タコは「鏡を使える」ほど賢いと判明
車をバックさせるとき、ついミラーをのぞき込んで、振り向かずに後ろの様子を確かめてしまいます。
鏡を使って直接は見えないものを探すのは、私たちにとってはごく当たり前の動作です。
けれども動物の世界では、これはふつう、人にいちばん近い仲間たちが見せるような芸当だとされています。
そんな芸当に、人とはまるで違う体を持つ「タコ」が挑みました。
メアリー・キーゼラー博士(研究当時はダートマス大学の博士課程の学生)らの研究チームは、複数のタコが鏡を「道具」として使えるかを確かめたのです。
では、骨を1本も持たないタコは、鏡に映ったものを手がかりに獲物までたどり着けたのでしょうか。
この話題の詳細は2026年9月29日に『Popular Science』にて公開されました。
目次
- 5億年以上前に人と別れた生き物に「鏡」を試す
- 鏡にしか映らないカニ、タコはたどり着けるのか?
- 正解は約7割、壁をよじ登って近道するタコまで
5億年以上前に人と別れた生き物に「鏡」を試す
タコは脳の一部が腕の中にあり、皮膚でもものを見られる生き物です。
骨がまったく無いので、くちばしより大きなすき間なら、どこへでも入り込めます。
科学者がその体のつくりを地球の外の生き物にたとえるほど、タコは人とかけ離れています。
人とタコの祖先が別々の進化の道に分かれたのは、最初の恐竜が現れるよりずっと前の、およそ5億〜6億年前でした。
動物の賢さを調べる方法として有名なのが、「ミラーテスト(鏡に映った姿を自分だと分かるかを確かめる試験)」です。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(シロイルカは「鏡に映った自分」を理解する能力を持っていた)
自分では気づかない両目の間に印をつけ、鏡を見たときにその印に触れるかどうかを調べます。
大型の類人猿やゾウはこの試験をよく突破してきましたが、ペットの犬はあまり得意ではありません。
ところがタコは皮膚が特別な感覚の細胞でおおわれているため、鏡を見なくても印を感じ取ってしまうおそれがありました。
そもそも水の中にいる動物に印をつけること自体、簡単ではありません。
そこで研究チームは、自分だと分かるかどうかの一歩手前として、「鏡を道具として使えるか」から確かめることにしました。
最初の仕事は、鏡に映る相手を敵だと思わせないことでした。
やがてタコたちは、鏡に映る自分の姿の前で食事をするほどくつろぐようになりました。
この種のタコはふつう、ほかのタコの前では食事をしないため、研究チームはこれを「鏡に慣れた」合図と受け取ったのです。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(メスのタコは、いたずらをするオスに「物を投げつける」と明らかに)
鏡にしか映らないカニ、タコはたどり着けるのか?
練習では、タコたちが開け方を知っているガラスびんに生きたカニを入れ、角の向こうの直接は見えない場所に隠しました。
カニの姿は、鏡に映ったものを通してしか見えません。
はじめは、どのタコも鏡に映ったカニめがけて、まっすぐ鏡へ向かいました。
キーゼラー博士によれば、タコたちは鏡の前まで来てから「あ、向こうにいるのか」と気づく様子だったといいます。
それでも10〜12回ほど挑むうちに、どのタコも鏡を素通りしてびんへ直行することを覚えました。
本番の試験は、さらにむずかしいものでした。
研究チームはタコを水槽の端に置いた小さな箱に入れました。箱は上と、鏡に面した1面だけが開いています。
開いた面の先には水槽の幅いっぱいの大きな鏡があり、タコからは鏡に映った水槽の反対側が見えます。
タコの背後にあたるその壁には画面があり、動き回る「仮想のカニ」の映像が映し出されました。
つまりタコがカニを見られるのは、鏡に映った姿だけです。
本物のカニを使わなかったのは、化学物質を感じ取るセンサーを持つタコが、においや味でカニを見つけてしまわないようにするためでした。
映像のカニは、試行ごとに左か右のどちらかに現れます。
上の仕切りから落とされる生きたカニをごほうびにもらうには、タコは箱を出てぐるりと向きを変え、鏡がカニを映していた側へ進まなければなりません。
正解は約7割、壁をよじ登って近道するタコまで
数十回の試行の結果、タコたちが正しい側を選んだ割合は約70%にのぼりました。
複数の統計的な検定(偶然かどうかを数字で確かめる方法)でも、これはまぐれとは考えにくいという結果でした。
さらに一部のタコは、研究者も予想していなかった行動を見せました。
箱からふつうに出て回り込む代わりに、箱の横の壁をまっすぐよじ登って乗り越え、近道をしたのです。
この壁越えは、正解した試行の59%で見られました。
キーゼラー博士によると、いちばん最初の試行でいきなりこれをやってのけたタコもいたといいます。
鏡を頼りにしたこうした行動が無脊椎動物(背骨のない動物)で記録されたのは、今回の研究が初めてです。
キーゼラー博士は、鏡を使うのに必要な頭の働きは「収斂進化(しゅうれんしんか:近い親戚ではない生き物どうしが、似た特徴をそれぞれ別に身につけること)」の例と考えられるかもしれない、と話しています。
博士は「タコが本当に鏡を使っていたのなら、それはタコが人とは関係なく独自に発達させたものだ」と述べています。
ただし今回の試験は、タコが鏡に映る姿を「自分」だと分かっているかどうかを調べたものではありません。
それでも、5億年以上前に人と別れた骨のない生き物が、鏡の中の景色と実際の場所を結びつけているらしいことは、賢さの見方を広げてくれます。
鏡をのぞいて見えない場所を確かめるという何気ない動作は、人や人に近い動物だけのものではないのかもしれません。
次に水族館でタコの水槽をのぞき込むときは、ガラス越しにこちらの背後まで探られていないか、少しだけ気にしてみてください。
参考文献
How smart are octopuses? Smart enough to use a mirror. (Popular Science)
https://www.popsci.com/environment/how-smart-octopus-mirror-test/
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部