幻覚剤で脳は「混乱」するどころか、「整然」と動いていたと判明
幻覚剤を使った人のなかには、自分と周りの境目が溶け、環境の一部になったように感じる人がいます。
一方で脳科学ではこの約10年、幻覚剤は脳を「混乱」させるという見方が主流でした。
しかし、ただの混乱から、なぜ意味深い体験や気づきが生まれるのでしょうか。
豪モナシュ大学などが行った今回の研究は、幻覚剤を使った人の脳を新しいやり方で調べ直し、この定説に別の見方を示しています。
研究の詳細は、豪モナシュ大学らにより、2026年8月19日付で学術誌『Nature』に掲載されました。
目次
- 「幻覚剤は脳を混乱させる」という約10年の定説
- 混乱に見えた脳の奥に、何が隠れていたのか?
- 平均をやめると見えてきた「脳の道筋」
「幻覚剤は脳を混乱させる」という約10年の定説
私たちの脳には、視覚や注意、自己の感覚などを担う「ネットワーク」があり、ふだんは安定したパターンでやり取りをしています。
これまでの理解では、幻覚剤を使うとこのネットワークがゆるみ、ネットワーク同士がいっせいに話し始めるとされてきました。
脳波も、ノイズが増えて複雑になります。
研究チームの神経科学者デヴォン・ストリカー氏は、脳のネットワークを高速道路にたとえ、幻覚剤のもとではその道路がさまざまな方向へばらけていくと説明します。
ただ、ストリカー氏は「混乱」という説明に満足していませんでした。
人がなぜ意味のある体験をし、気づきや明晰さを得て、それが前向きな心の変化につながりうるのかを、混乱では説明できないからです。
そこでチームは、幻覚剤の体験がない健康な成人63人に、ある種のキノコに含まれる幻覚剤「シロシビン」を19mg飲んでもらいました。
参加者は、目を閉じた安静、ガイド付きの瞑想、音楽、目を開けて見る雲の映像という4つの場面を、薬なしの回と薬ありの回の両方で体験します。
脳の活動は、服用から約80分後にfMRI(機能的MRI)で、約150分後に脳波で記録されました。
脳の研究でよく使われる課題をあえて出さなかったのは、課題を与えると体験そのものが途切れてしまうと考えたためです。
ばらけた道路の行き先は、本当にでたらめなのか――チームが確かめたかったのは、そこでした。
混乱に見えた脳の奥に、何が隠れていたのか?
まず体験そのものについて、参加者の半数が今回のセッションを「人生で最も意味深い体験のひとつ」に挙げました。
24人は、人生のトップ5に入ると答えています。
では脳はどうだったかというと、従来の方法で見るかぎり、定説どおりの「混乱」がかなり正確に再現されました。
目を閉じた3つの場面では、それぞれのネットワークの内側の結びつきは弱まり、ネットワーク同士の結びつきは強まっていたのです。
脳が専門チームごとにどれだけきれいに分かれているかを示す「モジュール性」も、4つの場面すべてで下がりました。
脳のほかの場所との結びつきの強さを示す指標は、目を閉じた場面では、感覚を担う領域で下がり、連合領域(さまざまな情報をまとめ上げる領域)と呼ばれる部分で上がっていました。
ストリカー氏は仮説だと断ったうえで、現実や想像、信念、自己の感覚を組み立てる働きが、感覚の領域より優位になったように見えると述べています。
もうひとつ目を引くのが、目を閉じた脳と目を開けた脳の違いです。
しらふのとき、目を閉じた脳の活動は、映像を見ている脳の活動とは大きく違って見えます。
ところがシロシビンのもとでは、その違いがほとんど消えてしまいました。
視覚のネットワークでは、目を開けたときと閉じたときの結びつきの差が85%も縮んでいたのです。
脳波でも、ふだん視覚の入力を絞る目印とされるアルファ波の活動が、半分近く減っていました。
ストリカー氏は、幻覚剤を使った人が目を閉じて複雑な映像を見られるとき、内側の世界と外側の世界の境目がふだんより薄くなっているようだと話します。
ここまでは、ばらけた高速道路という定説の絵とよく合う結果です。
しかしチームがデータの扱い方を少し変えると、その混乱は秩序へと姿を変えました。
平均をやめると見えてきた「脳の道筋」
ふつうの脳画像研究では、2種類の「平均」をとります。
ひとつは時間の平均です。たとえば8分間のスキャンに含まれる数百枚の脳画像を、「2つの領域の活動がどれだけそろっていたか」を表す1つの数字にまとめます。
もうひとつは人の平均で、個人差はならせば消えるノイズだとみなし、参加者全員の数字を1つにまとめます。
しかし時間で平均してしまうと、短いあいだだけ現れては消える整った構造を見逃すおそれがあります。
踊る人を長時間露光で撮るとぼやけた影にしかなりませんが、コマ送りで見れば振り付けが分かるのと似ています。
そこでチームは、332の脳領域の刻一刻の活動を、「CEBRA」という機械学習のツールに入力しました。
CEBRAは出来事の順番を保ったままデータを本質的な構造へと圧縮し、一人ひとりについて、3次元の空間を進む「道筋」を描き出します。
スキャンの一瞬一瞬が1つの点になり、その点の連なりが脳の動きを表すわけです。
