スペインのムルシア大学(UM)などで行われた研究によって、骨粗鬆症が進んだ患者に、自分の体から取り出した幹細胞を調節して1回だけ点滴したところ、その後2年間の骨折が94%減っていたことが明らかになりました。


骨を作り直す力を持つ幹細胞の存在は前から知られていましたが、血管に流しても骨の奥までたどり着けないことが長年の弱点でした。


しかし新たな研究ではこの幹細胞に「骨髄行き」という信号を上手く加えることで、この問題を解決しました。


研究者らは、1回の投与のあとも骨を作る反応が続いたことから、この調節を行った幹細胞を「生きた薬」と呼んでいます。


しかし、たった1度の点滴が、なぜ何年も効き続けるのでしょうか?


研究内容の詳細は2026年9月11日に『Cell』にて発表されました。




目次



  • この病気の薬は、一生やめられない
  • 幹細胞は骨の「改札」を通れなかった
  • たった1度の点滴で骨折は94%減少、骨強度も増加

この病気の薬は、一生やめられない


この病気の薬は、一生やめられない / Credit:Canva

転んで手をついただけで手首が折れる。


くしゃみをしただけで背骨が潰れる。


骨粗鬆症が進むと、健康な骨ならびくともしない力で骨が折れるようになります(脆弱性骨折)。


50歳を超えた女性の3人に1人が、一生のうちにこの骨折を経験します。


世界では3秒に1件のペースで起きている計算です。


それだけありふれた病気でありながら、骨粗鬆症そのものを治す方法は、まだありません。


骨は、毎日少しずつ壊しては、その跡を埋め直しています。


壊す担当の細胞(破骨細胞)と、埋め直す担当の細胞(骨芽細胞)が、交代で働いているからです。


閉経して女性ホルモンが減ると、壊す担当のほうが勝ち続けるようになります。


骨は、あとから埋まらない穴だらけになっていきます。


いまの薬にできるのは、この勝ち負けを少し引き戻すことです。


壊す担当の動きを鈍らせる薬(ビスホスホネートやデノスマブ)と、埋め直す担当を励ます薬(テリパラチドなど)があり、骨が減る速さを抑えたり、骨を増やしたりできます。


ただし、どの薬も効果を保つには使い続けることが前提です。


副作用も、使うほど積み重なります。


実際、薬を使うべき女性の3割以上が、治療を受けていません。


そこで期待されてきたのが、埋め直す担当そのものを送り込む方法です。


骨の内部(骨髄)にいる幹細胞を増やして体に戻せれば、骨は自前で作り直せるはずです。


ただ既存の技術では、それを患者の骨に届けるところでつまずいていました。


幹細胞は骨の「改札」を通れなかった


幹細胞は骨の「改札」を通れなかった / Credit:Canva

届かないのには、はっきりした理由がありました。


骨粗鬆症は、体じゅうの骨がいっせいにもろくなる病気です。


どこか一か所に注射して済む話ではないので、細胞は点滴で血液に乗せ、全身に配るしかありません。


ところが、血液に乗せたこの幹細胞は、そのままでは骨の中へ入れないのです。


細胞の表面は、びっしり生えた糖の毛で覆われています(グリコカリックス)。


この糖の形が、細胞にとっての名札になっています。


そして骨髄へ通じる血管には、その名札を見る改札があります。


血管の壁に、名札を確かめる係が並んでいるのです(E-セレクチン)。


係がつかみ取るのは、決まった形の糖(シアリル・ルイスX、sLeX)を掲げた細胞だけでそれを持たない細胞は、つかんでもらえないまま流れ去ります。


血を作る幹細胞(造血幹細胞)は、この名札を持っています。


白血病の治療で行う骨髄移植が、骨に直接注射するのではなく点滴で済むのは、そのためです。


流し込まれた細胞が、自分で改札を通って骨の中へ帰っていくからです。


一方、骨のもとになる幹細胞は、骨の中に入る名札を惜しいところで逃していました。


表面の糖を調べると、名札の形はほとんど出来上がっていたのですが、フコースという糖の粒、たった1個が足りず、改札の前を素通りしていたのです。


そこで研究チームは、その1個を後から足すことにしました。


培養して増やした細胞を、糖をくっつける酵素(フコース転移酵素VII、FTVII)と、糖の材料を溶かした液に浸します。


