アメリカのマサチューセッツ大学ダートマス校(UMassD)などで行われた研究によって、「脳を食べるアメーバ」の仲間が、細い通路を見つけると自分から潜り込み、いったん入るとほとんど引き返さずに突き進むことが明らかになりました。


ふつうに考えれば、体を押しつぶされるほど狭い道は、細胞にとって動きにくい場所です。


ところがこのアメーバは入り口を探って中へ入り、幅によっては、外を這うときの2倍近い速さで通路を進みました。


通路の奥から餌のにおいで誘ったわけでも、水の流れで押し込んだわけでもありません。


研究者は「まるでロボットのようです。ひたすら進んで、進んで、進み続けるのです」と述べています。


しかし狭い場所が好きというだけの性質が、どうして脳までの道のりを助けてしまうのでしょうか。


研究内容の詳細は2026年9月10日に『Proceedings of the National Academy of Sciences』にて発表されました。




目次



  • 脳までの道は、体がつぶれるほど狭い
  • 「閉所好き症」のアメーバ
  • 「隙間好き」を育てたのは、池の泥だった

脳までの道は、体がつぶれるほど狭い


脳までの道は、体がつぶれるほど狭い / Credit:Naegleria amoebae seek confinement and crawl persistently through narrow spaces

夏の湖や川で泳いでいて、鼻に水が入ってツンとした経験は誰にでもあります。


ごくまれに、その水の中に厄介なものが混じっていることがあります。


「脳を食べるアメーバ」と呼ばれるネグレリア・フォーレリです。


ふだんは温かい淡水の底を這い回り、泥の中の細菌を食べて暮らしている、ただの単細胞生物です。


ところが鼻の奥まで入り込むと、話が変わります。


鼻の奥には、においを感じ取って脳へ伝える神経の束が集まっています。


アメーバはこの束に沿って這い上がり、鼻の奥と脳を仕切る骨(篩板)にあいた小さな穴をくぐって、脳にたどり着きます。


そこで組織を食べながら増え、原発性アメーバ性髄膜脳炎という感染症を引き起こします。


論文によれば致死率はおよそ95%で、患者の多くは子どもです。


ただし、このアメーバは人間の脳を狙って生きているわけではありません。


「私たちは、このアメーバのライフサイクル(生活環)の一部ではないのです」と、筆頭著者でマサチューセッツ大学ダートマス校の細胞生物学者カトリーナ・ヴェル氏は話しています。


ですが人間を狙って進化したわけでもないのに、なぜこのアメーバは小さな体で、鼻の奥から脳までの細く入り組んだ道のりを進み切ることができるのでしょうか?


においの神経はぎっしりと束になっていて、そのあいだに残された隙間はごくわずかです。


骨にあいた穴も、その先の脳の組織も同じです。


どの道をたどるにしても、脳にたどり着くには、この狭さを通り抜けるしかありません。


そこで研究者たちは、ネグレリアの仲間が体のつぶれるほど狭い隙間に置かれたとき、どう動くのかを確かめることにしました。


このアメーバは、狭い場所に出くわしたとき、避けて通るのでしょうか、それとも入っていくのでしょうか?


「閉所好き症」のアメーバ


誘われなくても潜り込む「閉所好き症」のアメーバ / Credit:Naegleria amoebae seek confinement and crawl persistently through narrow spaces

狭い場所に押し込まれると、アメーバの動き方はどう変わるのか。


答えを得るために研究者たちはまず、危険な本物の代わりに、病気を起こさない近縁種(ネグレリア・グルベリ)を調べることにしました。


脳を食べるアメーバと同じネグレリアの仲間で、ふるまいもよく似ています。


また実験ではアメーバの体より細い、幅2〜8マイクロメートル(1000分の2〜8ミリ)の通路(マイクロチャネル)が並んだ皿にアメーバを入れ、その動きを顕微鏡で追いました。


狭い道がアメーバにとってただの障害物なら、入り口の前で向きを変えて離れていくはずです。


入ったとしても、体を押しつぶされて、外よりものろのろとしか進めないでしょう。


ところが、アメーバは入り口に集まってきました。


1本、ときには何本もの通路へ突起を差し込み、中を探り始めたのです。


幅8マイクロメートルの通路では、入り口に触れたアメーバの65〜100%が中へ入り込み、離れていったのは多くても2割足らずでした。


幅2マイクロメートルの通路は細すぎて入れませんでしたが、それでも入り口に何度も突起を差し込んでいました。


段ボール箱を見つけると、用もないのに潜り込んでしまう猫のような隙間好きぶりです。


研究チームはこの性質を、閉所恐怖症(クラウストロフォビア)の「恐怖(フォビア)」を「好き(フィリア)」に入れ替えた「クラウストロフィリア」という言葉で呼んでいます。


閉所恐怖症にならって訳せば、「閉所好き症」といったところです。


次に研究者たちは、このふるまいがアメーバならどれも見せるものなのかを確かめるため、森の土にすむ別のアメーバ、キイロタマホコリカビでも同じ実験をしました。


(※「迷路を解く粘菌」として話題になったモジホコリは真正粘菌ですが、キイロタマホコリカビは細胞性粘菌で別系統です)


するとキイロタマホコリカビは、ネグレリアが入れなかった幅2マイクロメートルの通路にさえ入り込めることがわかりました。


ただ入り込む率は違っており、平均すると、入り口に触れても4匹に1匹以上が離れていき、中まで入ったのは多くても半分ほどでした。


通路の中で外より速くなることもなく、進み方もネグレリアほどまっすぐではありません。


細い通路を通り抜けられることと、そこへ入りたがる性質の強さや、入ったら突き進む強さは、種によって違ったわけです。


そしてネグレリアは、狭い道を苦手とするどころか、狭い道でこそ迷わず進むアメーバだったのです。


それなら、この小さな体には、狭い場所を突き進むための特別な仕掛けが備わっているはずです。


人の体とは縁のないはずのアメーバが、なぜそんな仕掛けを身につけているのでしょうか?


