心理療法に幻覚剤「アヤワスカ」を加えると悲しみが和らいだ
台所でうっかり湯のみを一つ多く並べてしまい、そっと棚に戻す。
大切な家族を亡くした悲しみは、多くの場合、時間とともに少しずつ和らいでいきます。
しかし中には、その悲しみがいつまでも重く続き、暮らしがままならなくなる人もいます。
そんな深い悲しみを軽くしようと、アマゾンに伝わる幻覚性の飲み物「アヤワスカ」と心理療法を組み合わせて試したのが、スペインのバルセロナ自治大学の精神科医オスカル・ソト=アンゴナ氏らのチームです。
幻覚をもたらす飲み物は、本当に悲しみを軽くする助けになるのでしょうか。
研究内容の詳細は2025年9月1日に『Scientific Reports』にて発表されました。
目次
- 悲しみの療法に「アヤワスカ」を加えた理由
- アヤワスカを加えたグループに起きた変化とは?
悲しみの療法に「アヤワスカ」を加えた理由
故人を恋しがる気持ちや故人のことばかり考えてしまう状態が長く続き、生活に支障が出るものは「遷延性悲嘆症(せんえんせいひたんしょう)」と呼ばれます。
特に家族を亡くしてから最初の1年は、心の病気や心臓・血管の衰え、自殺の危険が高まる時期です。
しかし、この時期に通常の心理的な支援や抗うつ薬を使っても、長引く悲しみを防ぐ高い効果は確かめられていません。
そこでチームは、「意味の再構成療法」というカウンセリングに、アヤワスカを組み合わせることにしました。
この療法は、つらい死の記憶を整理し、故人とのつながりを結び直し、残された自分らしさを立て直す3段階で、喪失を人生の物語に組み込んでいきます。
アヤワスカはつる植物の茎と低木の葉を煮出した飲み物で、葉の幻覚成分DMTが脳のセロトニン受容体(セロトニンという物質の受け取り口)を刺激します。
この種の幻覚剤は考え方の柔軟さなどを一時的に高めると報告されており、チームはそれが心の作業を後押しするのではないかと考えたのです。
参加したのは、この12か月以内に親や子どもなどごく近い家族を亡くし、重い悲しみを抱える大人84人です。
参加者は28人ずつ、3つのグループに順番に振り分けられました。
1つ目は、週1回のオンラインの意味の再構成療法を9回受けるグループです。
2つ目は、同じ療法に加えて、医師の見守りのもと週末の合宿でアヤワスカを飲む会に2回参加するグループです。
3つ目は、治療を何も受けないグループです。
チームは治療の前、直後、3か月後に、悲しみの重さなどをアンケートで測りました。
では、アヤワスカを加えたグループの悲しみは、ほかの2つとどう違ったのでしょうか。
アヤワスカを加えたグループに起きた変化とは?
まず、悲しみの重さは3つのグループすべてで軽くなっていました。
こうした全体の改善は悲しみの研究ではよく見られ、時間とともに喪失に慣れていくことや、支えのある試験に参加していること自体の良い影響を映している場合が多いとされます。
そのうえで、最も大きく悲しみが軽くなったのは、アヤワスカを加えたグループでした。
治療の直後にも3か月後にも、悲しみの重さと遷延性悲嘆症の症状の両方で、療法だけのグループや治療なしのグループより大きく減っていたのです。
一方、療法だけのグループと治療なしのグループの間には、はっきりした差は見られませんでした。
さらにアヤワスカを加えたグループでは、「心的外傷後成長(大きな危機と向き合う中で、人生をあらためてありがたく感じるなどの前向きな変化が生まれること)」も大きく伸びていました。
心の健康や人とのつながりの面でも、ほかのグループより良い点数が出ていました。
こうした改善は、治療が終わって3か月たっても保たれていました。
安全面では、アヤワスカによる体や心への負担は参加者が耐えられる範囲にとどまり、重い有害な出来事は報告されませんでした。
飲んだあと24時間以内に、精神科の薬が必要になった人もいませんでした。
ただし、飲んでいる最中に吐き気や嘔吐、下痢が出た人が16人、頭痛が出た人が4人、気を失った人と強い苦しさを感じた人がそれぞれ2人いました。
また、1人は最初の会のあと「アヤワスカの会に意味を感じない」として参加をやめ、4人は心の準備ができていない、用事があるといった理由で2回目を見送りました。
それでも、アヤワスカの会に「とても満足」と答えた人は81.5%にのぼりました。
もちろん、この研究には限界があります。
参加者はくじ引きのように無作為に振り分けられたのではなく順番に割り当てられ、本人も自分がどの治療を受けているかを知っていました。
そのため研究チームも、今回の結果はあくまで予備的な裏付けであり、より大規模な無作為化試験(くじ引きのように参加者を振り分ける試験)で確かめる必要があるとしています。
とはいえチームによると、この組み合わせの効果を、比べる相手のグループを設けたうえで治療の前から時間を追って調べた研究は、今回が初めてです。
今回試されたのはアヤワスカを単に飲むことではなく、医師の見守りと、悲しみの意味を組み直す対話とをセットにした治療でした。
深い悲しみに早い時期から支えの手を差し伸べる新しい方法が、少しずつ形になり始めているのかもしれません。
参考文献
Ayahuasca combined with grief therapy shows promise in easing severe bereavement (PsyPost)
https://www.psypost.org/ayahuasca-combined-with-grief-therapy-shows-promise-in-easing-severe-bereavement/
元論文
Ayahuasca-assisted meaning reconstruction therapy as an early resource for bereavement: a non-randomized clinical trial
https://doi.org/10.1038/s41598-025-13251-5
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部