手術も抗がん剤も効かなかった3歳児のがんが、2回の点滴で消えた
アメリカのベイラー医科大学(BCM)などで行われた研究によって、手術でも抗がん剤でも止められなかった3歳男児の肝臓がんが、2回の点滴で消えたことが明らかになりました。
点滴の中身は、この子自身の免疫細胞を改造したものです。
患者自身の免疫細胞を改造して体に戻す治療は、血液のがんでは大きな成果を上げてきた一方、肝臓がんのように塊を作るがんにはあまり通用しないと考えられていましたが、今回のケースでは「完全奏効」を達成しました。
論文では今回の成果について、抗がん剤が効かなくなった塊のがんでも、点滴だけで、しかも体をこわすような副作用を出さずに、がんが消えた状態へ到達できることを示した症例だとしています。
研究内容の詳細は2026年9月10日に『The New England Journal of Medicine』にて発表されました。
目次
- がんを殺す細胞に、センサーと増殖スイッチを持たせる
- 手術も抗がん剤も効かなかった3歳児
- 効き目が腫瘍にあつまった
がんを殺す細胞に、センサーと増殖スイッチを持たせる
がんの治療といえば、手術で切る、抗がん剤で叩く、放射線を当てる。
どれも、外から手を入れてがんを削る方法です。
けれども体の中にも、がんを見つけて殺す役目の細胞がもともといます。
免疫の主力であるT細胞です。
がんが大きくなってしまうのは、この見張り役が相手を見つけられないからでもあります。
それなら、見つけられるように作り変えてしまえばいい。
そうして生まれたのが免疫細胞を改造するCAR-T細胞療法です。
患者の血液からT細胞を取り出し、遺伝子を加えて、がん細胞の表面にある目印をつかむアンテナ(キメラ抗原受容体、CAR)を持たせます。
体に戻された細胞は、その目印を頼りにがんを探し出して殺します。
血液のがんでは、この方法が大きな成果を上げてきました。
ところが肝臓や肺にできる「かたまりのがん」(固形がん)が相手になると、同じ細胞がほとんど通用しません。
壁のひとつは、目印選びです。
健康な細胞にも同じ目印があれば、作り変えた細胞は正常な臓器まで襲ってしまいます。
その点、肝臓がんにはちょうどいいターゲットがありました。
がん細胞には大量にあるのに、大人の健康な組織には見当たらないタンパク質(グリピカン3、GPC3)です。
もうひとつの壁は、体に戻したあと、その細胞が増えて戦い続けられるかどうかです。
そこで研究チームは、免疫細胞に「増えろ」と伝える2種類の合図(インターロイキン15と21)を、細胞が自分で作り出せるように遺伝子を組み込みました。
攻撃相手を見分けるセンサーと、増殖を支える仕組みを組み込んだ、新型の改造T細胞(GPC3-CAR T細胞)です。
マウスを使った実験では、この仕組みを持つ細胞は、がんの増殖を抑え、マウスの生存期間を延ばす効果も確かめられています。
加えてこの増え続ける合図が暴走してしまった時に備えて、必要になれば作り変えた細胞だけを死なせられる非常停止の仕組み(iC9安全スイッチ)も備えていました。
残る問題は、この新型改造T細胞が人間にも効くかです。
手術も抗がん剤も効かなかった3歳児
今回の被験者となる少年が最初に病院を訪れたとき、がんはかなり進んでいました。
肝臓には差し渡し11センチのかたまりがあり、がんは両方の肺に散らばる転移も起こしていました。
血液を調べると、がんの勢いを映す目印(アルファフェトプロテイン、AFP)の値は、正常なら2〜12のところ40万を超えていました。
男の子は抗がん剤の組み合わせを変えながら3段階の治療を受け、肝臓のかたまりを手術で取り切り、肺の転移を取る手術も2回受けています。
それでも手術の直後にがんは戻り、右の肺に1センチほどの新しいかたまりが現れ、いったん下がっていたがんの勢いを示す値(AFP)も、1万台まで戻ってきたことが確認されました。
