プラスチックを食べる「パックマン酵素」を発見
庭の落ち葉は冬を越すころには土に紛れて消えていくのに、ベランダに飛んできたレジ袋だけは、いつまでも同じ顔で居座っています。
人間が捨てたプラスチックの多くは、自然界の生き物がすぐには消化できないため、海の巨大なごみだまりにたまり、やがてマイクロプラスチックやナノプラスチックへと砕けていきます。
それでも微生物たちは、プラスチックの表面に住みつき、「プラスチスフィア」と呼ばれる独特のすみかを作っています。
そしてこのプラスチスフィアには、抗生物質への耐性にかかわる遺伝子が異様に多く見つかっており、プラスチックごみが薬の効かない微生物の運び屋になるのではないかとも考えられてきました。
プラスチックを食べようとする微生物と、薬に強い微生物のあいだには、何かつながりがあるのでしょうか。
今回、独コンスタンツ大学などの研究チームが、森の土の中でプラスチックが分解されるときに強く関連していた、ある酵素の正体を調べました。
研究の詳細は、独コンスタンツ大学らにより、2026年1月1日付で学術誌『The ISME Journal』に掲載されました。
目次
- 森の土にプラスチックを埋めてみた
- プラスチックを食べた酵素の「もう1つの顔」とは?
- プラスチックの分解と薬剤耐性をつなぐかもしれない小さな口
森の土にプラスチックを埋めてみた
微生物は、プラスチックを食べたくないわけではありません。
研究チームのデビッド・シュレーヘック氏によると、人類がプラスチックを大量に環境へ出すようになってまだ50〜75年ほどで、微生物にとっては理屈の上では新しい栄養源が増えたことになります。
ところが多くのプラスチックは、微生物の体のしくみでは消化できず、ほとんど分解されないままです。
問題は食欲ではなく、人工のプラスチックの化学的な形と、細菌がもともと持っている酵素とが噛み合っていないことにあるのです。
そこで研究チームが注目したのが、「長鎖脂肪族ポリエステル(LCAP)」という新しいタイプのバイオプラスチックでした。
研究に加わった化学者シュテファン・メッキング氏のグループが作った素材です。
まずチームは、大学の植物園の森で、LCAPの薄いフィルムを地表から約10cmの腐植土の層に埋めました。
この層は、セルロースや、植物が作る天然のポリエステル「クチン」などが分解される場所です。
フィルムはそのまま1年あまり、手をつけずに置かれました。
同時に実験室では、同じ森の土に粉にしたLCAPを混ぜ、出てくる二酸化炭素の量を300日以上にわたって測りました。
微生物が素材を食べて呼吸すれば二酸化炭素が出るので、その量で分解の進み具合を追えるというわけです。
比べる相手には、セルロース、既存のバイオプラスチックであるPHBV(ポリヒドロキシ酪酸・吉草酸)とPCL(ポリカプロラクトン)、高密度ポリエチレン(HDPE)、そして何も混ぜない土が用意されました。
はたして森の微生物は、この新しいプラスチックをどう扱ったのでしょうか。
プラスチックを食べた酵素の「もう1つの顔」とは?
