「LSDなどの幻覚剤」自分のことを考える脳の力を弱めると判明
LSDやシロシビンといった幻覚剤は、うつ病やトラウマの治療薬の候補として注目を集めています。
しかし、幻覚剤が脳の回路のはたらきをどう作り変えているのかは、まだよく分かっていません。
そこでスタンフォード大学の研究チームは、人とマウスの脳の表面を波のように動く信号を追いかけました。
幻覚剤を使った脳の中では、信号の流れにどんな変化が起きていたのでしょうか。
研究内容の詳細は2026年6月8日に『Proceedings of the National Academy of Sciences』にて発表されました。
目次
- 脳の信号には「上り」と「下り」がある
- 幻覚剤を使った脳で「上りの信号」はどうなっていた?
- 信号の変化は、心の体験とどう結びついていたのか
脳の信号には「上り」と「下り」がある
これまでの研究から、幻覚剤は脳の「デフォルト・モード・ネットワーク(DMN)」に影響することが分かっていました。
DMNは、内省や空想、考えが凝り固まることにかかわる脳の領域の集まりです。
いわば「自分を考える脳」とも呼べる回路です。
多くの精神疾患ではこのネットワークの活動に異常が見られるため、新しい治療の主な標的とされています。
DMNは、脳の情報処理の階層のてっぺんに位置しています。
脳の活動は、脳の外側の層である大脳皮質の表面を絶えず動き回っています。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(「ボッチプレイ」が長い10代ほど大脳皮質の表面積が小さい傾向)
情報は、感覚を担う低い階層の領域から、DMNのような高い階層の領域へと上っていきます。
この上りの流れを「ボトムアップ処理」、反対に高い領域から感覚の領域へ下る流れを「トップダウン処理」と呼びます。
健康な脳では、ボトムアップ処理が、外の世界から届いた新しい情報で頭の中のモデルを更新しています。
一方のトップダウン処理は、過去の経験や予想を使って、届いた感覚の情報を読み解きます。
この2つの向きの釣り合いが崩れると、心の苦しさや知覚のまちがいにつながることがあります。
ところがこれまでの脳画像の研究の多くは、脳を決まった場所の集まりとして扱い、活動を止まったものとして測ってきました。
これは、天気レーダーで雨雲の動きを追わずに、ひとつの地域の雨量だけを測るようなものです。
このやり方では、信号が上っているのか下っているのかという「向き」が見えません。
そこでアダム・パインズ氏、リアン・ウィリアムズ氏らのチームは、動画の画素がコマごとにどう動くかを追う「オプティカルフロー」という手法を応用しました。
これを使って、大脳皮質の上を動く活動の波の向きと大きさを追いかけたのです。
幻覚剤を使った脳で「上りの信号」はどうなっていた?
研究チームは、人とマウスの4つのデータを使って、MDMA、シロシビン、LSDの効果を調べました。
薬と対照を比べた組み合わせは、全部で9つです。
まず分析したのは、MDMAを飲んだ14人のボランティアの脳を、機能的MRI(血流の変化から脳の活動を測る装置)で撮った研究です。
MDMAを飲んだ後の画像を、偽薬を飲んだ後や何も飲まなかった後の画像と比べました。
以前ナゾロジーではこういう記事も紹介しています(タコに幻覚剤「MDMA」を与えた結果、驚きの現象が判明)
すると、MDMAはDMNの中を動く脳の波の大きさを全体として弱めていました。
さらに、DMNへ上ってくるボトムアップの信号の割合も減っていたのです。
次に調べたのは、シロシビンを飲んだ6人の研究です。
ここでは、シロシビンを飲んだ時の画像を、2種類の画像と比べました。基準となる画像と、刺激薬のメチルフェニデートを使った「効き目のある偽薬」の時の画像です。
メチルフェニデートは、幻覚は起こさずに、シロシビンによる体の高ぶりに似た状態を作る薬です。
その結果、シロシビンでもDMNを動く波の大きさは弱まっていました。
ボトムアップの向きの減少も見られましたが、こちらは統計的に意味のある差にはなりませんでした。
研究チームは、シロシビンの効果が数日残ったため、薬の直後に撮った基準の画像が変わってしまったのではないかと考えています。
3つ目は、LSDを点滴で受けた18人の研究です。
生理食塩水の点滴と比べると、LSDも波の大きさと、DMNへ入るボトムアップの信号の割合の両方を減らしていました。
ただ、ここまでは人のMRIの結果で、ほかの動物や測り方でも同じことが起きるかは確かめる必要があります。
そこで研究チームは、14匹のマウスの研究も調べました。
マウスでは、脳細胞の活動を直接、高い解像度で記録できる「広視野カルシウムイメージング」が使われました。
マウスには、LSD、鎮静薬のジアゼパム、別の鎮静薬のデクスメデトミジンが与えられました。
その結果、LSDを受けたマウスでも、人と同じようにDMNの活動の波の大きさとボトムアップの流れが減っていました。
抗不安薬のジアゼパムもボトムアップの信号を減らしましたが、その程度はLSDより小さいものでした。
一方のデクスメデトミジンは正反対で、DMNへ入るボトムアップの信号の割合を増やしました。
このマウスの結果から、この手法が血流の見かけの変化ではなく、神経細胞の実際の活動の変化をとらえていることも確かめられました。
また、この信号の弱まりは、データの質や、これまでに知られていた幻覚剤の効果では説明できないことも示されました。
薬の種類や動物、測り方が違っても、感覚から「自分を考える脳」へ上る信号の流れが弱まる様子がくり返し見られたのです。
信号の変化は、心の体験とどう結びついていたのか
研究チームは、こうした信号の流れの変化が、人が感じた体験と関係しているかどうかも調べました。
要旨によると、この弱まりは、参加者自身が報告した体験と独自に結びついていました。
MDMAの研究では、ボトムアップ処理が最も大きく減った人ほど、自分をコントロールできない感覚を強く報告していました。
そうした人は、「自我の溶解」への恐れもより強く報告していました。
自我の溶解とは自分という感覚が失われることで、ここではそれに対する怖れの反応を指しています。
ただし、これは関連を示したもので、信号の弱まりが怖さを生んだと確かめられたわけではありません。
研究チームは、ボトムアップの流れを抑えすぎると、幻覚剤で時に起こる嫌な体験の引き金になりうると考えています。
ボトムアップ処理は、ふだん私たちを、今いる周りの感覚の世界につなぎとめています。
このつなぎとめる入力が大きく落ちると、人は周りから切り離されたように感じるのかもしれません。
幻覚剤は治療薬として主流になろうとしていますが、脳の回路のレベルでの説明はこれまで欠けていました。
今回の研究は、幻覚剤が脳の階層的な情報処理に与える影響を、信号の「動き」から根本的に整理するものです。
私たちが今いる周りの世界につなぎとめられているのは、感覚から上ってくる信号のおかげなのかもしれません。
参考文献
Psychedelics reduce bottom-up brain activity in the default mode network (PsyPost)
https://www.psypost.org/psychedelics-alter-the-trajectory-of-moving-brain-waves/
元論文
Psychedelics disrupt hierarchical cortical propagations in the default mode network of humans and mice
https://doi.org/10.1073/pnas.2522000123
ライター
天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。
編集者
ナゾロジー 編集部