子どものころの苦労話を聞くと、つい「大変だったね」と同情の言葉をかけたくなるものです。


貧しさや暴力、不安定な家庭といった厳しい環境で育つことは、これまで主に「リスク」の面から語られてきました。


しかし近年、一部の研究者たちは「逆境の中で育つからこそ身につく力もあるのではないか」と考えています。


そしてイタリアのナポリでは、厳しい地域で暮らす小学生たちの記憶力を調べる研究が行われました。


では、逆境で育つ子どもの記憶力は、本当に劣っているのでしょうか。


研究内容の詳細は2026年4月1日に『Cognitive Science』にて発表されました。




目次



  • 逆境は子どもの発達を「傷つけるだけ」なのか
  • 厳しい地域で育つ子どもの記憶力は劣っていたのか?

逆境は子どもの発達を「傷つけるだけ」なのか


逆境は子どもの発達を「傷つけるだけ」なのか / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

子ども時代の逆境とは、育児放棄や家庭・地域での暴力、家庭の不安定さなどをまとめて呼ぶ言葉です。


子ども時代に逆境を経験した人とそうでない人の間には、心の健康に大きな差があることがくり返し示されてきました。たとえば、幼いころに複数の逆境を経験した子どもは、15歳の時点で不安や落ち込みを抱えやすいとされています。


以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(「思春期に孤独だった人」ほど大人になって不安定なものとは)


こうした中で主流となっているのが「欠損モデル(逆境は脳の発達を傷つけるだけだという考え方)」です。


恵まれない環境の子どもが、さまざまな知能テストで平均して低い点を取ることも、この考えの裏付けとされてきました。


しかし米ユタ大学で心理学と人類学を教えるブルース・エリス氏は、この見方は進化の視点から見ると筋が通らないと指摘します。


ストレスは発達を傷つけるというより、厳しい環境で役立つ方向へ発達を導くはずだ、というのです。


人類の歴史では暴力や飢え、物の足りなさがくり返し起きており、そうした困難に適応する力は人間らしさに大きく関わってきたと考えられています。


自身も貧困の中で育った米デンバー大学の発達心理学者メリア・デジョセフ氏も、「逆境にもかかわらず」ではなく「逆境だからこそ」身につく力に目を向けています。


ただし彼女は、貧困の中で育つのはとても大変で、望ましくない結果につながるリスクも高めると強調しています。


困難を美化するのではなく、全体像をとらえることがねらいなのです。


心理学者たちは当初、こうした力を「隠れた才能」と呼びました。


厳しい地域で育つ子どもの記憶力は劣っていたのか?


厳しい地域で育つ子どもの記憶力は劣っていたのか? / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

研究の舞台は、イタリアのナポリです。


比べたのは、経済的・社会的な苦しさが長く続く地区「スカンピア」と、比較的ストレスの少ない地域「ポッツオーリ」の2か所です。


参加したのは小学生357人(平均年齢は約8歳)で、スカンピアから167人、ポッツオーリから190人です。


調べたのは「短期記憶(見聞きしたものを、その順番どおりに少しの間覚えておく力)」と「ワーキングメモリ(覚えながら、頭の中で情報を動かして使う力)」です。


テストは学校の静かな部屋で、1人ずつ行われました。


パート1では、聞いた数字を同じ順番で言い返したり、研究者が紙の上の丸をたたいた順番をまねしたりする、昔ながらの抽象的な課題が使われました。


パート2では、こうした抽象的なものではなく、人に関わる「社会的な刺激」を使って記憶力を調べました。


その結果、パート1では、スカンピアの子どもたちの成績はポッツオーリの子どもたちと同じくらいでした。


ところがパート2では、スカンピアの子どもたちが短期記憶とワーキングメモリの両方でポッツオーリの子どもたちを上回ったのです。


つまり、厳しい地域で育つ子どもの記憶力は劣っていたわけではなく、人に関わる情報を覚える課題ではむしろ上回っていたことになります。


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研究チームはこの結果について、厳しい環境で育つ子どもが、周りの環境で直面する困りごとに役立つ力を保ったり、高めたりしうることを示すものだとしています。


エリス氏らの考え方でも、厳しく先の読めない環境で育った人には、そうした環境を生き延びるのに役立つ社会的な力や考える力が見られやすいとされています。


ただし、この研究には限界もあります。


子どものストレスは本人が答える質問票で測られましたが、これはもともと今のストレスや不安の症状を見つけるための道具で、育ってきた逆境全体を測るものではありません。


暴力やお金の苦しさ、虐待などを子どもに直接たずねると、子どもを苦しめるおそれがある。地域の先生や支援者からそう助言されたため、こうした質問は使えなかったのです。


また研究チームは、近くの厳しい環境で暮らすロマ(ヨーロッパ各地で暮らす少数民族)の子どもたちのデータも集めましたが、人数の関係で今回の結果には含めていません。


それでも今回の研究は、逆境で育った子どもを「欠けている」とだけ見る見方に、別の角度を加えるものです。


研究者たちは、こうした力への理解がいつか教育の仕組みを変え、逆境で育った子とそうでない子の学力の差を縮める助けになることを願っています。


苦労の多い育ちは心を傷つけたり、トラウマになったりすることもありますが、その環境だからこそ育つ得意分野もあるのかもしれません。


筆者は昨日の夕飯すら思い出せないので、まずは自分の中の「隠れた才能」を探すところから始めたいと思います。


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参考文献

Adversity shaped our evolution as a species. People raised in it may have underrecognized strengths because of it. (Live Science)
https://www.livescience.com/human-behavior/adversity-shaped-our-evolution-as-a-species-people-raised-in-it-may-have-underrecognized-strengths-because-of-it

元論文

Modality Matters: Intact and Enhanced Memory Skills in Children From High‐Stress Environments
https://doi.org/10.1111/cogs.70214

ライター

山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 逆境で育った人が持つ「ある強み」とは 」