「ダークチョコのにおい」を嗅いだだけで、筋トレの総回数が平均18回増えた
マレーシアのマラヤ大学の研究で、ダークチョコレートの香りを嗅ぐだけで、空腹時の脚の筋トレの回数が平均18回多くなったことが示されました。
それでいて本人が感じる「きつさ」には、香りのない条件との明確な差がありませんでした。
責任著者のモハメド・ナシュルディン・ビン・ナハルディン氏は、きつさを強く感じないまま回数が増えた点を、特に興味深い結果だと語っています。
エネルギーを補給していないのに、なぜ「あと1回」を繰り返せたのでしょうか。
研究内容の詳細は2026年7月9日に『Frontiers in Physiology』で発表されました。
目次
- 空腹は筋トレの回数を減らす
- ダークチョコレートのほうがミルクチョコレートよりも回数が増えた
- 香りは体をだまして限界を超えさせる
空腹は筋トレの回数を減らす
何も食べずに朝いちばんでジムへ行くと、いつもと同じメニューが妙に重く感じられることがあります。
朝食を抜くと筋トレでこなせる回数が落ちるという現象は、これまでの実験でも報告されています。
理由としてまず思い浮かぶのは、燃料切れでしょう。
胃が空なのだから、体を動かすエネルギーも足りないのだろうと考えたくなります。
ところが、それだけでは説明しきれない結果が、2020年の実験で得られました。
今回の研究を率いたナハルディン氏らは、本物とはエネルギー量が大きく異なる「偽の朝食」を用意したのです。とろみも味も舌触りも、炭水化物を多く含む本物の朝食に合わせてありました。
この偽の朝食は、本物の朝食と同じように空腹感を下げ、満腹感を上げました。そして水を飲んだ場合よりも、スクワットの回数を増やしたのです。
このことから回数の違いには、摂取したカロリーだけでなく、「空腹が収まった」という感覚も関わっている可能性が示されました。
2022年には、運動前の空腹感が低いほどスクワットの成績がよいことも報告されました。
では、空腹感はどのように筋トレの回数に関わるのでしょうか。
考える手がかりになるのは、「どこで運動をやめるか」という判断です。
今回の運動は、決められた回数だけこなして終わるのではなく、続けられなくなるまで繰り返す方式です。
「もう上がらない」「もうやめたい」と感じるその限界には、筋肉の状態だけでなく、本人の感覚も関わってくると考えられます。 いわば「続けるか、やめるか」を決める天秤が、頭の中にもあるわけです。
たとえば、お腹が減ったまま会議に出ると、話の中身より昼に何を食べるかが気になってしまうことがあります。
空腹はそれほど強く注意を引く感覚です。
研究チームは、空腹に気を取られることが、運動を続ける妨げにもなりうると考えました。
空腹感が和らげば、先ほどの天秤も「やめる」側へ傾きにくくなるのかもしれません。
食事がトレーニングを助ける理由の一部も、この空腹感の軽減にあるのではないか、というのが研究チームの考えです。
では、空腹感を和らげるために、本当に食べ物を口へ入れることは必須なのでしょうか?
匂いの情報は、食欲や感情に関わる脳の働きと密接に結びついています。
食べ物の匂いは、食欲をかき立てることもあれば、満腹感を呼び起こすこともあると報告されてきました。
そこで今回研究者たちは、チョコレートの匂いを嗅ぐことが限界にどのように影響するかを調べることにしました。
ダークチョコレートのほうがミルクチョコレートよりも回数が増えた
実験に参加したのは、週2回以上の筋トレを2年以上続けている、平均年齢23歳の健康な男性23人です。
23人全員が、カカオ90%のダークチョコレート、ミルクチョコレート、無臭の水の3つを、別々の朝に嗅ぎました。
同じ人がすべての条件を試す方式で、試す順番は無作為に決めています。
実験前には、10時間以上、何も食べずに来てもらいました。
どの瓶に何が入っているかは、参加者にも、回数を数える担当者にも伏せました(二重盲検)。
嗅ぐのは1回30秒で、運動前と、セットの合間の休憩のたびに繰り返しました。
種目は、椅子に座ったまま膝を伸ばして重りを持ち上げるレッグエクステンションです。
重さは、10回持ち上げられる限界の重さの8割に設定し10回を1セットとし、休憩を挟んで続けられなくなるまで繰り返しました。
ここで確かめたいのは、食べてエネルギーを補給しなくても、香りだけで運動回数が変わるかどうかです。
空腹感が運動を続ける妨げになるなら、それを和らげる香りで回数が伸びるかもしれません。
最初に表れたのは、運動前の空腹感や満腹感の違いでした。
ダークチョコの日は、一口も食べていないのに、水の日より空腹感と「食べたい」という気持ちが低く、満腹感が高くなっていました。
