朝、目覚まし時計と腕時計の針がわずかに食い違っていたので、とりあえず早いほうを信じて家を飛び出しました。


私たちの暮らしは、「1秒」という単位を当たり前のようにあてにして回っています。


その1秒を決めているのが、原子の振る舞いを目印にする「原子時計」です。


シンガポール国立大学(NUS)量子技術センター(CQT)の研究チームは、ルテチウムという元素で原子時計を2台作り、その正確さを確かめました。


では、この新しい時計はどこまで正確だったのでしょうか。


研究内容の詳細は2026年9月23日に『Nature』にて発表されました。




目次



  • 時計の「振り子」を原子に任せる
  • 2台の時計を突き合わせたら、どこまで一致したのか?
  • 正確すぎる時計は「重力」まで感じ取る

時計の「振り子」を原子に任せる


時計の「振り子」を原子に任せる / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

原子時計は、原子の中の電子がエネルギーの段を乗り換えるときの決まった周波数を目印にして、時を刻みます。


この「時計遷移」にレーザーをぴたりと合わせ、その光の振動を振り子の揺れのように数えていくのです。


1960年代から秒の定義を担ってきたのはセシウムです。セシウム原子時計は、GPSや通信、交通網の同期を支えています。


一方、光を使う「光原子時計」は、はるかに高い周波数の遷移を使うため、同じ時間に数えられる振動がずっと多くなります。


目盛りの細かい物差しほど細かく測れるように、そのぶん時間を正確に測れるのです。


近年の記録は、イッテルビウムやストロンチウム、アルミニウムを使った時計が持っていました。


ただし原子時計の目印は、温度の変化や磁場によってわずかにずれてしまいます。


そこで研究チームが10年以上前から目をつけていたのが、ルテチウムです。


ルテチウムの時計遷移は、温度にも磁場にもほとんど影響されません。


チームを率いるマレー・バレット氏は「地球上で最も暑いデスバレーから南極高原の最も寒い場所へ移しても、ルテチウム時計は安定しているでしょう」と語ります。


研究チームは、電気を帯びたルテチウム176のイオンをたった1個だけ使い、それに波長848ナノメートルのレーザーを合わせて時計にしました。


さらに「超微細平均化」という方法を自ら考え出し、外からの磁場などの影響をほぼ打ち消せるようにしています。


とはいえ、ここまで正確な時計を同じ種類の時計同士で比べて確かめることは、これまで大きな課題として残っていました。


2台の時計を突き合わせたら、どこまで一致したのか?


2台の時計を突き合わせたら、どこまで一致したのか? / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

時計の正確さを確かめるために研究チームが取った方法は、とてもシンプルです。


同じルテチウム時計をもう1台作り、2台を互いに突き合わせたのです。


論文の共同筆頭著者であるカイル・アーノルド氏は「『時計を1つ持つ人は時刻を知っている。時計を2つ持つ人は決して確信が持てない』という冗談めいた言い回しがあります」と話します。


そのうえで「これは要するに、標準の正確さを確かめる唯一の方法が、時計同士を比べて再現できることを示すことだと教えてくれているのです」と続けます。


研究チームは「相関分光法」という手法を使い、2台の時計の刻みを11回、合わせて200時間にわたって比べました。


まず、2台それぞれの正確さを詳しく見積もったところ、どちらも不確かさが約1×10⁻¹⁹に収まっていました。


これは周波数を19桁目の水準まで押さえ込めたことを意味し、光原子時計として報告されている中で最も小さい値だといいます。


そして2台を突き合わせると、両者の周波数の差はほぼゼロで、5.7×10⁻¹⁹という不確かさの範囲で一致しました。


これは、これまでに報告された時計同士の比較の中で最も精密なものだといいます。


研究チームは、測定を重ねればこの不確かさはさらに小さくできるとしています。


しかもこの正確さは、室温で動く実用的な装置で達成されたものです。


研究チームは、これまで記録を持っていたイッテルビウム、ストロンチウム、アルミニウムの時計の性能を、ルテチウム時計が上回ったと報告しています。


バレット氏は「今あるものが世界で最も正確な時計だと確信しています」と述べ、「将来、この時計がどうすれば打ち負かされるのか、私には想像できません」とまで語っています。


正確すぎる時計は「重力」まで感じ取る


正確すぎる時計は「重力」まで感じ取る / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

ここまで正確になると、時計は思わぬものまで感じ取るようになります。


それが重力です。


重力は時間の進みを遅らせるため、高さの違う場所に置いた時計は、わずかに違うペースで時を刻みます。


10⁻¹⁹のレベルで動く光原子時計なら、わずか数ミリメートルの高さの違いが生むこの効果まで捉えられます。


実際、今回の比較は、同じテーブルに置いた2台の時計の5ミリメートルの高さの違いを見分けられるほどの感度を持っていました。


そのため研究チームは、高さの違いが比較の足を引っ張らないよう、2つのイオンの高さの差を1ミリメートル未満の精度で別に測っていました。


一方で、この敏感さは、世界のほかの一流の原子時計と比べるときの壁にもなります。


以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(原子時計を加速させることで、現実世界の時間の遅れを観測することに成功)


地球上の場所ごとの重力の違いがまだ十分に分かっていないため、このレベルの正確さでは、時計の性能の差と重力の影響を切り分けられないのです。


それでもこの敏感さは、研究室の外で役に立つかもしれません。


時計を使ってミリメートル単位で高さを測ったり、地球各地の重力の変化を見守ったりする使い方が期待されているのです。


また、国際的な時刻の管理の改善につながるほか、2030年かそれ以降に見込まれる「秒の再定義」の議論でも、こうした時計の測定が検討されています。


さらに、一般相対性理論やローレンツ不変性(どんな速さで動く観測者から見ても物理法則が同じであるという性質)の検証、暗黒物質の探索、基礎物理定数(自然の法則に現れる決まった値)が変化していないかの確認など、物理学の根本的な問いに迫る道具としても期待されています。


共同筆頭著者で博士課程の学生のマイケル・リー氏は「次のステップは、研究室サイズの時計を小さくして、持ち運べるシステムにすることです」と話します。


研究チームは、正確さを損なわずに時計を小さくできると見込んでいます。


時計は、時刻を知らせるためだけの道具ではなくなりつつあります。


足元の重力のわずかな違いまで映し出す、地球を測る「ものさし」にもなろうとしているのかもしれません。


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参考文献

Scientists Just Built the World’s Most Accurate Clock (SciTechDaily)
https://scitechdaily.com/scientists-just-built-the-worlds-most-accurate-clock/

元論文

Lu+ optical frequency references with accuracy verified at the 19th digit
https://doi.org/10.1038/s41586-026-11072-8

ライター

天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「レアアース」で作った「世界一正確な時計」 」