夕立が上がったあと、玄関を出た瞬間に、なんとも懐かしいにおいが鼻をくすぐることがあります。


この雨上がりの独特のにおいは「ペトリコール」と呼ばれています。


長く乾いた日が続いたあと、雨が降ると立ちのぼる、あの土っぽい香りのことです。


生き物が空気中に放つ揮発性有機化合物は大気の化学に大きく関わっていますが、なかでも微生物が放つ揮発性有機化合物の重要性は、まだ十分に調べられていません。


そこで今回、乾燥の度合いが異なるイスラエル各地の土を使って乾いた土に雨が降る場面を再現し、雨上がりのにおいを調べた研究が報告されました。


なお、この研究はまだ専門家による査読を受ける前の論文として公開されたものです。


雨上がりのあのにおいは、ただの「いい香り」で済むものなのでしょうか。


研究内容の詳細は2026年1月29日に『bioRxiv (Cold Spring Harbor Laboratory)』にて発表されました。




目次



  • 雨上がりのにおいはどこから来るのか
  • 乾いた土に雨が降ると、空気には何が放たれるのか?
  • 乾いた土地が広がる地球で、雨のにおいはどうなるのか

雨上がりのにおいはどこから来るのか


雨上がりのにおいはどこから来るのか / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

ペトリコールの主役のひとつは、土の中に暮らす細菌です。


雨の降らない乾いた時期、土の細菌は「ゲオスミン」という物質を作ります。


ゲオスミンには、細菌がすみかにしている植物のかけらについて、ショウジョウバエなどの虫に「おいしくないし、毒かもしれない」と知らせ、近寄らせない働きがあります。


その一方で、胞子を運ぶトビムシのような小さな生き物は呼び寄せ、ゲオスミンをさらに広い範囲へ散らしてもらいます。


そして私たち人間は、このゲオスミンにとても敏感です。


スウェーデンのカロリンスカ研究所で嗅覚を研究する心理学者ヨハン・ルンドストローム氏は「オリンピックサイズのプールにゲオスミンを1滴かき混ぜただけでも、私たちはそのにおいを感じ取れるでしょう」と話しています。


においの材料は細菌だけではありません。植物も日照りのあいだ、暑さから身を守り水分が逃げるのを抑えるために、香りのある油を出しています。


そこへ雨粒が乾いた地面や植物に当たると、ゲオスミンや油を閉じ込めたごく小さな泡ができます。


この泡が空中に浮かんではじけ、細かな粒となって散らばり、私たちの鼻まで届くのです。


つまり雨上がりのにおいは、乾いた日々のあいだに地面にたまっていたものが、雨粒に叩き出された香りだと言えます。


では、乾いた土が雨で濡れた瞬間、空気には実際どれほどの物質が放たれているのでしょうか。


乾いた土に雨が降ると、空気には何が放たれるのか?


乾いた土に雨が降ると、空気には何が放たれるのか? / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

今回の研究が注目したのは、長い日照りのあとに雨が降ったとき、土から立ちのぼる「揮発性有機化合物」です。


揮発性有機化合物とは、空気中に漂い出しやすい有機物のことで、においの成分もその仲間です。


研究ではイスラエルの、乾燥の度合いが少しずつ異なる地域の土を使い、雨で土が再び湿る場面を再現しました。


すると、乾いた土が湿った途端、揮発性有機化合物が勢いよく放出されました。


その量は、地面1平方メートルあたり毎秒1〜3.5ナノモルにのぼります。


放出された物質の中心は、「セスキテルペン類」(植物の精油などに多い香り成分のグループ)と「ベンゼン系化合物(ベンゼノイド)」(ベンゼン環という構造を持つ化合物)と呼ばれるグループでした。


