元恋人を懐かしんだのに、満足度が上がったのは「今の恋」のほうだった
アメリカのフロリダ大学(UF)と韓国の高麗大学校などで行われた研究によって、元恋人との思い出を懐かしく振り返った人は、今の恋人との関係への満足度がむしろ上がる傾向があることを明らかになりました。
元恋人を思い出すのは未練の表れで、今の恋に不満がある証拠だと考える人は多いでしょうが、結果は違うものになりました。
論文では、元恋人と今の恋人のどちらへの懐かしさも、アジアの人々の今の恋愛関係に良い影響を与えうることが示された、と記述されています。
研究内容の詳細は『Emotion』にて発表されました。
目次
- 元恋人を思い出すのは今の恋に悪影響しかないのか?
- 研究チームの予想が、きれいに外れた
- 「満足感」と「恋を続ける気持ち」は別に動いていた
元恋人を思い出すのは今の恋に悪影響しかないのか?
恋人のスマホに、元恋人との写真がまだ残っていた。
それだけで胸がざわつく人は少なくないでしょう。
逆に、ふと昔の恋を思い出してしまい、今の恋人に後ろめたさを覚えた経験のある人もいるはずです。
元恋人を思い出すのは、今の恋に満たされていない印。
多くの人が、なんとなくそう考えています。
実際、いちばん最近まで付き合っていた相手を頻繁に恋しく思う人ほど、今の関係の質が低いという報告もあります。
ところが心理学では、「懐かしさ(ノスタルジア)」はただの後ろ向きな感傷として扱われてきませんでした。
懐かしさとは、自分にとって意味のある過去を、そのときそばにいた人ごと呼び戻す感情です。
恋愛の場面でも、今の恋人との幸せな思い出をよく振り返る人ほど関係への満足感が高く、別れたいという気持ちは弱いことが報告されてきました。
元恋人への懐かしさについてさえ、今の関係にプラスに働いたというデータがあります。
つまり、元恋人を懐かしむことが今の恋を傷つけるのかどうかは、まだ決着がついていませんでした。
しかも、こうした研究のほとんどは欧米の参加者を対象にしたものでした。
西洋の文化圏では、人は自分の内側にある性質や一貫性を手がかりに、過去・現在・未来の自分をひと続きのものとして保ちます。
一方、東アジアの文化圏でその役目を担うのは、人とのつながりと、関係の調和です。
だとすれば、終わった関係を思い出すことは、東アジアの人にとってもっと厄介なはずです。
すでに切れてしまったつながりに自分を引き戻すことになり、今の関係を保つために必要な感情のまとまりを乱しかねないからです。
そこで今回、フロリダ大学のパク・スヨン氏らの研究チームは、元恋人への懐かしさは今の関係の質を下げるはずだ、という仮説を立て検証することにしました。
研究チームの予想が、きれいに外れた
分析の対象となったのは、韓国の未婚の男女172人です。
全員が今つき合っている恋人がいて、なおかつ過去に3カ月以上続いた交際も経験しています。
平均年齢は28歳ほどで交際期間は平均するとおよそ1年10カ月でした。
参加者はまず、今の関係にどれだけ満足しているかと、この関係を続けていくつもりがどれだけあるか(コミットメント)を答えます。
そのうえでくじ引きのように3つのグループへほぼ均等に振り分けられ、それぞれ別の文章を書くよう求められました。
1つ目のグループが書いたのは、自分にとって最も大切だった元恋人との、懐かしい出来事です。
2つ目は、今の恋人との懐かしい出来事。
3つ目は比較の基準として、先週自分が何をしたかを、なるべく客観的に書きました。
書き終えた参加者は、先ほどと同じ2つの質問にもう一度答え、あわせて、書いているあいだにどんな気持ちが湧いていたかも報告しました。
書く前と書いたあとの変化を3つのグループで見比べれば、思い出を振り返ったことの影響が浮かび上がるわけです。
結果、研究チームの仮説は、外れました。
元恋人について書いたグループも、今の恋人について書いたグループも、書く前より今の関係への満足度が上がっていたのです。
しかも、元恋人グループと今の恋人グループのあいだに差はありませんでした。
懐かしむ相手が終わった恋の相手であっても、今の恋への満足は削られなかったことになります。
一方で、先週の出来事を書いた対照群では、満足度は動きませんでした。
コラム:なぜ元恋人の思い出が今の恋を満足させるのか?
