「脳食いアメーバ」が脳に入り込む手がかりとは
夏の湖で泳いだあと、鼻に入った水がツンとしみて思わず顔をしかめることがあります。
淡水にすむ「ネグレリア・フォーレリ」は、「脳食いアメーバ」の名で知られる単細胞の生き物です。
ふだんは池で細菌を食べていますが、脳に入り込むと命に関わる感染を引き起こします。
では、この小さな生き物は、いったいどんな動き方で人の脳までたどり着くのでしょうか。
米マサチューセッツ大学アマースト校のリリアン・フリッツ=レイリン氏らの研究チームは、その手がかりを無害な親戚アメーバの「動き方」から探りました。
研究内容の詳細は2026年9月10日に『Proceedings of the National Academy of Sciences』にて発表されました。
目次
- 鼻から脳へ続く、アメーバの長い旅路
- 狭い通路を見つけたアメーバは、どう動いたのか?
- 池で身につけたクセが、脳への近道になる?
鼻から脳へ続く、アメーバの長い旅路
ネグレリア・フォーレリは、ふだん温かい淡水の中で、水底の堆積物のあいだを這うようにして暮らしています。
ふだんから人を襲っているわけではありません。
ところがまれに、泳いでいる人の鼻の中へ水と一緒に押し流されてしまうことがあります。
そうなるとアメーバは鼻の奥から脳へと進みながら組織を壊して食べ、やがて増殖を始めて、多くの場合は命を奪ってしまいます。
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アメリカでの感染は例年10件に満たず、夏の泳ぎ場で起こることが多いのですが、そのほぼすべてが死に至っています。
感染を果たすには、アメーバは嗅覚の神経線維に沿って進み、「篩板(しばん)」と呼ばれる骨の板の穴をくぐり、さらに脳の組織の中を移動しなければなりません。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(鼻うがいで「脳食いアメーバ」に感染した女性が死亡、米テキサス州)
いわば、景色の違う道を次々に乗り継いでいくマラソンのような旅です。
ところが、アメーバがどうやってこの道のりを進むのかは分かっていませんでした。
フリッツ=レイリン氏も「これらの生き物の基本的な生物学について、私たちはほとんど何も知らない」と話しています。
そこでチームは、脳食いアメーバと共通する振る舞いをもつ無害な親戚「ネグレリア・グルベリ」を実験に使いました。
「命を奪えない相手を扱うほうが、ずっと安全ですから」と同氏は語ります。
アメーバを置いたのは、平らなガラスの上、2枚のガラスのすき間、細い通路を刻んだ皿、そして池の堆積物をまねた粒状のゼリー(ハイドロゲル)の中です。
こうした形の違う環境で、アメーバがどう体を伸ばし、どう進むのかを顕微鏡で追いかけました。
狭い通路を見つけたアメーバは、どう動いたのか?
まず平らなガラスの上では、ネグレリアは2種類の「足」を使い分けて這っていました。
1つは、アクチンという繊維がぎっしり詰まった、薄く広がる突起です。
もう1つは「ブレブ」と呼ばれる、細胞の膜が風船のようにぷくっと膨らみ出る突起で、こちらにはアクチンがありません。
生きたままアクチンを映すことはまだできないため、チームは動く細胞を顕微鏡で撮ったあと、同じ細胞を固定して染め、突起の形と中身を照らし合わせました。
その結果、突起の形を見るだけで2種類を見分けられると分かりました。
一つの細胞が両方の突起を同時に出したり、片方からもう片方へ切り替えたりする様子も見られました。
次に、5マイクロメートルのすき間を空けて上からもう1枚のガラスをかぶせると、アメーバはパンケーキのように平たくつぶれながらも這い続けました。
このとき、2種類の突起を出す細胞の割合には、統計的にはっきりした差は出ませんでした。
一方で這う速さは、毎分14.5マイクロメートルから20.5マイクロメートルへと、およそ4割上がっていました。
すき間を3マイクロメートルまで狭めると、95%を超える細胞が破裂してしまい、さすがに押しつぶしすぎだったようです。
そこでチームは、上下だけでなく左右からも細胞を挟む、高さ5マイクロメートル、幅8マイクロメートルの細い通路を使いました。
すると通路の中のアメーバは、3回の実験のすべてで、ブレブだけを使って進んでいたのです。
興味深いのは、アメーバが通路の入り口に出会ったときの振る舞いです。
比べるために調べた別のアメーバ、ディクチオステリウムは、通路の入り口からたびたび離れていきました。
ところがネグレリアは、中に入るまで入り口を探り続け、そこから離れることはめったにありませんでした。
自分の体より細い通路にも、体をねじ込むようにして入り込んでいきました。
そして一度中に入ると、毎分50マイクロメートルを超える速さで、1ミリ以上の距離をほぼ一方向に進み続けたのです。
試した中で最も太い通路でも、中のアメーバは外の細胞の2倍の速さで進んでいました。
フリッツ=レイリン氏は「まるでロボットのよう。ひたすら進んで、進んで、進むんです」と表現しています。
ネグレリアは、狭い所を自分から探り、入ったらほとんど引き返さずに突き進む性質を持っていたわけです。
研究チームはこの「狭い所を求める」傾向を「閉所好き(claustrophilia)」と呼んでいます。
池で身につけたクセが、脳への近道になる?
最後にチームは、池の底の堆積物をまねた粒状のハイドロゲルにアメーバを入れてみました。
アメーバはすぐに粒のすき間へ入り込み、ブレブと薄い突起の両方を使って、この立体的な迷路を進んでいきました。
短い時間で区切って見ると、進む向きを保つ度合いは低めでした。
ところが長い時間で見るほど、向きを保ったまま進む傾向が強まっていたのです。
これは、アメーバが少し前に向いていた方向を「覚えている」可能性を示しています。
こうした結果からチームは、池での暮らしが、病原性(病気を引き起こす力)の下地となる3つの振る舞いを選び出してきたのかもしれないと提案しています。
1つ目は、過去の向きの記憶に導かれた動きで、鼻の奥の空洞(副鼻腔)を探り回るのに役立つかもしれません。
2つ目は「閉所好き」で、嗅覚の神経線維に沿った狭い通り道へ入り込むのを後押しするとみられます。
3つ目は、ブレブを使って粘り強く進む動きで、神経線維に沿って素早く脳までたどり着く助けになるかもしれません。
フリッツ=レイリン氏によれば、こうした性質はおそらく、池の堆積物の中で細菌を狩るのに適したものです。
実際、比べた別の種類のアメーバでは、同じ振る舞いは見られませんでした。
ただし今回調べたのは無害な親戚のグルベリで、舞台も人の鼻や脳ではなく、研究室の通路やゼリーの中です。
脳食いアメーバが実際の感染でこの性質を使っているかどうかは、まだ提案の段階にとどまっています。
それでも同氏は、「間違った時に間違った場所」にいれば、壊滅的な感染を起こしうると話しています。
脳食いアメーバの恐ろしさは、脳を狙う特別な武器というより、池で細菌を探すための働き者な暮らしぶりが、たまたま人の体の通り道にぴたりと合ってしまったことにあるのかもしれません。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(【脳食いアメーバ】致死率ほぼ100%の「フォーラーネグレリア」の恐怖とは?)
参考文献
Here’s how brain-eating amoebas may infect people (Science News)
https://www.sciencenews.org/article/brain-eating-amoebas-naegleria-fowleri
元論文
Naegleria amoebae seek confinement and crawl persistently through narrow spaces
https://doi.org/10.1073/pnas.2534165123
ライター
天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。
編集者
ナゾロジー 編集部