40万と比べると低下はしたものの、正常の上限は12ですから、異常に高い値であることには変わりがありません。
そこで少年は、新たに開発された「新型改造T細胞(GPC3-CAR T細胞)」を人に投与する初めての試験に加わりました。
試験に当たってはまず準備のために、3日間の抗がん剤で自分のリンパ球をいったん減らしました。
新しく入れる細胞が働く場所を空けるための前処置です。
そのうえで、少年自身の細胞から作った新型改造T細胞の1度目の点滴が行われました。
すると4週間後には、CT画像と血液検査で、腫瘍が縮んでいることが確かめられました。
がんの勢いを示す値(AFP)も、1万4200を頂点にして、7000、1590と下がっていきました。
さらに1回目から8週間後に、2回目の点滴が行われました。
そうして28日後(通算12週目)に撮影したCT画像をみると、肺の転移巣は傷あと(瘢痕)を残して消えていました。
がんの勢いを示す値(AFP)は、2回目の点滴のころには4.5まで下がって正常の範囲に入り、12か月後も正常のままでした。
この間、量を減らさなければならないような毒性も、免疫が暴走する激しい副作用(サイトカイン放出症候群)も起きていません。
研究者たちはこの結果について「完全奏効」あるいは「12か月の無病状態」と評価しています。
効き目が腫瘍にあつまった
効いたのに、全身に毒性が出ない。
がんの治療では、これは珍しい組み合わせです。
点滴した新型改造T細胞(GPC3-CAR T細胞)が体の中で何をしていたのかは、1回目の投入から4週間後に調べられています。
この時点では、肺のがんはまだ残っています。
ですがそのがんを調べると新型改造T細胞が腫瘍の中まで入り込んでいたことがわかりました。
しかも、がんを見分ける力を持つ新型改造T細胞は、血液の中よりがんの中のほうが多くいました。
点滴した新型改造T細胞は血流に乗って全身をめぐりますから、がんの中も血液の中も同じくらいの濃さになっていておかしくありません。
それが血液よりもがんの中で濃くなっていたということは、新型改造T細胞が目印を頼りに、狙った場所へたどり着いていたことになります。
そして、この細胞に作らせた2種類の合図は、血液の中では全体として低いままでした。
免疫が暴れるときに増える合図(インターロイキン1や6)も、血液の中ではわずかに上がるだけで済んでいます。
研究チームは、増殖の合図が自分と隣にだけ配られたからこそ、全身をこわさずに細胞が増えられたのかもしれないと考えています。
これほど効いた背景には、条件のよさもあります。
再発したがんが小さかったことと、再発した場所が肺だったことです。
静脈から入れた細胞が最初に通り抜けるのは肺なので、それが攻撃力を高め、副作用を抑えたのだろうと論文は見ています。
もっとも、今回の試験で効果が確かめられたのは3歳の少年のみという制限があります。
それでも、抗がん剤が効かなくなったかたまりのがんが、通院の点滴2回で1年間消えたままになった事実は動きません。
肝臓がんは、世界のがんによる死亡の原因として3番目に多い病気です。
今回狙った目印は大人の肝臓がんにも多く現れるため、研究チームは、同じ目印を持つ他のがんでも評価を進める必要があると述べています。
論文の連絡先著者であるシアトル小児病院のアンドラス・ヘッツェイ氏は、この細胞が肝芽腫に対する安全で効果的な治療になりうる証拠が得られたと述べています。
かたまりのがんには効きにくいという改造T細胞の壁を、新型は一人の子どもの体の中で乗り越えたのです。
元論文
Complete Regression of Hepatoblastoma after Interleukin-15– and Interleukin-21–Coexpressing CAR T-Cell Therapy
https://doi.org/10.1056/nejmc2605958
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部