逆効果の「無理な笑い」、うつ病がつらい時期には強い不安も
落ちこんでいる友だちに、とっておきのお笑い動画を送って「これ見て元気出して」と打つ。
笑いは心にいい、というのは多くの人が信じている考えでしょう。
ところが、うつ病の人には、笑いが助けになる時期と、逆に苦しさを増やしてしまうおそれのある時期があるようです。
ワルシャワのSWPS大学のアンナ・ブラニエツカ博士は、うつ病と笑いについてのこれまでの研究を集めて読み解き、その良い面と危ない面を1本の論文にまとめました。
博士によると、症状が軽い時期や落ち着いた時期には笑いが心の支えになりうる一方で、いちばんつらい時期には効果がなく、かえって逆効果になることもあるといいます。
研究内容の詳細は2026年6月28日に『Clinical Psychology Review』にて発表されました。
目次
- 笑いが力になるかどうかは、うつ病の「時期」しだいだった
- つらい時期は、笑い声がどう聞こえているのか?
- 力になるのは「気をそらす笑い」、自虐ネタには注意
笑いが力になるかどうかは、うつ病の「時期」しだいだった
うつ病は、世界で2億8,000万人を超える人がかかっている心の病気です。
強い落ちこみが続き、ふだんの生活もままならなくなります。
薬やカウンセリングの治療は進んできましたが、長い目で見て回復しきる人の割合はまだ限られています。
そこで一部の専門家が目を向けてきたのが「笑い」です。
同じ悩みをぐるぐる考え続けてしまうことや、楽しい気持ちがわきにくくなることに、笑いで立ち向かえないかと考えたのです。
喜劇俳優のロビン・ウィリアムズも「落ちこむたびに、コメディがそこから引っぱり出してくれる」と語っていました。
では、笑いは本当にうつ病の助けになるのでしょうか?
ブラニエツカ博士が行ったのは、新しい実験ではありません。
医学や心理学の論文データベースで「笑いの使い方」と「うつ病」を含む論文を探し、大人を対象にした英語の研究を、2026年5月までの分から集めて読み解いたのです。
博士の分析から見えてきたのは、笑いが役に立つかどうかは、何よりもうつ病の「時期」しだいだということです。
症状が軽い人や、寛解(症状がおさまって落ち着いた状態)にある人では、笑いが心の立ち直る力を育て、うつ病の再発を防ぐ助けにもなりうるといいます。
一方で、急性期(症状がいちばん重くつらい時期)の人には、笑いを使った支援はうまく働かず、かえって心を苦しめるおそれもあるそうです。
博士は「笑いを使った支援は、病気の急性期には効果がありません」と話しています。
ただし、これは過去の研究をまとめた論文で、博士自身も、今ある研究の多くが症状の軽い人を対象にしている点を弱みとして挙げています。
つまり、重い時期に笑いがどう働くかについての証拠は、まだとても少ないのです。
では、なぜいちばんつらい時期には、笑いが届かないどころか裏目に出ることがあるのでしょうか?
つらい時期は、笑い声がどう聞こえているのか?
論文によると、笑いが心の助けになるには、笑いを受けとめて反応する力が、ある程度保たれている必要があります。
ところが症状が重い時期には、その力そのものが弱ってしまうのです。
ここで大事なのは、「笑いが好き」という気持ちと、笑いを使いこなす力は別もの、という点です。
たとえば、うつ病で入院している人たちを調べた研究では、お笑いの素材を「面白い」と感じる度合いは、うつ病ではない人たちと変わりませんでした。
それでも、笑いでストレスを乗り切ったり、ジョークに心から楽しく反応したりする、一歩進んだ力は弱まっていました。
面白さは分かるのに、気持ちがついてこない、という状態です。
顔の動きをくわしく記録する方法で調べた研究でも、うつ病の人はお笑いを見て浮かんだ笑顔を、そのあとのいやそうな表情で打ち消してしまうことが多いと報告されています。
研究者たちは、ものごとを悪いほうに受けとりやすい強い「考えのかたより」が、明るい気持ちを感じにくくしているためだと説明しています。
論文は、重い時期には、ものの見方をくるりと切りかえるような複雑な心の働きが損なわれやすいとも指摘しています。
さらに、もう1つ見逃せないのが「ゲロトフォビア」です。
これは、人に笑われることへの強い恐れのことです。
うつ病の人は、健康な人や、ほかの多くの心の病気の人よりも、この恐れが強いことが分かっています。
この恐れが強い人は、まわりの笑い声を「敵意」と受けとってしまい、身がまえて笑いから遠ざかることがあります。
解説記事によると、深い落ちこみの中にいる人は、何気ない笑い声や善意のジョークさえ、からかいや拒絶のサインとして受けとってしまうことがよくあります。
