飲んだ後は溶けて消える紙の電池を開発、胃の中で機器を動かす
電池を飲み込む、と聞くと、少しぎょっとするかもしれません。
米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームが、飲み込んで使える「紙の電池」を作りました。
お腹の中の医療機器に電気を送り、役目を終えると胃腸の中で少しずつ分解されていく電池です。
ブタを使った実験では、この電池が胃腸の中で医療機器を最長3日動かしました。
動かしたのは、ブタが薬を飲み込んだことを無線で知らせる札(RFIDタグ)と、胃を電気で刺激するカプセルです。
実際のRFIDタグの画像はこちら(画像1)。
飲み込むタイプの医療機器には、出血を見つけるもの、薬を出すもの、臓器を電気で刺激するものなどがあります。
ただ、こうした機器を動かす電源をどうするかは、大きな課題になっています。
今回の電池は、その課題に「最後は分解されてなくなる」という形で答えようとしたものです。
ただし、試されたのはまだブタだけです。
人の体でも安全に、きちんと働くかどうかは、これから確かめる段階にあります。
研究内容の詳細は2026年9月21日に『Nature Chemical Engineering』にて発表されました。
目次
- なぜ「分解されて消える電池」が必要なのか
- 紙の電池はどうやって電気を生み、分解される時期を決めるのか
- ブタのお腹の中で、電池は本当に働いたのか
- 人の体で使うまでに、何が残っているのか
解説動画はこちら
なぜ「分解されて消える電池」が必要なのか
MITのジョバンニ・トラベルソ教授らは、これまでにも体の中で働くカプセルを数多く作ってきました。
体の状態(バイタルサイン)を見守るもの、薬を届けるもの、オピオイドという薬の過剰摂取を見つけるものなどです。
電源が要る機器には、外から無線で電気を送ったり、胃腸の中で電気を取り出したり、小さなボタン電池を積んだりしてきました。
ボタン電池の中には、リチウムや酸化銀などの金属が入っています。
電池を守る膜に、胃腸を通る途中で傷が付けば、内蔵を傷つける危険につながります。
そのためふつうの電池は、中身が周りの組織に漏れ出さないよう、しっかり密封しておく必要があります。
しかも、電池はかさばります。
研究に加わっていないメリーランド大学のレザ・ゴドシ教授は「電池は飲み込む機器の中で、いちばん場所を取る部品だ」と話しています。
機器が要らなくなった後、ふつうの電池を体から取り出すために手術が必要になる場合もあります。
飲み込んだ後に体の中で分解される電池なら、こうした悩みを小さくできる可能性があります。
そこで研究チームは、少量なら人が口にしても比較的安全とされるマグネシウムと三酸化モリブデンに目をつけました。
では、この材料と「紙」から、どうやって電気を生み出し、分解されるタイミングまで決めているのでしょうか?
紙の電池はどうやって電気を生み、分解される時期を決めるのか
電池には、マイナス側の極(負極)とプラス側の極(正極)があります。
今回の電池は、負極にマグネシウムの合金を、正極に三酸化モリブデンと活性炭を使いました。
論文によると、マグネシウムは体積あたりにためられるエネルギーが大きく、値段も比較的安い金属です。
この負極と正極の組み合わせ自体は、分解される電池の試作で以前から使われてきたものです。
2つの極の間には、電池が電流を生むのに欠かせない「電解質」を挟みます。
研究チームは電解質に、塩化コリンと乳酸を溶かし合わせて作った、分解されるゲル状の液体を使いました。
以前の研究には塩水に近い液を電解質にした例もありましたが、ためられる電気が少なく、働きも安定しにくかったといいます。
そして新しいのが「紙」にした点です。
正極の材料を固めるのりには、これまで粒の大きなものが使われていました。
そのせいで電極が分厚くなり、分解にも時間がかかっていました。
そこで研究チームは、のりをセルロースナノファイバー(セルロースでできた、ごく細い繊維)に替えました。
こうしてできたのが、薄くて小さな穴がたくさん開いた、紙のような電池です。
このセルロースも、分解する酵素があれば、体の中に近い条件で糖にまで分解されます。
トラベルソ教授は「紙の構造のおかげで、電気を生み出す力を保ちながら、電池の丈夫さと分解の具合を調節しやすくなる」と説明しています。
もう1つの工夫が、電池を包むロウです。
胃の強い酸ですぐに分解されないよう、研究チームは電池をミツロウで覆いました。
一部の電池には、砂漠に育つ低木からとれるカンデリラワックスも重ね、もっと長く守れるようにしています。
トラベルソ教授は「ロウの膜はただの包装ではない。電池が働く期間を決める大事な部分だ」と話します。
つまりこの電池は、ロウの守り方しだいで「いつまで働き、いつから分解されるか」が変わるのです。
使った材料の量はどれも、1日にとってよいとされる量の範囲に収めてあります。
ただし、論文はひとこと断っています。
ここでいう「体に吸収される」は、体が処理できるものに分解されるという意味です。