「隙間好き」を育てたのは、池の泥だった


「隙間好き」を育てたのは、池の泥だった / Credit:Naegleria amoebae seek confinement and crawl persistently through narrow spaces

池のアメーバが、なぜこれほど狭い道に強いのでしょうか。


手がかりは、アメーバの体の中よりも、まわりにありました。


通路の中のネグレリアは、たしかに動き方を変えていました。


平らなガラスの上では、体の縁を薄く平たく広げる突起(葉状仮足)と、丸い膨らみの2通りを使い分けて這います。


ところが通路の中では、どの細胞も、体の表面を内側からぷくっと押し出す丸い膨らみ(ブレブ)だけで進んでいました。


この切り替えこそが仕掛けに見えますが、ブレブで這うほうが速いとは限らないことが、ほかの細胞を調べたこれまでの研究で示されています。


研究チームが目を向けるのは、むしろアメーバを締めつけている通路の壁です。


平らな場所では、体のあちこちから突起が伸び、そのたびに進む向きがぶれます。


細い通路の中では、横へ伸びようとする突起が壁にふさがれ、前を向いた突起が伸びやすくなります。


研究チームは、壁が行く手をはばむどころか寄り道を封じてアメーバを前へ向かわせ、速さとまっすぐさの少なくとも一部を生んでいるとみています。


では、そもそもなぜネグレリアは、狭い道に自分から入りたがるのでしょうか。


答えの鍵は、ふだんの住みかである池や湖の底にあります。


そこには細かな泥の粒が降り積もり、粒と粒のあいだに細い隙間が入り組んでいます。


餌になる細菌は、そうした隙間にも潜んでいます。


それを食べるためには、泥の粒のあいだを探り回り、隙間を見つけたら迷わず入り、入ったら引き返さずに奥へ進む必要があります。


研究チームは、この動きが、泥の隙間に潜む細菌を探し当てるために磨かれてきた行動だと考えています。


隙間好きが池の暮らしから来ているのなら、泥の中でも自分から入り込むはずです。


そこで研究チームは、池の泥に見立てた「透明な泥」でも確かめました。


本物の泥では中が見えないため、泥の粒とほぼ同じ大きさ(約5マイクロメートル)の透明なゲル(カーボポール)の粒を敷き詰めたのです。


ゲルの上に置いたネグレリアは4分の3以上が中へ潜り込み、ゲルの下に置いたものも6割以上が上へ向かって這い上がっていきました。


重さで沈んだのではなく、自分から隙間へ入っていったのです。


そして人の鼻の奥にも、細い隙間が続く道があります。


においを伝える神経の繊維が束になり、骨の板の小さな穴を抜けて、脳へと続いている道です。


研究チームは、池の泥で細菌を探すための動きが、そのままこの道のりに当てはまると考えています。


鼻に入ったアメーバは、まず鼻の奥の空間を探り回ります。


やがて神経の繊維のあいだに隙間を見つけると、ためらわず中へ入ります。


そしていったん入れば、ほとんど引き返さずに神経に沿って進み、骨の穴を抜けて、脳まで素早くたどり着いてしまう、というわけです。


池の泥なら、隙間の先にいるのは餌の細菌です。


鼻の奥では、隙間の先にあるのが脳でした。


「アメーバが鼻の奥に入り込んでしまうのは、本当にただの不運な巡り合わせです。彼らは進化してきたとおりのことをしているだけ。細菌がいるはずの隙間を探しているのです」とヴェル氏は話しています。


この見立てどおりなら、池の泥で細菌を探すときの、いつもの習性が、鼻から脳に至る神経に行き当たったときに「ハマって」しまい、致死的な結果が生まれていたことになります。


もっとも、今回の隙間好きは、病気を起こさない近縁種で確かめられたものです。


ヴェル氏によれば、人の体温に耐えられるかどうかや、人の組織に入り込むのを助ける酵素など、病気を起こすかどうかを分ける違いはほかにもありうるといいます。


隙間好きだけで、感染が決まるわけではないのです。


それでも、ヴェル氏の研究室の予備的なデータでは、脳を食べるアメーバ自身も隙間好きの傾向を示しているといい、チームはこれを詳しく調べる計画です。


このアメーバだけを狙い撃ちにする薬はまだなく、病原体の基本的な暮らしぶりを知ることが、その開発への道を開く可能性があると報じられています。


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元論文

Naegleria amoebae seek confinement and crawl persistently through narrow spaces
https://doi.org/10.1073/pnas.2534165123

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 脳を食べるアメーバが感染する仕組みが見えてきた――『狭い隙間』が大好き 」