おへその匂いに、パーキンソン病や認知機能低下のサインが残っていた
ドイツのフラウンホーファー集積回路研究所(IIS)などで行われた研究によって、おへその匂いから、健康な人のグループと、パーキンソン病・軽度認知障害・新型コロナの患者のグループを分けられることが明らかになりました。
病気を見つける手がかりといえば血液や画像ですが、体はそれとは別に、自分の状態を匂いの分子にして絶えず空気中へ流しています。
しかもその信号がはっきり残っていたのは、石けんや香水の手が届きにくい、鼻の入り口とおへそでした。
論文では、体は皮脂や汗から特定の匂いを発しており、それが早期診断の警告サインとして働くと記述されています。
なぜ、よりによっておへそだったのでしょうか。
研究内容の詳細は2026年9月21日に『Scientific Reports』にて発表されました。
目次
- 病気と匂いには関連がある
- おへその匂いで健康な人と患者が分かれた
- 目印の物質を1つも特定しないまま、違いは読み取れる
病気と匂いには関連がある
にんにくを食べた翌日、息だけでなく汗まで匂う。
お酒を飲んだ翌朝、体じゅうが酒くさい。
体の中で起きたことが匂いになって外へ出てくるのは、誰もが知っていることです。
人間の体は、きちんと密閉された容器ではありません。
私たちは揮発性有機化合物(VOC)と呼ばれる、常温でも蒸発しやすい小さな分子を、絶えず放出しています。
これらは代謝の副産物で、汗、呼気、尿、唾液、皮脂など、さまざまな経路をたどって体の外へ出てきます。
食べたものや飲んだ薬でその組み合わせが変わるから、匂いも変わるのです。
だとすれば、代謝そのものを変えてしまう病気も、匂いに痕跡を残すはずです。
パーキンソン病には、よく知られた逸話があります。
ジョイ・ミルンという女性は、夫が診断を受ける何年も前から、夫の体からジャコウ(麝香)のような匂いがすることに気づいていました。
のちに彼女がこの病気の匂いを嗅ぎ分けられることが分かり、いまではパーキンソン病に特有の匂いのもとが、皮脂から探されています。
問題は、その匂いをどうやって機械で測るかです。
この分野の定番は、息でした。
呼気に含まれる匂いの分子を調べる研究は数多く、装置も整っています。
しかし呼気は、扱いが厄介でもあります。
運動、食事、服用している薬で中身が大きく揺れ、病気による違いがその揺れに埋もれてしまうからです。
かといって、皮膚をぬぐえばよいわけでもありません。
腕や首の皮膚は毎日石けんで洗われ、クリームや香水を塗られています。
そこで採れるのは、体の匂いと日用品の匂いが混ざったものです。
ここで浮かび上がるのが、外からの匂いが混ざりにくい場所です。
鼻の穴の入り口、耳の外側のくぼみ、そしておへそ。
この3か所は、腕や首にくらべれば、石けんや香水にさらされる機会がずっと少ないのです。
なかでもおへそは、体の匂いがたまる特別なくぼみです。
はがれ落ちた皮膚の細胞、皮脂、汗が少しずつ沈み、それを餌にする細菌が住みつきます。
毎日こすられる腕の皮膚が、しょっちゅう拭かれるテーブルだとすれば、おへそは動かさない家具の裏側です。
おへその匂いで健康な人と患者が分かれた
おへその匂いで病気がわかるのか?
答えを得るため研究者たちはパーキンソン病の患者6人、認知症に進むことのある軽度認知障害の患者6人、新型コロナの患者6人、そして健康な人6人を集めました。
そして鼻の穴の入り口、耳のくぼみ、おへその3か所を、滅菌した綿棒でおよそ10秒ずつぬぐいました。
におい成分の分析にあたってはレーザー光音響分光法(LPAS)という技術が使われました。
レーザー光音響分光法(LPAS)とは?