食べ物として扱える材料だ、という意味ではありません。
ブタのお腹の中で、電池は本当に働いたのか
研究チームは、大きさの違う2種類の電池を作りました。
小さい方は直径7.5ミリの円盤で、標準的なゼラチンのカプセルにそのまま収まります。
実験室で測った電圧は約1.77ボルトで、飲み込む機器向けに市販されている亜鉛の電池(1.4ボルト)や酸化銀の電池(1.55ボルト)を上回りました。
電池の容量は1平方センチあたり2ミリアンペア時で、電気をあまり使わない回路なら動かせる量です。
大きい方は長さ24ミリの細長い板で、電圧は約1.84ボルト、容量は最大3.5ミリアンペア時でした。
MITの発表によると、胃液に似た強い酸の液に入れた試験では、電池は約3日ふつうに働き、その後ゆっくり力が落ちていきました。
次は、生きたブタの体の中です。
研究チームは電池を3Dプリンターで作ったカプセルに入れ、内視鏡(体の中に入れる細長い管)を使ってブタの口から入れました。
どちらの電池も最長3日働きましたが、分解が進むにつれて電圧も容量も下がっていきました。
大きい電池の電圧は、約1.8ボルトから1日後に1.6ボルト、3日目には約1.45ボルトまで下がっています。
小さい電池は、同じ3日間で1.7ボルトから1.35ボルトまで下がりました。
小さい電池で動かしたのは、RFIDタグです。
研究チームはタグを食道に置き、最大1.5メートル離れた受信機と通信させて、ブタが薬を飲み込んだタイミングを見分けました。
似たRFIDのセンサーは人でも試されたことがありますが、今回使ったものは実験用の品です。
大きい電池で動かしたのは、胃を電気で刺激するカプセルです。
刺激を与えると、空腹を感じさせるホルモン「グレリン」の血液中の量が増えました。刺激した場所に、目に見える傷はありませんでした。
胃の電気刺激は、胃が中身を送り出す速さが落ちる「胃不全麻痺」の人に、すでに使われている治療です。
ただし、電池で動く今回のカプセルはまだ実験段階のものです。
研究に加わっていないノースウェスタン大学のジョン・ロジャーズ氏は「大きな動物の胃腸を機器が通り抜ける間、電池が安定して確実に働いたのは見事だ」と評価しています。
人の体で使うまでに、何が残っているのか
電池と部品は、胃腸の中で分解されました。
けれど胃の刺激に使った回路の基板は分解されず、ブタがそのまま体の外へ出しました。
ロジャーズ氏は「機器のすべての部品を体に吸収される材料にできれば、残った部品が胃腸に引っかかる危険をなくせるかもしれない」と話しています。
電池の容量も、まだ十分とはいえません。
ゴドシ教授は「この技術がさらに有望になるには、容量が一桁大きくなる必要がある」と指摘しています。
電池ごとの性能にも、ばらつきがありました。
研究チームは、層どうしの接し方、電解質の行き渡り方、ロウの厚さの違いなど、作り方に原因があると考えています。
トラベルソ教授が「一番大きな課題」に挙げるのは、電池が働く期間を調節し、分解の進み方を予測しやすくすることです。
チームは今、作り方をそろえ、ロウの膜を調整して、数時間から数日までの決まった期間だけ働く電池を目指しています。
そしてもちろん、人の体で安全に働くかどうかは、まだ確かめられていません。
電池といえば「長持ちするほど良い」ものだと、私たちはつい考えてしまいます。
けれど体の中では、「決めた時間だけ働いて、きちんと消える」ことこそが電池の腕の見せどころになりそうです。
いつか病院で「電池を飲んでおいてくださいね」と言われる日が来ても、どうか噛まずに飲み込んでください。
参考文献
Scientists made a paper battery you can swallow to power internal medical devices (Live Science)
https://www.livescience.com/health/scientists-made-a-paper-battery-you-can-swallow-to-power-internal-medical-devices
MIT News (MIT News)
https://news.mit.edu/2026/batteries-safely-break-down-in-gi-tract-could-improve-ingestible-devices-0921
元論文
Bioresorbable batteries for transient ingestible bioelectronics
https://doi.org/10.1038/s44286-026-00443-7
ライター
天道銀河: 科学、歴史、心理、宇宙、生き物、テクノロジーなど、気になるものにはジャンルを問わず首を突っ込む雑食系ライターです。ひとつの分野を深く極めるというより、さまざまな知識を広く集め、意外なつながりを見つけるのが好きです。専門家ほど深くはなくても、好奇心の広さなら負けません。「こんな世界もあるのか」と思えるような、面白くてわかりやすい話題を届けていきます。
編集者
ナゾロジー 編集部