「マジックマッシュルーム」の成分で自閉症マウスが社交的に
マジックマッシュルーム(幻覚キノコ)の成分「サイロシビン」は、麻酔で眠っているマウスにも効き目を表しました。
シンガポールの南洋理工大学と香港浸会大学の研究者が率いたチームは、自閉スペクトラム症と関係する遺伝子を持たないマウスに、この成分を1回だけ与えました。
すると、ほかのマウスへの関心が長く高まり、薬が強く効いている間に麻酔で眠らせておいても、その効果は見られたのです。
この成分は治療への期待がある一方で、起きたまま味わう強烈な体験が心配されてきました。
その体験がなくても効き目は出るのか、という問いに、マウスの実験から手がかりが出てきた形です。
研究内容の詳細は2026年8月27日に『Nature Communications』にて発表されました。
目次
- 眠っていても効いた幻覚キノコの成分
- マウスの「仲間への関心」はどう測った?
- ふつうのマウスでも社会性は上がった?
眠っていても効いた幻覚キノコの成分
サイロシビンは、ある種の幻覚キノコに含まれる、心の働きに強く作用する成分です。
体に入ると、見え方や気持ちが大きく変わる強烈な体験を引き起こすことがあり、これは「トリップ」とも呼ばれます。
その一方で、うつ病では治療に役立つことが確かめられてきており、ほかの心の病気への効き目については意見が分かれています。
人と関わろうとする気持ちや力(社会性)を高められるのでは、と考える専門家もいます。
ただ、困った点もあります。
トリップ中の感覚や感情の大きな変化は、治療の場では扱いにくく、ときに心へ悪い反応を起こすのです。
では、長く続く効き目を得るのに、このトリップを起きたまま味わうことは本当に必要なのでしょうか。
これは、ずっと分からないままでした。
そこで研究チームが調べたのが、Cntnap2という遺伝子を持たないように育てられたマウスです。
人では、この遺伝子の違いが自閉スペクトラム症(ASD)と関係しています。
自閉スペクトラム症では、人と関わろうとする気持ちが弱く見えることが、目立つ特徴の1つです。
このマウスも、仲間と関わる行動が少なく、よく動き回り、同じ行動をくり返すという特徴を持っています。
チームは大人のこのマウスに、サイロシビンを1回だけ注射しました。
すると、ただの食塩水を注射したマウスに比べて、見知らぬマウスのそばを好むようになったのです。
この変化は注射の1日後から見られ、少なくとも2週間続きました。
さらに、薬が強く効いている時間にマウスを麻酔で眠らせておいても、社会的な行動を増やす効果は現れました。
つまり、この効果が出るのに、薬が強く効いている間にマウスが起きている必要はなかったのです。
研究者たちは、効き目は残したまま、心を大きく揺さぶる副作用は避ける治療を作れるかもしれない、と見ています。
ただし、これはあくまでマウスでの結果です。
またチームは、自閉スペクトラム症の治療法を探すことが目的ではなく、自閉スペクトラム症そのものを治すべきだと言っているわけでもない、とはっきり述べています。
彼らが知りたかったのは、脳の状態の変わりやすさ(柔軟さ)の方でした。
それにしても、マウスの「仲間への関心」は、いったいどうやって測ったのでしょうか。
マウスの「仲間への関心」はどう測った?
使われたのは「3部屋テスト」と呼ばれる、よく使われる調べ方です。
箱の中に、見知らぬマウスが入ったカップと、何も入っていない空のカップを置きます。
そして、調べるマウスがどちらのカップのそばで長く過ごすかを記録します。
見知らぬマウスのそばを選ぶ時間が長いほど、仲間への関心が強いと見るわけです。
人でいえば、休み時間に友だちの輪へ近づくか、誰もいない席へ向かうかを見るようなものです。
注射をしたのは、合わせて30匹の大人のマウスでした。
ここで気になるのは、薬のせいで単に元気になり、あちこち動き回っただけかもしれない、という点です。
そこでチームは、2つのカップを探っていた時間の合計や、箱の中を動き回った量も比べました。
すると、統計で確かめても、これらには薬を与えたマウスと与えなかったマウスの間ではっきりした差はありませんでした。
このことから、薬が高めたのは、何でも探ろうとする気持ちではなく、仲間に近づきたい気持ちの方だと考えられます。
もう1つの心配は、同じテストをくり返すうちに、マウスがテストに慣れてしまうことです。
そこでチームは別の19匹を用意し、薬を与えて2週間たったところで、初めてテストを受けさせました。
それでも、仲間への関心の高まりは同じように見られました。
2週間後の変化は、テストへの慣れでは説明できないということです。
ちなみに、社会性の低いマウスでサイロシビンが社会性を高めることは、この研究室が最初に見つけたものだと、チェンチェン・ソン氏は話しています。
はじめは、生まれる前にバルプロ酸という薬にさらされたマウスで見つけ、今回は遺伝子の違いで社会性が低くなったマウスでも確かめた形です。
では、もともと仲間とふつうに関われるマウスにも、この薬は同じように効くのでしょうか。
ふつうのマウスでも社会性は上がった?
結果は、同じようには効きませんでした。
チームは、遺伝的に同じ系統で、Cntnap2遺伝子をふつうに持つマウス18匹にも、まったく同じ手順を試しています。
こちらは、仲間ともごくふつうに関わるマウスです。
ところが、このマウスでは、1回のサイロシビンで社会性は高まりませんでした。
それどころか、注射の1日後には、仲間と関わる行動がむしろ減る傾向さえ見られました。
研究者たちは、もともと社会性に問題を抱えていないマウスでは、良い効果が見られなかったと説明しています。
そのため彼らは、行動に偏りがない場合にサイロシビンを使っても、良い効果は限られるだろうと考えています。
どうやらこの成分は、どんなマウスにも効く「仲良くなる薬」ではないようです。
こうした効き方を考えるうえで、ヒントになりそうな考え方が1つあります。
研究をまとめた論文(総説)によると、幻覚をもたらす薬は、脳の働きをかたく決まった「定位置」から押し出し、薬が切れた後も神経の通り道を変わりやすくするといいます。
この見方に立つと、サイロシビンは、偏った行動の状態を、多くの個体に見られるふつうの状態の方へ近づける手助けをするのかもしれません。
ただし、これは今回の論文とは別の総説で示された見方です。
研究チームが「起きている必要があるのか」という問いにこだわったのにも、わけがあります。
悪いトリップは、その後の好ましくない行動の変化と結びついてきたからです。
この点が分かれば、幻覚をもたらす薬を使った治療をどう行うかが、現実に関わってくるかもしれないと彼らは話しています。
薬の効き目は、本人が何を感じたかだけで決まるとは限らないのかもしれません。
眠っている間に友だちづくりの準備が進んでいたなんて、当のマウスたちはきっと知らないままです。
参考文献
Psilocybin restores social drive in an autism mouse model even under anesthesia (PsyPost)
https://www.psypost.org/psilocybin-restores-social-drive-in-an-autism-mouse-model-even-under-anesthesia/
元論文
Psilocybin enhances sociability only in altered behavioural state and does not need an awake experience to be effective
https://doi.org/10.1038/s41467-026-77238-0
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部