体温と同じ37℃で、1時間置くだけです。


それで名札が完成し、細胞は改札を通れる姿になります。


遺伝子には触れず細胞の中にも手を入れず、表面の飾りを1個足すだけの作業です(これを糖鎖編集とも言います)。


しかも、この名札は貼りっぱなしにはなりません。


細胞は表面を絶えず作り替えているので、2日ほどで名札は消え、もとの姿に戻ります。


渡しているのは、行き先を変える片道の切符だけです。


マウスを使った実験では、名札をつけた人間の幹細胞が骨の中へ入り、そこに住み着いて、実際に骨の材料を作るところまで確かめられていました。


残っていたのは、人間の体でも同じことが起きるのか、そして安全なのか、という問いでした。


たった1度の点滴で骨折は94%減少、骨強度も増加


たった1度の点滴で骨折は94%減少、骨強度も増加 / Credit:Canva

その答えを確かめる相手となったのは、スペインに住む10人の女性でした。


年齢は51歳から72歳で全員が5年以内に骨粗鬆症による骨折を経験していて、8人は背骨が潰れていました。


試験においてはまず、全身麻酔をかけて骨盤の骨(腸骨)から骨髄を60ミリリットルほど採り、幹細胞だけを取り出して培養で増やしました。


そして1時間の処理で名札をつけ、腕の静脈から点滴で本人に戻します。


点滴は一度きりです。


その後、参加者は2年のあいだに11回の診察を受け、この処置の安全性を確かめ在られました。


結果、点滴にかんする副作用はゼロであることが判明します。


予想外だったのは、あわせて記録していた骨折のほうでした。


点滴前の2年間、10人合わせて1年に8件起きていた骨折が、点滴後の2年間は1年に0.5件まで減っていたのです。実に94%の減少でした。


骨そのものも変わっていました。


点滴から4か月後に骨を少し採って調べると、切り出した断面に占める骨の面積(骨組織面積、BTA)が、平均でおよそ1.7倍に増えていました。


2年後には、骨の内側にあるスポンジ状の部分(海綿骨)の状態を表す点数も、2割以上上がっていました(QTSスコア)。


血液の検査も、同じ方向を指していました。


骨を新しく作っているときに血液へ出てくる物質(P1NP)が、点滴のあとに増えていたのです。


しかも、骨を壊す働きを強く抑える薬(デノスマブ)を使っている人でも増えていました。


骨を作る薬でも同じ物質は増えますが、投与をやめればすぐに止まります。


ところが今回は、1回の点滴のあと、6か月を超えて増えたままでした。


研究者たちがこの治療を「生きた薬」と呼ぶのは、この長さのためです。


参加者が訴える痛みも、2週間後には平均35%、2年後でも34%軽くなっていました。


もっとも今回の研究は、安全性を確かめるための第1相試験のものであり、骨折の発生率、骨の量、海綿骨の点数、骨を作る物質の値は、いずれも副次評価項目となっています。


それでも、骨折を減らせるかどうかは、新しい骨粗鬆症の薬が認められるときに最も重く見られる指標です。


年配で、しかも骨粗鬆症になった骨から採った幹細胞が、まだ骨を作り直す力を残していたという点が人間で示された意味は、小さくありません。


研究チームは次に、スペイン以外にも参加者を広げる考えで、効き目を確かめるには複数の病院での大規模な試験が要るとしています。


著者らは「精密な糖鎖編集によって、間葉系幹細胞を使った治療が骨粗鬆症を改善する効果を発揮し、この病気の治療戦略を薬物療法から再生医療へと転換させる可能性がある」と述べています。


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元論文

Glycocalyx-edited mesenchymal stem/stromal cell therapy in advanced osteoporosis
https://doi.org/10.1016/j.cell.2026.08.017

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「生きた薬」を1回点滴しただけで骨粗鬆症患者の骨折が94%減――スカスカの内側が埋まり始めていた