉の天井の骨とつながったまま残っていたのです。
フックの周りには、ロープにあたる筋肉を通すための隙間やくぼみまでありました。
この配置は人間を含む今の哺乳類によく見られるもので、たとえばオポッサム(おなかの袋で子を育てる有袋類)のものとそっくりです。
喉には、舌骨の一式もよく残っていました。
舌骨だけなら、2019年に同じ地域の別の種(ミクロドコドン)からも見つかっていました。
今回が違ったのは、フックと舌骨に加えて喉の天井の骨まで、この3つが1体の化石にそろっていたことです。
研究チームは、オポッサムの頭で筋肉が骨のどこに付くかを確かめ、それを手本に、メガカウダの骨から筋肉の配置を復元していきました。
浮かび上がったのは、今の哺乳類とほぼ同じ筋肉の配置でした。
フックに筋肉のロープを掛けて軟口蓋を張る、あのハンモックの形です。
論文はこれを、メガカウダが今の哺乳類と同じように乳を吸って飲み込むための体のつくりを、すでに備えていた「説得力のある証拠」だと述べています。
初期の哺乳類やその親戚で、喉の奥の筋肉の配置まで描き出されたのは、これが初めてです。
1億6500万年前はジュラ紀の半ばで、恐竜が陸の主役だった時代です。
乳を吸う喉は、そのころにはもう、今とほぼ同じ形で出来上がっていたことになります。
私たちの直接の祖先でもないメガカウダが、なぜ私たちとそっくりの喉を持っていたのでしょうか。
乳を飲む仕組みはさらに昔から受け継いだものだった
別々の道で同じ喉にたどり着いたのか、それとも同じ祖先から受け継いだのか?
研究チームは、受け継いだほうだと考えています。
遠い枝どうしが同じ部品を同じように組み合わせて持っているなら、枝分かれする前から持っていたと考えるのが、いちばん無理のない説明だからです。
論文によれば、乳を吸い、飲み込むための喉の柔らかい組織は、メガカウダの仲間と哺乳類が枝分かれする前の共通の祖先の段階で、すでに生まれていました。
つまり、世界で最初に乳を吸える喉を持った動物は、メガカウダよりさらに昔にいたことになります。
論文は、哺乳類の喉が部品を一つずつ入れ替えて少しずつ変わったのではなく、口から喉にかけての骨や筋肉が連動して作り替えられたのだと述べています。
この喉は、赤ちゃんのためだけの道具でもありません。
赤ちゃんのころに乳を吸う喉は、大人になると、水を飲み、かみ砕いた食べ物を食道へ送る喉になります。
羅氏は「哺乳類は、植物であれ肉であれ、かんだあとは皆、同じ効率的で楽な方法で飲み込みます」と述べています。
さらに羅氏は、この飲み込む仕組みが共通の土台になったことで、哺乳類の仲間はそれぞれの食べ物に合った歯を発達させ、肉食、昆虫食、草食、雑食と、さまざまな食べ物へ広がっていけたとみています。
かみ砕いたあとの飲み込み方が皆同じなら、あとはかみ砕く歯さえ食べ物に合わせればよい、というわけです。
ただし、肝心の乳については、乳腺も乳そのものもこの化石には残っておらず、メガカウダの母親が乳を与えていた証拠までは、骨からは得られません。
それでも、今の哺乳類の赤ちゃんが乳を飲むのに使うのと同じ喉の仕組みを、メガカウダが持っていたことは、骨の形がはっきり示しています。
参考文献
UChicago scientists reveal a Jurassic otter that could chew and swallow like modern mammals
https://news.uchicago.edu/story/uchicago-scientists-reveal-jurassic-otter-could-chew-and-swallow-modern-mammals
元論文
A Jurassic mammaliaform swimmer and transformation of the mammalian pharynx
https://doi.org/10.1038/s41586-026-11107-0
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部