この分野の土台になっている知見は、懐かしさが誰との記憶であっても人を温めるというものです。懐かしさは自分にとって意味のある過去を、そのときそばにいた人ごと呼び戻す感情で、思い出すと孤独感が薄れ、人とのつながりの感覚が強まり、自分の人生に意味があるという感覚が上がることが繰り返し報告されてきました。
この見方に立つと、記憶の相手が誰かはあまり関係ありません。懐かしさで心が満たされた状態のまま、今の関係を評価する質問に答えれば、点数は上がります。今回、元恋人条件と今の恋人条件で満足度の上がり方に差がなかったことは、この説明とよく合います。
もう一つは、終わった恋を思い出すことが、今の恋を引き立てるという筋道です。過去の関係には、うまくいかなかった部分や、別れに至った理由がついてきます。それを思い出すことで、今の関係のほうが相対的に良く見えるというものです。ただ今回の研究は思い出の比較は行っていないため、予測に留まります。
人間は感情だけでなく、記憶も連想も節操がない、かなりガバガバな生き物なのかもしれません。
次に感情の内訳を見ると、予想とは逆向きのずれが現れました。
今の恋人について書いた人のほうが、元恋人について書いた人よりも、ネガティブな感情を多く報告していたのです。
うれしさと切なさが同時に湧くような入り混じった感情(両価的感情)も多く、逆にポジティブな感情は少なくなっていました。
どちらのグループも、書いていたのは喜びにあふれた思い出だったにもかかわらずです。
そして最も目を引いたのが、「関係を続けていくつもり」のほうの動きでした。
全体で見るかぎり、この気持ちにはグループによる違いが出ていません。
ところが、交際期間の長さを計算に入れて調べ直すと、隠れていた絵が浮かび上がりました。
交際9カ月ほどの、まだ日の浅いカップルでは、今の恋人との思い出を書いた人の「続けていくつもり」が下がっていたのです。
同じく日の浅いカップルでも、元恋人について書いた人にその低下はありませんでした。
3年近く続いているカップルでは、どちらを書いてもこの差は現れません。
日の浅い人たちでは、懐かしい思い出を書いたあとのポジティブな感情も、対照群より低くなっていました。
なお、男性のほうが過去の恋を好意的に振り返ることが知られていますが、今回の実験で男女の差は出ませんでした。
「満足感」と「恋を続ける気持ち」は別に動いていた
なぜ交際の浅い段階で今の恋人を思い描くと、満足度が上がるのに、続ける気持ちは下がるのでしょうか?
満足度が上がるなら、続けていく気持ちも同時に上がりそうなものです。
ですが研究者たちは、満足と続ける気持ちは似ているようで測っているものが違うと考えています。
満足度が見ているのは、今この瞬間、この人といてどれだけ満たされているかです。
続けようという気持ちのほうは、これから先も時間や労力を注いでいくという、未来に向けた構えです。
この二つはよく連動しますが、別々に動くこともあります。
特に付き合って間もないころは、楽しさは十分でも、未来への決意はまだ固まりきっていません。
研究チームは、その決意を揺さぶったのが、ほかならぬ今の恋人との幸せな思い出だったのではないかと考えています。
思い出の中の場面は、楽しいまま幕を閉じた、いわば「うまく完結した過去」です。
その場面を鮮やかに思い浮かべると、まだ何ひとつ決まっていない「この先」との差がくっきりと浮かび上がります。
あのときは本当に楽しかったが、この先もずっとこうだろうか?
関係への満足度は上がっているのに、未来に向けた決意だけがぐらつく状態です。
放送中の連続ドラマで神回を見返したあと、「この先、これを超える回は来るのだろうか」とそわそわしてしまう感覚に近いかもしれません。
一方で付き合いが3年近くになれば、決意の土台はすでに固まっていて、ひとつの思い出にここまで揺さぶられることはないのかもしれません。
今の恋人の思い出で複雑な気持ちが多かったことについても、研究チームは説明の手がかりを示しています。
同じ出来事でも、それをどう受け止めるかで気持ちは変わるという考え方(感情の評価理論)です。
今の恋人との幸せな記憶は、思い出すたびに二つの顔を見せます。
「こんなに楽しい時間があった」という顔と、「あの日はもう戻ってこない」という顔です。
前者として受け止めればうれしさが残りますが、後者として受け止めれば、楽しい記憶のあとから切なさが追いかけてきます。
そして、付き合いが浅くこの先にどれだけ楽しい日が待っているかがまだ見えないうちは、後者の顔のほうが目につきやすいのかもしれません。
もっとも、今回の研究が捉えたのは指示を受けて思い出した懐かしさであり、日常の中でふと湧いてくる懐かしさも同じように働くかどうかは不明です。
また調査の母数についても最終的な結論を出すには、今後増していく必要もあります。
それでも、元恋人との良い思い出を振り返ることは必ずしも今の恋を冷まさないことを、研究者たち自身の予想を覆す形で示した意味は小さくありません。
この知見は、恋人どうしが思い出とどう付き合っていくかを考えるヒントにもなりそうです。
過去の恋を消し去ることだけが、今の恋を大切にする方法ではないのかもしれません。
元論文
Revisiting nostalgia for current and ex-romantic partners: Affective profiles and the moderating effect of relationship duration.
https://psycnet.apa.org/doi/10.1037/emo0001676
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部