コロナ後遺症の人の脳で「ドーパミン神経」が傷ついた兆しを発見
好きだったはずのドラマを再生しても心が少しも動かず、画面だけが流れ続けている夜。前よりそんな時が増えた気がする。
新型コロナウイルスに感染したあと、「やる気が出ない」「楽しめない」といった不調が何か月も続いてしまう人がいます。
いわゆる「コロナ後遺症(ロングコビッド)」です。
中には、物覚えが悪くなった、体の動きが鈍くなったと感じる人もいます。
ところが、後遺症の人の脳で「ドーパミン」を出す神経がどうなっているのかは、これまで調べられていませんでした。
そこでカナダ・トロントの研究チームは、コロナ後遺症の人24人の脳を特殊な画像検査で撮影し、ドーパミン神経の状態を健康な人と比べました。
後遺症に悩む人の脳では、ドーパミン神経に何か変化が起きていたのでしょうか。
研究の詳細は、カナダ依存症・精神保健センターらにより、2026年7月10日付で学術誌『EBioMedicine』に掲載されました。
目次
- なぜ「ドーパミン神経」に目を付けたのか
- 後遺症の人の脳で、神経の「目印」はどうなっていたのか?
- 目印が少ない人ほど、どんな不調が強かったのか
なぜ「ドーパミン神経」に目を付けたのか
ドーパミンは、脳の中で神経から神経へ信号を伝える物質のひとつです。
研究チームがドーパミンを出す神経に目を付けたのには、2つの理由がありました。
1つ目は、この神経が「グリオーシス」(脳の支え役の細胞が過剰に反応する状態)によって傷つきやすいことです。
2つ目は、この神経に「ACE2受容体」と呼ばれる部品がたくさん並んでいることです。
つまりドーパミン神経は、コロナにかかったあとに傷を負う可能性が考えられる神経だったのです。
そこで研究チームは、ドーパミン神経がどれくらい残っているかを、脳の画像から見積もることにしました。
手がかりにしたのは、「VMAT2」という運び役の分子です。
この分子の量は、ドーパミンを放出する神経がどれくらい密に存在しているかの目安になります。
調べた場所は、脳の奥にある「線条体」という領域のうち、腹側線条体・背側被殻・背側尾状核の3か所です。
では、後遺症の人の脳では、この目安の量は健康な人と比べてどうだったのでしょうか。
後遺症の人の脳で、神経の「目印」はどうなっていたのか?
今回の研究に参加したのは、コロナ後遺症の大人24人と、年齢を5歳以内でそろえた健康な大人24人です。
さらに研究チームは補足の分析として、健康な人を43人まで増やした比較も行いました。
後遺症のグループは、コロナにかかる前は元気だったのに、感染から3か月以内に心や頭の不調が現れ、それが3か月以上続いている人たちです。
コロナの感染はPCR検査や抗原検査で確かめられており、そのときの症状は軽症か中等症にかぎられていました。
また全員が「やる気が出ない」状態を抱えており、楽しめない、気分が落ち込む、集中できない、物覚えが悪くなった、元気が出ないといった、うつ状態で見られるような症状のうち5つ以上が当てはまっていました。
一方、健康な人のグループは、これまでに神経や心の病気にかかったことがない人たちでした。
どちらのグループも、薬物などの依存の問題を抱えていないことや、直近2か月にたばこや薬物を使っていないことが条件とされました。
検査では、VMAT2にくっつく性質をもつ放射性の目印の薬を静脈から注射し、その薬が体のどこに集まっているかを写し出す「PET」という装置で、60分間脳の様子を撮影しました。
薬がくっつく量はドーパミンを放出する神経の密度の目安とされ、少ない場合は神経の末端の健全さが損なわれている可能性があると考えられます。
あわせてMRIで脳の形も撮影し、一人ひとりの脳で3か所の領域の位置を割り出しています。
その結果、コロナ後遺症の人の脳では、健康な人に比べて、VMAT2に薬がくっつく量がはっきり少なくなっていました。
この差は偶然では説明しにくいほど明確で、健康な人を43人に増やして比べた場合でも同じように見られました。
研究チームはこの結果について、後遺症の人の脳では、ドーパミンを出す神経の末端が健全さを失っている可能性を示すものだと考えています。
言いかえれば、ドーパミン神経が傷ついた「兆し」が、画像の上に表れていたかもしれないということです。
目印が少ない人ほど、どんな不調が強かったのか
研究チームは次に、この目印の少なさが、後遺症の人が抱える症状と関係しているかどうかを調べました。
やる気の低さ、楽しさを感じにくい状態、体の動きの速さ、記憶の力を、それぞれ専用の質問票やテストで数値にしています。
体の動きの速さは指をできるだけ速くたたく「フィンガー・タッピング・テスト」で、記憶の力は言葉を覚えて思い出すテストで測りました。
すると、腹側線条体で目印が少ない人ほど、やる気の低下が強い傾向が見られました。
同じように、背側被殻で目印が少ない人ほど体の動きが遅く、尾状核で目印が少ない人ほど記憶の衰えが目立っていました。
つながりの強さはいずれも中くらいの程度で、偶然とは考えにくい結果でした(相関の強さ0.48〜0.58)。
なお、記憶とのつながりは、研究の主な問いとは別に行った「探索的」な分析で見つかったものです。
研究チームは、ドーパミン神経の末端が失われていることが、やる気の低下や動きの鈍さ、記憶の衰えといった症状の一因になっているのかもしれないと述べています。
そのうえで、ドーパミンを受け渡す神経のつなぎ目(シナプス)の働きを良くすることが、コロナ後遺症の新しい治療の方向になりうると提案しています。
ただし、今回の研究は後遺症の人と健康な人を比べたもので、神経の傷が症状を引き起こしたことまでを確かめたわけではありません。
また対象は、軽症から中等症のコロナのあとに、やる気の低下などの症状が出た人たちにかぎられています。
今回の分析は研究計画の途中段階のもので、研究チームは今後さらに参加者を増やして調べる予定です。
ちなみに筆者の締め切り前のやる気のなさについては、脳を撮影する前に、まずコーヒーを淹れるところから始めてみたいと思います。
参考文献
Loss of vesicular monoamine transporter 2 in striatum of long COVID and relationship to neuropsychiatric symptoms (EBioMedicine)
https://doi.org/10.1016/j.ebiom.2026.106339
元論文
Loss of vesicular monoamine transporter 2 in striatum of long COVID and relationship to neuropsychiatric symptoms
https://doi.org/10.1016/j.ebiom.2026.106339
ライター
天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。
編集者
ナゾロジー 編集部