だから、家族や友だちが「無理にでも元気づけよう」とすると、かえって強い不安や孤立した気持ちを招くことがあるのです。
これは専門家でも同じです。
カウンセラーがタイミングの悪い冗談を言うと、相手は「自分の苦しみを軽く見られた」「気持ちを分かってもらえていない」と受けとるおそれがあります。
別の研究は、特に治療のはじめの時期にカウンセラーが笑いを多く使うと、相手がおびやかされたように感じて不安になったり、カウンセラーの本気さを疑ったりしかねないと指摘しています。
うつ病の人は、冗談まじりの言葉より、まじめな言葉のほうに良い反応を示したという研究もあります。
実際、うつ病の人を含む心の病気の患者に、お笑いの舞台の練習や、コメディ動画についての話し合いをしてもらった研究では、どちらの取り組みでも症状や気分は良くなりませんでした。
笑いで困難を乗り切る考え方をありがたく感じた人もいましたが、急性期の症状がある人には、それも見られなかったといいます。
いちばんつらい時期の笑いは、まだ受けとる準備のできていない贈り物のようなものなのかもしれません。
力になるのは「気をそらす笑い」、自虐ネタには注意
では、笑いはどんな時に、どんな形なら力になるのでしょうか?
手がかりになるのは、症状が軽い人を対象にした研究です。
ある研究では、診断がつくほどではない軽い落ちこみのある若者に、コメディ動画を週6日、4週間見てもらいました。
比べるために、別のグループには勉強用の動画を見てもらっています。
落ちこみの症状はどちらのグループでも減りましたが、気分や人とのかかわりが良くなったのは、コメディを見たグループだけでした。
また、「その日にあった面白いこと3つ」を毎晩7日間書き出し、なぜ面白かったのか、どんな気持ちになったのかも書きそえる練習もあります。
患者として集めたのではない一般の大勢の人がこれを行ったところ、落ちこみの症状が減って心の元気さが増し、その効果は最大で3か月続きました。
ただし、この練習をほかの笑いの取り組みと組みあわせた別の研究では、うつ病の人での効果は短い間しか続きませんでした。
笑いの「種類」も大事です。
博士の分析では、いちばん安全で心に良いのは、つらいことから一時的に気をそらしてくれる笑いです。
気楽な笑い話や、誰かをネタにしないお笑いがそれにあたります。
反対に、今まさに苦しんでいる自分の状況をネタにして笑おうとすると、頭にかなりの負担がかかり、裏目に出ることがよくあります。
自分を責める考えがふくらみ、気分がさらに沈んでしまうのです。
分析は、ブラックジョークや、ネットに出回る自虐的なネタ(ミーム)にも注意をうながしています。
うつ病の人は「分かる、これ自分だ」と感じられるので、こうしたネタにひかれやすく、その場では気持ちを認めてもらえたように感じることもあります。
しかし、絶望や「どうせ自分はダメだ」といった中身の笑いをずっと見たり共有したりしていると、心の奥の悲観的な思いこみがかえって固まってしまうおそれがあると、博士は指摘しています。
そもそも、笑いは治療の万能薬にはなりません。
幅広い人を対象にした研究をまとめた別の分析では、うつや不安に対する笑いの取り組みの効果は、笑い以外の方法のおよそ半分ほどでした。
博士も「笑いはうつ病の万能薬ではなく、しっかりした治療の代わりにもなりませんが、その一部にはなれます」と話しています。
そして「役に立つためには、治療の段階と、その人の今の心と頭の状態に合わせる必要があります」と続けます。
この注意は、スマホのアプリやチャットボット、生成AIを使った心のケアが広がる今、ますます大切になります。
人の専門家が見守らないまま機械が冗談を届けると、相手のつらさを読みちがえて、症状を悪くしてしまうおそれがあるからです。
博士は、笑いを扱う専門家のための特別な教育が必要だとも訴えています。
笑いは心を立て直す力を持っていますが、それを受けとれる時期と形を見きわめることが大切なのです。
お笑いでいちばん大切なのは「間」だと言いますが、心の支えとしての笑いにも、差し出すタイミングという「間」が欠かせないようです。
参考文献
Can Humor Treat Depression? (Neuroscience News)
https://neurosciencenews.com/can-humor-treat-depression/
元論文
The use of humor in depression: An integration of benefits and risks
https://doi.org/10.1016/j.cpr.2026.102781
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部