歯医者さんで細い器具を歯ぐきにそっと当てられ、何やら数字を読み上げられるあの落ち着かない時間。


その歯ぐきの出血が、その後10年のあいだに認知症になるかどうかとつながっているかもしれない、という結果が日本の研究から出てきました。


九州大学の研究者が率いるチームが、認知症ではない60歳以上の日本人1396人を10年間追いかけたのです。


すると、歯ぐきから血が出やすい人ほど、のちに認知症になった人が多いことが分かりました。


歯と歯ぐきのすき間が深い人や、歯ぐきが下がっている人にも、同じような傾向がありました。


ただしこれは「つながりが見えた」という結果で、歯ぐきが原因で認知症になると確かめたわけではありません。


研究内容の詳細は2026年8月16日に『Journal of Clinical Periodontology』にて発表されました。




目次



  • 歯ぐきから血が出やすい人に、認知症が多かった
  • 10年間、歯ぐきと認知症をどうやって見比べた?
  • 口の中の出来事が、なぜ脳とつながるの?
  • 歯ぐきを守れば、認知症も防げるの?

歯ぐきから血が出やすい人に、認知症が多かった


歯ぐきから血が出やすい人に、認知症が多かった / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

研究の舞台は、日本のある地域の住民を長く見守ってきた「久山町研究」という調査です。


参加したのは、調べ始めた時点で認知症ではなかった60歳以上の1396人でした。


研究者たちは参加者の歯ぐきを調べ、そのあと10年間、認知症になるかどうかを見守りました。


10年のあいだに認知症になったのは267人です。


認知症にはいくつかのタイプがあり、そのうち194人は「アルツハイマー病」、51人は「血管性認知症」と呼ばれるタイプでした。


歯ぐきについて調べたのは3つです。


1つ目は、歯と歯ぐきのあいだにできるすき間(歯周ポケット)の深さ。


2つ目は、歯ぐきがどれだけ下がっているか。


3つ目は、細い器具で歯ぐきを探ったときに、血が出た場所の割合です。


それぞれの値がいちばん悪いグループと、いちばん良いグループを比べました。


すき間がいちばん深いグループは、いちばん浅いグループに比べて、認知症になる危険が1.72倍でした。


歯ぐきがいちばん下がっているグループは1.59倍、血がいちばん出やすいグループは1.56倍です。


さらに血の出やすさは、アルツハイマー病のなりやすさともつながっていました。


海外の科学ニュースサイト「サイエンスアラート」の記事によると、血がいちばん出やすいグループは、アルツハイマー病になる危険が61%高かったといいます。


ここで気をつけたいのが、この「61%」の読み方です。


これは「61%の確率でアルツハイマー病になる」という意味ではありません。


血がいちばん出にくいグループと比べて、なりやすさが6割ほど高かった、という「比べた数字」です。


それに、この研究は参加者の様子を観察しただけの調査です。


だから「歯ぐきが悪いと認知症になる」と、原因まで言いきることはできません。


対象も日本の60歳以上の人たちなので、若い人やほかの国の人に同じことが言えるかは、この研究だけでは分かりません。


それにしても、年月とともに変わっていく歯ぐきの状態を、研究者たちはどうやって認知症と結びつけて調べたのでしょうか?


そして、口の中の出来事が、なぜ脳とつながるのでしょうか?


10年間、歯ぐきと認知症をどうやって見比べた?


10年間、歯ぐきと認知症をどうやって見比べた? / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

歯ぐきの状態は、調べ始めたときと、その5年後の2つの時点で調べられました。


歯ぐきの状態は、何年もたつうちに良くなったり悪くなったりします。


最初の1回だけで人を分けると、その途中の変化を見落としてしまうかもしれません。


そこで研究チームは、2つのやり方で計算しました。


1つは、最初に調べた歯ぐきの状態で人を分け、その後10年の認知症のなりやすさを比べるやり方です。


もう1つは、5年後に調べ直した歯ぐきの状態も取り入れて、途中の変化も計算に入れるやり方です。


どちらのやり方でも、認知症全体については似たようなつながりが見えました。


グループの分け方にも決まりがあります。


歯周ポケット(歯と歯ぐきのすき間)の深さ、歯ぐきの下がり具合、器具で探ったときに血が出た場所の割合という3つの値それぞれについて、参加者を良い順に並べ、人数が同じくらいになるように4つのグループに分けました。