さらに雨上がりのにおいは、58種類もの揮発性有機化合物が混ざり合った、複雑な香りの花束のようなものだと分かりました。


最初にどっと放出される様子は、乾いた土が雨で湿ったときに二酸化炭素が一気に放出される「バーチ効果」とよく似ていたといいます。


また放出のパターンは、地域の気候や土の乾き具合、そして土の中にいる微生物の顔ぶれと結びついていました。


ただし、においの中身は地域ごとに違っていても、放出される量そのものは、乾燥の度合いが異なる土地のあいだで同じくらいの規模でした。


そしてもうひとつの焦点が、このにおいの成分が空気の中で何を生み出しうるかという点です。


雨上がりの放出物は、オゾンや「二次有機エアロゾル」(空気中の有機物が化学反応してできる微粒子)を作り出す力を秘めています。


その力を見積もると、イスラエルで人間の活動から出る揮発性有機化合物の見積もりと、同程度の大きさだったのです。


あの懐かしいにおいの裏で、乾いた土は、オゾンなどを生み出しうる力では人間の排出源に匹敵するほどの物質を送り出している可能性があるわけです。


乾いた土地が広がる地球で、雨のにおいはどうなるのか


乾いた土地が広がる地球で、雨のにおいはどうなるのか / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

研究チームは、この結果をもっと大きなスケールで捉えています。


乾燥地は地球の陸地のほぼ半分を覆っており、しかもその面積は広がりつつあります。


そのため、雨のたびにときどき起こるこの微生物由来の放出は、これまで見落とされてきた「反応しやすい炭素」の大きな供給源かもしれない、と研究チームは述べています。


その影響は、地域の大気だけでなく、地球全体の大気の化学にまで及ぶ可能性があるといいます。


とはいえ今回の研究は査読前であり、地球規模の影響についても、まだ「可能性」の段階である点には注意が必要です。


では、気候変動が進むと、雨上がりのにおいそのものはどう変わっていくのでしょうか。


デンマークのオールボー大学で微生物の生理学を研究するイェッペ・ルン・ニールセン教授によると、全体として、雨が多くなる地域ではペトリコールが減り、日照りに見舞われる地域では増えると考えられます。


日照りの間にはゲオスミンがたまっていき、気温が高いと微生物の体内の化学反応が速まるため、細菌はさらに多くのゲオスミンを作ります。


そのため、ようやく雨が降ったときには、より多くのゲオスミンが放たれることになります。


ただしルンドストローム氏は、土が乾きすぎると「ゲオスミンは干上がってしまい、放出されない」とも指摘しています。


反対に雨がひんぱんに降る場所では、香りの成分がたまる時間が足りず、ペトリコールは少なくなります。


さらに温暖化とともに増えている激しい土砂降りは、勢いが強すぎて、香りを空へ運ぶ小さな泡を閉じ込められません。


その代わりに成分は薄められたり、地中に押し込まれたり、地表にあふれた水に混ざったりしてしまいます。


高温や激しい雨で進む土の劣化によって、ゲオスミンを作る細菌が育ちにくくなることも、においの変化に関わっています。


変化は人間の鼻だけにとどまりません。


ニールセン教授によると、ペトリコールが多い地域では蚊が増える可能性が高いといいます。


蚊にとってこのにおいは、乾いた地面が卵を産むのに適した湿った環境に変わったという合図になるからです。


雨上がりにふと感じるあの懐かしい香りは、乾いた日々のあいだに土の中でためこまれていたものであり、同時に空の化学を動かすかもしれない、目に見えない大きな流れの一部でもあるのです。


以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(雨上がりの土の匂いは4億年続く微生物の生存戦略だった)


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参考文献

How climate change is altering petrichor, the glorious smell after it rains (Scientific American)
https://www.scientificamerican.com/article/how-climate-change-is-altering-petrichor-the-glorious-smell-after-it-rains/

元論文

Dryland soil rewetting induces strong VOC emissions with potential to form ozone and aerosols
https://doi.org/10.64898/2026.01.26.701704

ライター

天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 雨上がりの匂いは実は土地と微生物から立ち上っていた 」