落ち込みや絶望より強かった、心の危機を知らせる言葉
友だちへのメッセージを何度も打っては消し、結局「大丈夫」とだけ送ってスマホを伏せた夜。
苦しい気持ちを打ち明ける文章には、その人の危うさを知らせる手がかりが含まれています。
アメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)などの研究チームは、AIを使って、自殺の危険につながる49の要因を文章から拾い上げる「言葉の辞書」を作りました。
この辞書を使うと、危機相談でのメッセージのやり取りから、相談員(カウンセラー)が判定した自殺のリスクを予測できました。
自殺の企図(命を絶とうとすること)は予測がとても難しく、訓練を受けた臨床医でさえ、誰が実行に移すかを見分けるのに苦労します。
相談の最中に、どんな言葉が切迫した危険のサインなのかが分かれば、相談員が急いで向き合うべき人を見極める助けになるかもしれません。
ただし、この辞書が予測したのは相談員が判定したリスクであって、実際の自殺未遂や死亡ではありません。
つらい気持ちを抱えている方は、一人で悩まずに相談してください。電話の「#いのちSOS」(0120-061-338、毎日24時間・無料)のほか、厚生労働省の「まもろうよ こころ」で電話やSNSの相談窓口を探せます。
研究内容の詳細は2026年9月24日に『Journal of Psychopathology and Clinical Science』にて発表されました。
目次
- 自殺の危険には数十の要因がからみ合う
- AIに下書きさせ、人が磨いた辞書はどこまで当たった?
- 切迫した危険を示していたのはどんな言葉?
自殺の危険には数十の要因がからみ合う
自殺の考えや行動につながる要因は、数十も知られています。
うつ病や境界性パーソナリティ障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)といった心の病気もあれば、貧困や差別、孤独といった暮らしや人間関係の重荷もあります。
研究を率いたダニエル・ロウ氏は、これらの要因が、まだよく分かっていない形で互いに影響し合っていると話しています。
そこで研究チームは、心の危機のまっただ中で、相談員が特に気をつけるべき要因はどれなのかを調べることにしました。
協力したのは、アメリカの非営利団体「クライシス・テキスト・ライン」です。
ここでは訓練を受けたボランティアの相談員が、苦しんでいる人をメッセージのやり取りで、無料で24時間、秘密を守って支えています。
研究チームは、個人が特定できないように加工した会話を、団体の判定にもとづいて3つのグループに分けました。
自殺を考えていない人、自殺を考えているが切迫はしていない人、そして切迫した危険がある人です。
この研究で切迫した危険のグループに入れたのは、計画した自殺を48時間以内に実行するおそれがあるとされた会話、切迫した危険があると判定された会話、または緊急サービスが介入した会話です。
これまでの研究の多くは、危機が過ぎた後に症状を思い出してもらう調査でした。
今回は、危機が起きているその場の言葉を分析できる点が違います。
では、研究チームはAIを使って、どうやってその言葉の辞書を作ったのでしょうか?
そして、その辞書はどこまで当たったのでしょうか?
AIに下書きさせ、人が磨いた辞書はどこまで当たった?
