なぜ「人生のほぼ毎日」を覚えていられる人がいるのか?
三年前の今日、あなたは何をしていたでしょうか。
ほとんどの人は思い出せません。
ところが日付を聞いただけで、その日の曜日も、着ていた服も、食べたものもすらすら話せる人がいます。
コロラド州立大学などの研究チームは、その力を持つ16歳の女性を調べました。
見つかったのは、思い出す力の強さではありませんでした。
飛びぬけていたのは、頼んでもいないのに記憶が浮かんでくる回数のほうでした。
覚えようとする力ではなく、勝手に戻ってくる力。研究者が二十年追いかけてきた問いが、向きを変えようとしています。
研究内容の詳細は2026年7月4日に『Neurocase』にて発表されました
目次
- 日付を言うだけで、その日がよみがえる
- なぜ、勝手に浮かぶと忘れないのか
- 二十年の問いが、向きを変える
日付を言うだけで、その日がよみがえる
自分の人生のほとんどの日を、こまかく正確に覚えている人がいます。
この力は「超自伝的記憶(ちょうじでんてききおく。自分の身に起きたことを異常に細かく覚えている力)」と呼ばれます。
最初の一例が見つかってから、まだ二十年ほど。
研究チームは今回、この力を持つと確かめた16歳の女性に、日付を伝えました。
彼女はすぐその日の曜日を答え、その日の出来事を話しはじめる。
学校のある日だったか、テストを受けたか、自分や周りが何を着ていたか、何を食べたか。
標準的な検査で目立たない点は、これまでの症例報告と同じでした。
研究チームが今回あらためて測ったのは、この力の持ち主については誰も調べていなかった別の方向でした。
意図せず、ひとりでに浮かんでくる記憶の多さです。
専用の質問紙で測ったところ、彼女の頻度は、これまでの研究で報告されてきた平均より標準偏差2つ分も上でした。
いっぽう、記憶力をきちんと測る標準的な検査では、彼女の成績は平凡だったといいます。
覚えようとする力は人並み。ひとりでに戻ってくる回数だけが、桁違い。
ただしこれは、1人を詳しく調べた症例報告です。
記憶の研究は長いあいだ、意図して思い出す力を測ってきました。
テストで答えを探すときのように、自分から取りに行く思い出し方です。
けれど私たちの頭には、頼んでもいないのに記憶が返ってくる瞬間があります(匂いが記憶を呼び覚ます「プルースト効果」とは? 香りは人生を)。
仕事のメールを書いている最中に、昔の旅行の場面がふっと浮かぶ。
あれです。誰にでも起きる、ごく普通のことです。
研究チームは、超自伝的記憶を持つ人の違いは、意図して思い出す力ではなく、こちらのほうにあるのではないかと考えました。
そこで使ったのが、ひとりでに浮かぶ記憶の多さを尋ねる質問紙でした。
面白いのは、この報告が出てすぐ、ヨーロッパの研究チームからも別の16歳の症例が報告されたことです。
そちらでは質問紙に加えて、実験中に頭へ浮かんだ内容をその場で答えてもらう、新しく作られた課題も使われました。
測り方の違う二つの報告が、同じ方向を指しました。
では、ひとりでに浮かぶことと、細かく覚えていることは、どうつながるのでしょうか。
なぜ、勝手に浮かぶと忘れないのか
研究チームが立てた仮説は、こうです。
過去の出来事が何度も意識に入ってくると、それが計画していない復習のようにはたらき、記憶を少しずつ強くしていくのではないか。(寝ている間に脳は「お気に入りの記憶」を優先で再生している)
漢字を覚えるときのことを思い出してください。
一度書いただけの字はすぐ忘れますが、何度も目に入る字は自然と書けるようになります。
勝手に浮かぶ記憶は、自分では組んでいない小テストのようなもの。
ただしこれは研究チーム自身が仮説として述べているもので、確かめられたしくみではありません。
症例は2人だけです。超自伝的記憶を持つ人みんながこうだとは、まだ言えません。
二十年の問いが、向きを変える
二十年のあいだ、研究者が追いかけていたのは「どれだけうまく思い出せるか」でした。
今回の二つの症例が指したのは、別の問いです。
どれだけ勝手に戻ってくるか。
覚えようと頑張る力ではなく、放っておいても返ってくる回数のほうが違うのかもしれない、という見方です。
もっとも、2人ではまだ何も決まらない。確かめることのほうが、ずっと多く残っています。
日付を聞かれてすぐ答えられる人は、思い出そうと努力していないのかもしれません。むしろ、忘れさせてもらえないのかも。
参考文献
Why Do Some People Remember Nearly Every Day of Their Lives? (Psychology Today)
https://www.psychologytoday.com/us/blog/thoughts-on-thinking/202609/why-do-some-people-remember-nearly-every-day-of-their-lives
A cognitive assessment of highly superior autobiographical memory (Memory)
https://doi.org/10.1080/09658211.2016.1160126
Highly Superior Autobiographical Memory (HSAM): A Systematic Review (Neuropsychology Review)
https://doi.org/10.1007/s11065-024-09640-8
元論文
A case of Highly Superior Autobiographical Memory (HSAM) accompanied by highly frequent involuntary autobiographical memory
https://doi.org/10.1080/13554794.2026.2701703
ライター
山下 浩介: むずかしい研究を、なるべく分かりやすく伝えたい。専門の言葉はふだんの言葉に置きかえて、絵や図を1枚はさむ。それで「わかった」「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。
好きなのは、通学路や台所や日常の中にある科学。眠っているあいだに記憶が整理される話や、虫の鳴き方に意味がある話のように、読み終わったあとに誰かへ話したくなる研究を探しています。
編集者
ナゾロジー 編集部