すると、シロシビンのもとでの脳活動は、でたらめに散らばるのではなく、場面に応じた構造のあるパターンへと組み直されていたことが分かりました。
道筋には、安静・瞑想・音楽・映像というその時の場面と、本人が味わっていた体験の質の両方が映し出されていました。
6人の参加者を詳しく調べた解析では、道筋だけを手がかりにその瞬間がどの場面なのかを機械に言い当てさせたときの精度が、薬なしの回の約62%から、シロシビンのもとでは約98%まで上がっていました。
ふだんは内側の処理と外側の処理を分けている脳のネットワークがまとまって統合され、脳の動きをその場の状況にそろえていたのです。
この「状況へのそろい方」は、自己や境界が溶ける感覚を心地よいものとして報告した参加者で、はっきりとまとまった道筋として現れました。
反対に、薬の効き始めが遅れ、MRIのスキャンのあいだはほとんど何も感じなかった参加者が1人いましたが、その人の道筋は薬なしの回とよく似ていました。
研究チームは、周りの環境から切り離されているのではなく、ひと続きであると感じるこの体験を「エンベデッドネス(embeddedness)」と呼んでいます。
さらに、このそろい方の強さは、翌日の考え方(マインドセット)の変化とも関連していました。
こうした整った姿は、時間で平均する従来の指標では見逃されていたものです。
実際、従来の指標である「モジュール性」からは、神秘的な体験の強さも、翌日の考え方の変化も予測できませんでした。
ただし今回示されたのは、脳活動のまとまりと体験のまとまりが連れ立って変わるという関係であり、一方がもう一方を引き起こすと確かめられたわけではありません。
また、対象は健康な成人で、参加者も研究者も薬を飲んだことを知ったうえで行われた試験でした。
当日は研究の医師や訓練を受けたスタッフが付き添い、研究は大学の倫理委員会の承認を受けています。
目を閉じて音楽を聴いていたあの脳は、ばらばらに散らかっていたのではなく、音楽という場面ならではのひとすじの道を描いていたのかもしれません。
「混乱」に見えるものも、平均という眼鏡を外してみれば、その人だけの整った軌跡なのかもしれないのです。
筆者の散らかった机にも秩序があると言い張りたいところですが、こちらはコマ送りで見ても散らかったままでした。
ここからは、シロシビンをもっと知りたい人へ
シロシビンとは、一部のキノコに含まれていて、体に入ると幻覚を起こす成分です
シロシビンは幻覚を起こす成分で、体に入るとシロシンという別の物質に変わります。
このシロシンが、セロトニンという脳内物質を受け止める場所に結びついて、そこを刺激します。
体への毒性は低く、呼吸の異常や心臓発作のような命に関わる事態は起こりにくいとされています。
ただし、幻覚が続くあいだに、強い恐怖や不安、パニックにおちいる人もいます。
また、この成分を含むキノコ(マジックマッシュルーム)を食べた2週間〜4か月後に、飲酒やストレス、睡眠不足などをきっかけに幻覚などの症状がぶり返すこともあります。
人とのかかわりは古く、中央アメリカの先住民が紀元前3000年ごろには、シロシビンを含むキノコを癒やしや霊的な儀式に使っていた証拠があります。
いまは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や依存症、痛みなどの治療に役立つ可能性に、あらためて関心が集まっています。
写真で見るシロシビン
参考文献
One with the world? A new look at brains transformed by psychedelics. (Ars Technica)
https://arstechnica.com/science/2026/10/the-psychedelic-brain-looks-like-chaos-underneath-theres-order/
食べると危険!マジックマッシュルーム (東京都保健医療局)
https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/anzen/kenkou_anzen/stop/mash.html
自然毒のリスクプロファイル:キノコ:ヒカゲシビレタケ (厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/kinoko_16.html
Psilocybin (Magic Mushrooms) (National Institute on Drug Abuse)
https://nida.nih.gov/research-topics/psilocybin-magic-mushrooms
元論文
Psychedelics align brain activity with context
https://doi.org/10.1038/s41586-026-10910-z
ライター
天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。
編集者
ナゾロジー 編集部