文章から心の状態を測りたい時、いちばん精度が高いのは、大規模言語モデル(大量の文章を学んだAI)にそのまま判定させる方法です。
ただ、このやり方には、専門の知識や費用、個人情報の扱い、計算機の性能といった壁があり、使えない研究者もいます。
しかもAIは、なぜその判定をしたのか中が見えない「ブラックボックス」です。
そのため、自殺の危険の判定のように間違いが許されない場面では、中身の分かる単純な方法を選びたいという研究者もいます。
そこで出番になるのが「辞書(レキシコン)」です。
これは測りたいものに関係する言葉やフレーズを集めた一覧で、文章の中にそれが出てくるかを探します。
仕組みが単純なので、どの言葉が判定に効いたのかを後から確かめられます。
問題は、新しい辞書を一から作るのに手間がかかることでした。
研究チームはまず、GPT-4 Turbo というAIに、既に知られている自殺の危険要因ごとに、関係する言葉やフレーズを書き出させました。
次に、その一覧を人の手で見直し、言葉を削ったり、別の資料から言葉を足したりしました。
さらに臨床医が、1つ1つの言葉について、その要因をよく表す典型的な表現かどうかを評価しました。
臨床医どうしの評価のそろい具合は、よく使われる基準で「まずまず」とされる水準でした。
こうしてできた辞書は、49の要因それぞれにおよそ60の言葉やフレーズを持ち、「自殺リスク辞書」として公開されました。
研究チームは、この辞書の成績を、検証用の5,353件の会話で確かめました。
物差しにしたのは、予測と相談員の判定がどれだけそろうかを表す数字で、大きいほど成績が良いことを意味します。
広く使われてきた既存の辞書「LIWC」(言葉の使い方から心理状態を分析する定番の辞書)は0.53でした。
LIWCは自殺の危険を見分けるための言葉を十分に備えておらず、その分類の多くは、心の病気に絞って測るには範囲が広すぎたり、ばらばらだったりします。
GPT-4 Turbo が作っただけで人の手を入れていない辞書も、同じ0.53でした。
人の手直しと臨床医の評価を経た自殺リスク辞書は、0.57まで上がりました。
典型的でない言葉を取り除き、測りたいものをより正しく拾えるようになったためだろうと、研究チームはみています。
LIWCとの差は統計的に意味のあるものでしたが、その幅は小さなものでした。
一方、追加の訓練をした深層学習(人間の脳の仕組みをまねた方法でデータから学ぶ技術)のAIモデル2つは、0.59と0.66で辞書を上回りました。
ところが、訓練に使う会話をわずか150件に絞ると、自殺リスク辞書を使ったモデルが最も良い成績でした。
臨床の研究では、使えるデータが少ないことはよくあります。
研究チームも、使える環境なら大規模言語モデルで文章を分類することを勧めたうえで、それが難しい研究者にとっての道を示したとしています。
切迫した危険を示していたのはどんな言葉?
辞書のもう1つの強みは、予測にどの要因が効いたのかが見えることです。
調べてみると、切迫した危険の予測に特に効いていたのは、自殺の手段についての言及、能動的な希死念慮(自分の命を絶つことについての考えや計画)、そして直接的な自傷についての言葉などでした。
これらはどれも、受動的な希死念慮(死を願うが、自ら命を絶つ考えまではない状態)や、気分の落ち込み、絶望感よりも強いサインでした。
境界性パーソナリティ障害やトラウマ・PTSDに関わる言葉も、気分の落ち込みや絶望感より予測に効いていました。
つまり危機のさなかの相談では、落ち込んだ気分よりも、自分を傷つける行動や、命を絶つことへのはっきりした考えのほうが、切迫した危険をよく表していたのです。
研究チームは、これは症状を振り返ってもらう評価の研究で分かっていたことを、部分的に裏付ける結果だとしています。
一方で、予想と違う結果もありました。
入院や、攻撃性・いらだちについての言葉は、気分の落ち込みよりも予測への効き目が小さく、衝動性は予測に効いていませんでした。
ただし、この順位は、相談中に相談員が下した判断を予測した時のものです。
実際の自殺未遂などの行動を前もって予測しようとすると、要因の順位は変わるかもしれないと、研究チームは注意しています。
研究チームは、ほかの分野でも同じように辞書を作れるよう、いろいろな大規模言語モデルで使えるプログラム「construct-tracker」も公開しました。
まだ分からないことも残っています。
利用後のアンケートに答えた人は利用者の約22%で、その中では25歳未満が76%、女性が79%を占めていました。
ほかの言語や文化、電子カルテや心理療法の記録で同じように使えるかは、まだ分かっていません。
自殺の危険をふるい分ける道具として使えるかどうかも、これからの評価しだいです。
何気なく打った一言にも、読み取る側がしっかり耳を澄ませれば、届くものがあるのかもしれません。
つらい気持ちを抱えている方は、一人で悩まずに相談してください。電話の「#いのちSOS」(0120-061-338、毎日24時間・無料)のほか、厚生労働省の「まもろうよ こころ」で電話やSNSの相談窓口を探せます。
参考文献
Estimating suicide risk from text (MIT News)
https://news.mit.edu/2026/estimating-suicide-risk-from-text-0924
元論文
Using large language models to create lexicons for interpretable text models with high content validity: The suicide risk lexicon.
https://doi.org/10.1037/abn0001152
ライター
天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。
編集者
ナゾロジー 編集部