日なたに置いた黒いTシャツはすぐ熱くなりますが、白いTシャツはそれほど熱くなりません。色によって、光をどれだけ吸い込んで熱に変えるかが違うからです。匂いの分子にも、これとよく似た性質があります。
目に見えない赤外線にも波長の違いという”色”の違いがあり、分子は種類ごとに、よく吸い込む色とほとんど吸い込まない色が決まっているのです。そして吸い込まれた光のエネルギーは熱に変わり、まわりの空気をわずかに膨らませます。研究者たちは綿棒を気密のホルダーに差し込み、乾いた空気で匂いの分子を小さな測定容器へ送り込むと、そこへ光を一定のリズム(1秒間に30回)で当てました。光が当たるたびに空気は膨らみ、光が途切れるたびに縮みます。
この膨らんでは縮むの繰り返しは、空気の振動、つまり音そのものです。容器の中に据えられた超高感度のマイクが、この小さな音を拾いました。あとはレーザーの波長を少しずつずらしながら音の大きさを記録していけば、「どの色の光で、どれだけ大きな音が鳴ったか」を並べたグラフができあがります。
これが、その綿棒の匂いの「指紋」です。
研究チームは、こうして得た指紋を、似た模様どうしは近くに、違う模様どうしは遠くに並ぶ1枚の地図に置く統計の手法(主成分分析)で、鼻、おへそ、耳の3カ所それぞれについて地図を作りました。
すると、どの場所でもグループごとのまとまりが現れました。
なかでもくっきり分かれたのが、鼻とおへそです。
おへその地図では、健康な人の匂いが一方の端に、軽度認知障害の人の匂いが反対側の端に集まりました。
パーキンソン病と新型コロナの人の匂いは、その間にはさまるように並び、この2つは一部で重なっていました。
鼻の地図でも4つのグループはそれぞれ別の場所に集まり、なかでもパーキンソン病の人の匂いは、ほかのグループとはっきり違う位置を占めました。
とはいえ、たまたまその日の部屋の湿度や測定の具合が似ていただけの可能性もあります。
そこで研究チームは、最初の測定から2週間の間を空けて、最初の24人とは別のパーキンソン病の患者3人から鼻の綿棒を集め、同じ手順で測りました。
すると3人の指紋は、最初のパーキンソン病のグループのすぐそばに並んだのです。
測った日が違っても同じ場所に落ち着いたことは、指紋を形作っているのが周りの湿気や実験室の匂いではなく、病気に関わる匂いの成分であることを裏づける、と研究チームは述べています。
目印の物質を1つも特定しないまま、違いは読み取れる
では、その模様を作っているのは、どの分子なのか。
まず思い浮かぶのは、病気の目印になる物質(バイオマーカー)を見つけ出し、それを狙い撃ちで測る、という方法です。
ところが研究チームが過去の研究を洗い直すと、パーキンソン病や軽度認知障害、新型コロナの目印とされる物質は研究ごとにばらばらで、意見が一致していませんでした。
マニキュアの除光液でおなじみのアセトンのように、いくつもの別の病気で目印として名前が挙がる物質もあります。
1つの分子だけで病気を言い当てるのは、思いのほか難しいのです。
実際今回の測定でも、鼻の匂いの模様を4つのグループごとに平均して重ねてみると、模様はほとんど重なり合い、1つの目立つ山だけでグループを分けられる場所は見当たりませんでした。
一方、測った730の波長を1つずつ比べると、約3分の1でグループ間に差があり、その場所は特定の範囲に固まらず全体に散らばっていました。
病気の違いは1本の目立つ山ではなく、たくさんの小さな違いの組み合わせとして匂いの模様に刻まれていたのです。
光音響の指紋は、物質の名前を1つも特定しないまま、この組み合わせを丸ごと写し取れます。
しかも、その組み合わせを読み取るのに、すべての色は必要ありませんでした。
研究チームは、指紋の違いがよく表れる範囲から候補の色を20あまりに絞り、その中から5つを選ぶ組み合わせを片っ端から試しました。
すると最もよい5色の組み合わせは、色をずらりと連ねて使った場合とほとんど変わらないほど、グループをくっきり分けたのです。
4色に減らすと、十分には分けられませんでした。
鍵を握る5つの色の音さえ聞ければ、グループの違いは読み取れるということです。
今回の装置は、3つのレーザーを束ねて赤外線の色を幅広くなぞる大がかりなものでした。
5つの色だけを出せばよいのなら、ずっと小さく安い装置で同じ仕事ができる可能性があります。
研究チームは、成分を一つずつ分ける大型の分析装置に対する、この方法ならではの強みだとしています。
もっとも、最初に比べたのは24人です。
しかもパーキンソン病も軽度認知障害も高齢者に多い病気なので、匂いの違いのどこまでが病気によるもので、どこからが年齢によるものかは、この人数では切り分けられません。
それでも、体のいちばん見過ごされてきたくぼみに、本人も気づかない体の状態が日々書き込まれ続けており、簡単なテストでそれを見分けられる可能性が出てきたのは確かでしょう。
将来は、綿棒でおへそや鼻をひと拭きするだけの、痛みのないふるい分け検査(スクリーニング)につながるかもしれません。
元論文
Detection of disease-associated VOC signatures with laser-based photoacoustic spectroscopy (LPAS)
https://doi.org/10.1038/s41598-026-68298-9
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部