宇宙帰りのマウスから生まれた娘は、産む子の数が少なかった
宇宙で42日間暮らしたメスのマウスから生まれた子や孫で、子を産む力に関わる変化が見つかりました。
NASAの宇宙実験に参加したマウスを、カンザス大学医療センターなどの研究チームが調べた結果です。
宇宙に行ったのは母親のマウスで、子は母親が地球に戻ってから交配して生まれています。
それなのに、子の代のメスでは産む回数と生まれる子の数が減り、孫の代でも卵の蓄えの目安となるホルモンが少ないままでした。
人が月や火星を目指すいま、気になる結果です。
ただしこれはマウスでの研究で、人に同じことが起きるかはまだ分かっていません。
研究内容の詳細は2026年6月30日に『Proceedings of the National Academy of Sciences』にて発表されました。
目次
- 宇宙に行ったのは母親、変化が出たのは子と孫
- 幼いうちから減っていた「卵の蓄え」
- なぜ孫にまで? 人の宇宙の旅にとっての意味
宇宙に行ったのは母親、変化が出たのは子と孫
実験の舞台は、NASAがマウスを使って行った宇宙実験「ロデント・リサーチ20」です。
20匹のメスのマウスが、国際宇宙ステーションで42日間暮らしました。
地球に戻って5日後、母親のマウスたちは交配し、ちゃんと妊娠しました。
一度に生まれた子の数は、宇宙に行かなかった地上のマウスより少しだけ少なめでした。
ただ、その差は偶然でも起こりうる程度で、はっきり差があるとは言えないものでした。
母親そのものの子を産む力は、大きくは落ちていなかったのです。
はっきりした違いが出たのは、次の世代でした。
宇宙帰りの母から生まれたメスの子は、9か月のあいだに産んだ回数も、生まれた子の総数も、地上の母から生まれたメスより少なかったのです。
研究チームはこれを、子を産む力が早い時期に失われたしるしだと見ています。
さらに孫の代でも、卵の蓄えが減った状態が続いていました。
研究チームは、母親が宇宙に行ったことで、子を産む力の弱さが次の世代へ伝わったことを示す結果だとしています。
月や火星、さらにその先を目指す人にとって、宇宙には重力や放射線、外の世界から切り離された暮らしといった、宇宙飛行ならではの危険があります。
それなのに、宇宙が女性の生殖の仕組みや、その先の世代にどう響くのかは、これまでほとんど調べられてきませんでした。
2019年には、宇宙に行ったオスのマウスが健康な子をもうけられたという研究がありました。
今回の研究は、調べられることが少なかったメスの側の空白を埋めるために行われたものです。
ただし、これはあくまでマウスでの結果です。
人の宇宙飛行士やその家族に同じことが起きるのかは、まだはっきりしません。
それにしても、宇宙に行った母親から生まれた子や孫の体で、いったい何が起きていたのでしょうか?
幼いうちから減っていた「卵の蓄え」
研究チームは、宇宙帰りの母から生まれた子と、地上の母から生まれた子を比べました。
調べたのは、子を産む力だけではありません。
成長のぐあいや筋肉の力、行動、代謝まで、幅広く見ています。
すると宇宙帰りの母の子は、成長や体の働き、行動の面で、地上の母の子とはっきり違っていました。
たとえば筋肉の力は、地上の母の子より15%ほど弱かったのです。
メスの子は、行動を調べる実験で、ストレスに弱い様子も見せました。
研究に加わったカンザス大学医療センターのレーン・クリステンソン教授は、「調べた目印のほとんどすべてに、何らかの違いがあった」と話しています。
なかでも目立ったのが、卵の蓄えです。
ここで手がかりになったのが、抗ミュラー管ホルモン(AMH)というホルモンです。
AMHの量は卵巣にある卵の数と連動していて、多ければ卵の蓄えが多く、少なければ蓄えが少ないことを表します。
いわば、卵の残りぐあいを映す目盛りのようなものです。
宇宙帰りの母から生まれたメスの子は、生後21日というまだ幼いうちから、このAMHが少なくなっていました。
孫の代でも、AMHは地上のマウスの孫より少ないままでした。
孫には、代謝や生殖の面での乱れも見られています。
クリステンソン教授は「42日という比較的短い期間で、これほどはっきりした変化が起きたことにかなり驚いた」と語っています。
なぜ孫にまで? 人の宇宙の旅にとっての意味
母親が宇宙に行ったことが、なぜ孫の代にまで響いたのでしょうか。
研究チームは、孫の代まで卵の蓄えの減少が続いたことから、影響が世代を超えて受け継がれている可能性があるとしています。
では、何がそうさせたのでしょうか。
クリステンソン教授が考えているのは、重力がほとんどかからない状態に母親がさらされたことで、「老化が早まった」のではないか、という筋書きです。
これまでのマウスや人の組織を使った研究では、重力がないと細胞がストレスに弱くなるかもしれないことが示されてきました。
そしてそれは、ミトコンドリアの不調と結びつけられています。
ミトコンドリアは細胞の中の発電所のような存在で、特別なDNAを持っています。
しかもこのDNAは、母親から子へだけ受け継がれます。
ただし、これはまだ仮説の段階です。
この仕組みが本当に働いているのか、そしてマウスの子を産む力とどうつながるのかは、これから確かめる必要があります。
では、人の宇宙飛行士にとってはどうなのでしょうか?
専門家によると、マウスは人と同じほ乳類で、生殖の仕組みも似ているため、宇宙が体に与える影響を知るのに向いた動物です。
メスのマウスが子を産む準備をくり返す周期は4〜5日ほどで、人の月経周期の平均28日よりずっと短いものの、周期ごとにホルモンが変わる仕組みはよく似ているそうです。
しかもこれは、子どもを産むかどうかだけの話ではありません。
クリステンソン教授によれば、エストロゲン(女性ホルモンの一種)のようなホルモンは女性の体のほとんどすべての器官にかかわり、骨を保つ働きも支えているからです。
カリフォルニア大学アーバイン校のウルリケ・ルーデラー博士は、もっと遠い宇宙のことも気にかけています。
国際宇宙ステーションで浴びる宇宙からの放射線は、それより遠い宇宙に比べると少なめです。
そのため、火星へ向かうような旅では、影響がさらに大きくなるかもしれないと博士は指摘します。
博士自身も今年、火星への旅で宇宙飛行士が浴びるくらいの放射線をマウスに当てると、卵巣の中の卵などの数が大幅に減ったと報告しています。
研究チームは、長い宇宙の旅が生殖の仕組みに与える影響を、さらに調べる必要があると訴えています。
ルーデラー博士も、人が長いあいだ宇宙で暮らしたり、ほかの星に住んだりするなら、こうした研究はますます大事になると話しています。
参考文献
Spaceflight may harm the reproductive system of astronauts' kids and grandkids, early mouse study suggests (Live Science)
https://www.livescience.com/health/reproductive-health/spaceflight-may-harm-the-reproductive-system-of-astronauts-kids-and-grandkids-early-mouse-study-suggests
元論文
Female reproductive dysfunction and transgenerational consequences following prolonged spaceflight exposure
https://doi.org/10.1073/pnas.2606092123
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部