そして、いちばん良いグループを基準にして、ほかのグループのなりやすさを比べたのです。


その結果、すき間の深さ、歯ぐきの下がり具合、血の出やすさのどれでも、悪いグループになるほど認知症のなりやすさが上がっていく傾向が、統計的にはっきり出ました。


ただ、すべての結果がはっきりしていたわけではありません。


すき間が深いほど血管性認知症になりやすい、という傾向も見えましたが、こちらは「そういう傾向がある」という段階にとどまりました。


サイエンスアラートの記事は、この点について1つ注意をうながしています。


認知症全体では267人いたのに、血管性認知症の人は51人しかいませんでした。


人数が少ないと、はっきりしたことは言いにくくなります。


そのため、認知症のタイプによって歯ぐきの状態との関わり方がなぜ違うのかは、読み取りにくいというのです。


つまり今回分かったのは、「歯ぐきの状態が悪い人には、10年のうちに認知症になった人が多かった」という事実です。


では、その事実の裏で何が起きているのか、という話に進みます。


口の中の出来事が、なぜ脳とつながるの?


口の中の出来事が、なぜ脳とつながるの? / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

歯ぐきから血が出るのも、歯とのすき間が深くなるのも、どちらも歯ぐきで炎症が起きていて、しかも進んでいるサインです。


この炎症が、認知症が起きる流れの一部になっているのかもしれません。


ただし記事も、この考えはまだ推測の段階だとしています。


考えられている道すじの1つ目は、体全体をめぐる炎症です。


日本の研究者たちは、体の炎症が長く続くと「血液脳関門」が傷むかもしれない、と述べています。


血液脳関門は、血液の中のものが脳にかんたんに入りこまないようにしている、関所のようなしくみです。


ここが傷むと、炎症を起こす物質が脳に入りこみ、脳の中でも炎症が起きて神経の細胞が傷つくかもしれない、というのです。


そうしたことが、アルツハイマー病の危険を高めているのかもしれません。


最近は、腸など体のほかの場所の炎症も、認知症の危険に関わっているかもしれない、という研究も出ています。


2つ目の道すじは、口の中の病気のもとになる菌です。


歯ぐきが下がったり血が出たりしていると、そうした菌が増えやすくなり、それがもっと直接に脳をおびやかすかもしれない、という見方です。


実際、マウスの実験では、口から細菌に感染させると、その菌が脳にまですみついたという報告があります。


そのマウスの脳では、アルツハイマー病との関わりがよく指摘される、ねばねばしたタンパク質が多くつくられていました。


ただしこれはマウスで行われた別の実験で、今回の人を対象にした研究とは別のものです。


今回の研究そのものは、こうしたしくみを調べたわけではありません。


血液脳関門の話も、口の菌の話も、「歯ぐきと脳のつながり」を説明するかもしれない候補、という位置づけです。


歯ぐきを守れば、認知症も防げるの?


歯ぐきを守れば、認知症も防げるの? / ※画像はイメージです。Credit: Generated by Codex (gpt-image), ナゾロジー編集部

研究チームは、今回の結果について、歯ぐきの状態の悪さが認知症に関わっている可能性を支えるものだ、と書いています。


そして、歯ぐきを良い状態に保つ手入れが、認知症の危険を減らす助けになるかもしれない、と考えています。


歯周病(歯ぐきに炎症が起きる病気)を防ぐことが、社会全体の健康にとって大事になりうる、というわけです。


記事によると、アメリカでは30歳以上の人の4割を超える人が歯周病を抱えています。


もし口と脳のつながりが本物なら、関わってくる人はとても多いことになります。


でも、今の時点で言えるのはここまでです。


歯ぐきの手入れをしたら認知症が減った、と確かめた研究ではありません。


記事は、もっと大きく、いろいろな人が参加する集団で確かめ直す必要があると指摘しています。


口の状態で、将来の考える力の衰えを本当に見通せるのか。


見通せるとしたら、出血なのか、すき間なのか、口のどの点がいちばんの手がかりになるのか。


そこはまだ、これから分かっていくことです。


それでも、歯ぐきのちょっとした出血は、口の中だけの小さな話ではないのかもしれない、と思えてきます。


とりあえず今夜は、歯医者さんの「ちゃんと磨けてますか?」に、少しだけ胸を張って答えられるように磨いておこうと思います。


全ての画像を見る

参考文献

Common Gum Problem Is Linked to a 61% Higher Alzheimer’s Risk (ScienceAlert)
https://www.sciencealert.com/bleeding-gums-linked-to-61-higher-alzheimers-risk-in-10-year-study

元論文

Periodontal Status and the Risk of All‐Cause Dementia, Alzheimer’s Disease and Vascular Dementia in a Community: The Hisayama Study
https://doi.org/10.1111/jcpe.70185

ライター

山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、身近な例で例える。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 認知症になった人が多かった「歯ぐきのサイン」とは