ミルクチョコの日は水の日と空腹感に差がなく、むしろ「食べたい」気持ちが水の日より少し強まりました。一方、香りの心地よさは、水より高く評価されました。
運動回数にも、はっきりとした差が表れました。
水の日の総回数は平均60回あまりでしたが、ダークチョコの日は平均18回多い80回近くまで伸びました。
ミルクチョコの日も水の日より平均9回多くなりましたが、ダークチョコはそれをさらに9回上回りました。
セット数でも、ダークチョコは水とミルクチョコのどちらよりも、平均で約1セット多くなりました。
また興味深いことに、被験者たちは実験中にダークとミルクの種類まで見抜けていたとは、はっきり確認されませんでした。
さらに運動回数とは対照的に、セットごとに答えてもらったきつさ(主観的運動強度)には、香りによる明確な差は見られませんでした。
それでも、チョコの日はきつさの評価が高くなることなく、より多くの回数をこなしていたのです。
香りは体をだまして限界を超えさせる
梅干しを思い浮かべただけで、口の中に唾がわいてくることがあります。
体は、食べ物が口に入る前から、これから来るものに備えて動き出します。こうした先回りの反応(頭相反応)は、食べ物の姿や匂い、ときには想像だけでも起こります。
研究チームは、ダークチョコの香りでも同じ種類の先回りが関わった可能性を考えています。
鍵になるのは、これまでチョコを食べてきた経験です。
チョコを食べるとき、人は香りといっしょに、濃厚な味わいや、食べたあとの満足感を経験します。
研究チームの説明では、とくにダークチョコの香りは、濃厚で苦く、満腹感のある食べ物を連想させるといいます。
香りと満腹感が何度もセットでやってくるうちに、香りそのものが「これからお腹が満たされる」という合図に変わります。
「いわば体をだまして、満腹を先取りした状態に入れてしまいます」とナハルディン氏は説明します。
研究チームは、頭の中の天秤を「やめる」側へ傾けていた空腹感が、香りによって和らいだのではないかとみています。
ただし甘いミルクチョコは、別の理由で回数が増えたのかもしれません。
こちらは運動前の空腹感を水より下げなかったのに、回数は9回増えました。ナハルディン氏は、甘い香りが心地よい「ごほうびの合図」となり、運動を続ける後押しをした可能性を挙げています。
もっとも、体の中で実際に何が起きたのかは、まだ推測の段階です。
今回の実験では、唾液やホルモン、脳の活動は測っていません。
また効果が空腹感の低下や香りの心地よさによるものかどうかは、今回の研究では確かめられていません。
それでもチョコの香りのあるなしで、その日のトレーニングで繰り返せた回数が増えたという点は見逃せないでしょう。
研究チームは、食事をとる時間帯を制限している人や減量中の人、試合前に食事を調整する競技者などへの応用を考えています。
運動前に食べると胃のもたれや不調を招くこともありますが、香りなら食べ物を胃に入れずに済みます。
論文でもチョコの香りを、食べ物を口にせずに空腹時の筋トレを支える方法の候補と位置づけています。
しかも、香りを嗅ぐのは1回30秒で、それを運動前とセットの合間に繰り返すだけでした。同じ匂いを嗅ぎ続けると慣れが生じるため、短く区切ることが、その慣れを抑えた可能性もあると論文は述べています。
では、この効果はチョコレートに限られるのでしょうか。
ナハルディン氏は、チョコに限った効果とは考えていないものの、チョコは食べる喜びと強く結びついた食品だと説明しています。
ほかにも、食べたあとに満足感が残る食べ物なら、同じ反応を起こせるかもしれません。
ただし、本人にとってなじみがあり、好ましい、少なくとも不快ではない香りであることが重要になりそうだといいます。
朝食を抜いたままジムへ向かう朝、最後の1回を支えるのは、胃の中身だけでなく、鼻から届く香りなのかもしれません。
参考文献
Sniffing chocolate could make your leg day workout easier, even on an empty stomach
https://www.frontiersin.org/news/2026/07/09/sniffing-chocolate-workout-easier
元論文
Chocolate odor enhances resistance exercise performance through appetite suppression in the fasted state: an exploratory study
https://doi.org/10.3389/fphys.2026.1834757
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部