実験室の結果では、LCAPを含むバイオプラスチックはどれも、およそ250〜330日のうちに完全に分解されていました。
セルロースは約80日で分解された一方、高密度ポリエチレンはほとんど分解されませんでした。
なお、最初の23日間は二酸化炭素を捕まえる仕掛けの容量が足りず、この時期の測定は精度が落ちていたと研究チームは報告しています。
一方、森から掘り出したLCAPフィルムは、見た目には形を保っていたものの、濁って、割れたりもろくなったりした跡がありました。
電子顕微鏡で表面をのぞくと、細菌1匹ぶんほどの小さな穴が、群れになってあちこちに空いていたのです。穴は棒のような形をしたものが多くありました。
埋めていないフィルムには、こうした穴は見られませんでした。
穴の中に傷ついた微生物らしきものが見つかることもありましたが、ごくまれで、ほとんどの穴は空っぽでした。
研究チームは、細菌が体の表面にプラスチック分解酵素をまとっていて、素材を食べ進みながらフィルムに潜りこんだのではないかと考えました。
その酵素を探すため、チームは土の中の微生物のDNAを丸ごと取り出して読み、LCAPを食べている間にどの微生物や遺伝子が増えたのかを調べました。
すると、LCAPを入れた森の土でだけ、ある1つの遺伝子が大きく増えていました。
この遺伝子が作るのは「エステラーゼ」(エステル結合を切る酵素)の仲間で、研究チームはこれをLCPH1と名づけています。
この酵素には、細胞の外へ送り出すための目印と、細胞の膜に固定するための脂の「いかり」が付いていました。
つまり細菌は、この酵素を自分の体の表面にしっかり付けたまま、プラスチックに直接押し当てて食べられると考えられます。
さらにコンピューターで立体構造を予測すると、酵素が働く場所はトンネルの奥ではなく、大きく開いた溝になっていました。
その姿が口を大きく開けたパックマンを思わせたため、研究チームはこれを「パックマン酵素」と呼んでいます。
ところが、この酵素にはもう1つ気になる特徴がありました。
立体構造が、エステラーゼだけでなく、「βラクタマーゼ」という酵素にもよく似ていたのです。
βラクタマーゼは、ペニシリンなど一部の抗生物質が持つ「βラクタム環」という部分を切ってしまい、細菌を薬に強くする酵素です。
コンピューター上で試すと、パックマン酵素の開いた口には、LCAPとβラクタム系の抗生物質のどちらも、反応しやすい形ではまりこむことが示されました。
そこで研究チームは、この遺伝子を大腸菌に組み込んで酵素を作らせ、試験管の中で働きを確かめました。
その結果、パックマン酵素はポリエステルを1つひとつの部品(モノマー)にまで切り分け、さらにペニシリンも分解しました。
プラスチックを食べる酵素は、抗生物質を壊す力も持ち合わせていたのです。
プラスチックの分解と薬剤耐性をつなぐかもしれない小さな口
この結果は、プラスチックの分解と抗生物質への耐性のあいだに、つながりがあるかもしれないことを示しています。
研究チームは、この酵素が一部の抗生物質から細菌が身を守る手助けをしている可能性もあると見ています。
ただし今回確かめられたのは試験管の中で両方を分解できるという点で、自然界で実際に薬剤耐性にどれほどかかわっているかは、まだ可能性の段階です。
また研究チームは、酵素を細胞の膜につなぎとめておくことが、微生物にとって大きな得になりうると指摘しています。
水の多い環境でも酵素が流されにくく、細胞とプラスチックの接点に酵素を集められるので、効率よく分解できると考えられるからです。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(実験失敗から「日光で消えるプラスチック」が開発される! たった1週間で分解可能)
さらに、切り出した部品をそのまま細胞の中へ取りこみやすくなるため、自分では酵素を作らない「ただ乗り」の仲間に、食べ物を横取りされにくくなるとも考えられます。
シュレーヘック氏は「細菌は、私たちが予想していたより早く、ポリエステルのプラスチックを分解できるよう適応できるようだ。これは励みになる」と話しています。
とはいえ、分解しにくい人工の素材を微生物に任せきりにするのではなく、できるだけ生分解性のプラスチックを使うことが、自然界での分解を早める道だとされています。
同氏も、LCAPのように分解の「切れ目」となるエステル結合を持つ素材だけを使うのが理想で、人間の側が微生物の力に合わせていく必要があると述べています。
ごみを片づける力と、薬に負けない力は、私たちが思っていたよりずっと近い場所で、同じ1つの小さな口から生まれているのかもしれません。
森で生分解性のスプーンを落としても、きっと誰かが口を大きく開けて片づけてくれるはずなので安心して……いえ、やっぱり持ち帰りましょう。
参考文献
Scientists Discover “Pac-Man Enzyme” That Eats Plastic (SciTechDaily)
https://scitechdaily.com/scientists-discover-pac-man-enzyme-that-eats-plastic/
元論文
Bacterial family-VIII esterase displays dual activities: hydrolysis of polyester bioplastics and β-lactam antibiotics
https://doi.org/10.1093/ismejo/wrag203
ライター
天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。
編集者
ナゾロジー 編集部