5000年前のエジプトを女性が治めていた可能性
今から5000年以上前、古代エジプトの第1王朝の時代に、メルネイトという女性が大きな役割を担っていました。
彼女が高い地位にあったことは知られていますが、正確にどんな立場にいたのかについては、エジプト学者のあいだで長く意見が分かれてきました。
その論争のカギを握るのが、今では実物が失われ、数十年前に撮られた古い写真にしか残っていない「泥の栓」です。
新たな研究は、この古い写真をデジタルの技術で見やすくして、そこにどんな名前が刻まれていたのかを改めて調べました。
はたして、ぼやけた写真の中には、女性の支配者がいた手がかりが眠っていたのでしょうか。
この話題の詳細は2026年9月29日に『Archaeology News (archaeologymag.com)』にて公開されました。
目次
- 論争の火種は「泥の栓」に押された王の印
- よみがえった写真に刻まれていた名前とは?
- 共同統治者から王の母へ? 姿を変えたメルネイトの立場と続く論争
論争の火種は「泥の栓」に押された王の印
1940年代、考古学者のウォルター・B・エメリーは、エジプトのサッカラという場所で13個の泥の栓を見つけました。
泥の栓とは、壺などの器の口をふさぐために使われた泥のふたのことです。
その表面には印が押されていて、名前や持ち主を記録する役目を果たしていました。
残された写真に写る栓には、「セレク」と呼ばれる王の印が4つ並んでいます。
セレクは初期のエジプトでとても大事な王の印で、王の建物、守り神、そして支配者の名前を1つに組み合わせたものでした。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(古代エジプトの「5人の王女」は武器の達人だった可能性が示された)
つまりセレクは、この時代の支配者を示すいちばんの目印だったのです。
エメリーは、4つのうち1つ目と4つ目を第1王朝の初めごろの王ジェルのもの、2つ目と3つ目をメルネイトの名前だと考えました。
ところが写真の写りが悪く記号がはっきりしなかったため、ほかのエジプト学者たちはこの読み方に疑問を投げかけてきました。
さらに困ったことに、泥の栓の実物は行方不明になり、撮影に使われたガラス板も見つかっていません。
研究者たちは、直接手に取って調べられる「現物」を持たないまま、この謎に向き合うことになったのです。
手元に残されたのは、ぼやけた1枚の写真だけでした。
よみがえった写真に刻まれていた名前とは?
そこで研究チームは、マッコーリー大学のデジタル技術者クリスタル・ミラー氏と共に、新しいデジタルの手法を開発しました。
まず写真をスキャンし、その中から記号の部分だけを切り出しました。
次に画像の明暗を反転させ、記号を、拡大しても形がくずれないデジタルの図形に変換したのです。
こうして仕上がった画像では、もとの写真よりも記号がはっきりと見えるようになりました。
記事で紹介されていた画像はこちら(画像1、画像2、画像3、画像4)
研究チームは、その記号を、すでに知られているメルネイトの名前のほかの例と見比べました。
その結果、2つ目と3つ目のセレクの中の記号は、メルネイトの名前を書くときに使われる主な記号と特徴が一致していたのです。
研究チームは、これによってメルネイトが、支配者の目印である王のセレクと直接結びつくと主張しています。
今回の結果は、メルネイトが王としての力を持っていたことを示す証拠に、さらに重みを加えるものです。
共同統治者から王の母へ? 姿を変えたメルネイトの立場と続く論争
実は、彼女の地位の高さを物語る手がかりは、ほかにも見つかっています。
メルネイトは、アビドスという地に、王家の大きな墓と、葬儀のための囲い地を持っていました。
また碑文には、彼女の名前が、国の行政の役割や、財務を担う役所などと結びついて記されています。
さらに後の時代の印影(印を押した跡)には、メルネイトを「王の母」と呼ぶ称号があり、彼女を息子のデンと結びつけています。
息子がまだ幼くて一人で国を治められなかったあいだ、彼女が権力を持っていたことをうかがわせる証拠もあります。
研究チームは、メルネイトの政治的な立場は時とともに変わっていったと考えています。
初めはジェルと並んで国を治める「共同統治者」の立場にあり、のちに息子に代わって国を治める「摂政」、そして王の母になったとみられています。
さらに研究チームは、デンが亡くなった後にも、彼女が一時期ふたたび国を治めた可能性があると指摘しています。
この見方が正しければ、メルネイトは王家の中での立場を生かし、状況に応じて役割を変えながら、いくつもの形で権力を手にしていたことになります。
ただし、すべてのエジプト学者がこの新しい読み方を受け入れているわけではありません。
ベルリン・フンボルト大学のエヴァ=マリア・エンゲル氏は、見やすくした写真を調べたうえで、セレクに書かれているのはジェルの名前だけだと反論しています。
とはいえ、この反論によって、メルネイトが高い政治的地位にあったことを示すほかの証拠まで消えるわけではありません。
論争はまだ続いていますが、今回の研究は、メルネイトの王としての地位に関わる数少ない記録の1つに、新しい読み方を示しました。
アビドスにある彼女の墓で再び始まった調査から、彼女がどのようにエジプトを治めたのかを語る証拠がさらに出てくるかもしれません。
「古代の王といえば男性」という思い込みは、泥の栓に残ったわずかな記号によって、静かに揺さぶられているのです。
実物が失われた遺物でも、残された1枚の写真を丁寧に読み直せば、はるか昔の歴史の見え方が変わることがあります。
参考文献
Did a woman rule Egypt 5,000 years ago? A 72-year-old photo may hold the answer (Archaeology News (archaeologymag.com))
https://archaeologymag.com/2026/09/did-a-woman-rule-egypt-5000-years-ago/
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部