気体の圧力とは、目に見えない分子が無数にぶつかり続ける押し合いの合計で、その1回1回は小さく多すぎて、まとめてしか測れないもの、と語られてきました。


しかしアメリカのイェール大学(Yale University)などで行われた研究によって、気体の粒がたった1個ぶつかる瞬間が、1発ずつ検出されました。


検出器になったのは、レーザー光で宙に浮かべた直径100ナノメートルのガラスの球です。


研究では、クリプトン、キセノン、六フッ化硫黄という3種類の気体について、1個ずつの衝突が確かめられました。


研究内容の詳細は『arXiv』にて公開されており2026年8月7日に『Physical Review Letters』への掲載が受理されました。




目次



  • 私たちが「圧力」と呼んでいるものは連打だ
  • 衝突を数えると、圧力になった

私たちが「圧力」と呼んでいるものは連打だ


私たちが「圧力」と呼んでいるものは連打だ / Credit:Canva , 川勝康弘

傘が風にあおられて、ぐいと持っていかれます。


飛行機が高度を上げると、耳がツンと詰まります。


どちらも、空気が押してくる力のしわざです。


このような気体の圧力は、無数の原子や分子が猛烈な速さで飛び回り、手あたり次第に物にぶつかることで生まれます。


皮膚を押しているのは連続した力ではなく、途方もない回数の連打だというわけです。


ちなみに大気圏再突入で機体が高温になる主因は、空気が表面をこする摩擦ではありません。機体の前方にできる衝撃波で空気が急激に圧縮されて数千度に達し、その高温のガスが機体を熱するのです。表面近くで空気が引きずられて熱を出す効果もありますが、主役ではありません。/©サンライズ

水に浮かべた微粒子が絶えず震え続ける「ブラウン運動」も、同じ体当たりの結果として説明されてきました。


ただし扱えるのは、あくまで多数の衝突をならした平均値です。


そして、その連打を一発だけ取り出して確かめることは、長いあいだできないままでした。


ただし、ふつうの測定で受け取れるのは、多数の衝突が重なった揺れです。


皮膚も、気圧計の針も、無数の衝突がならされた結果しか受け取れないからです。


それが長いあいだの当たり前でした。


しかしレーザーの光で微小な球を宙に浮かせる技術がでてくると、その当たり前が揺らぎました。


これは2018年のノーベル物理学賞になった、光で物をつまむ「光ピンセット」の技術が元になっています。


光ピンセットは、もともとは水中の微粒子や細胞をつかむために開発されましたが、現在では超高真空での微粒子の操作に持ち込まれ、浮遊光力学に発展しています。


衝突を数えると、圧力になった


衝突を数えると、圧力になった / Credit:Canva , 川勝康弘

今回の研究では、直径100ナノメートルのガラス(シリカ)の球を、レーザー光の焦点に閉じ込めました。


すると球は見えないバネにつながれたかのように、その場で毎秒およそ4万8000回のペースで前後に揺れ続けます。


水の中ではつままれた粒はその場で止まってしまいますが、抵抗のない真空では止まらず、揺れ続けます。


こうして「揺れるセンサー」部分が作られました。


補足解説:事前のデータ分析


今回の研究の成否はデータ処理にあります。研究者たちは光で球を浮かる仕組みに加えて、二種類の記録も事前に収集していました。ひとつは、球の居場所をひたすら追い続けた長い素の記録です。もうひとつは、強さの分かっている一撃を800回加えたときの、球の揺れ方の記録を作りました。そうして「叩かれた球の揺れは、こういう形になる」というデータを蓄積していきました。たとえるなら、同じ太鼓を決まった強さで800回叩いて、その響き方を先に録音しておいたようなものです。


準備が整ったところで、チームは真空の容器に、大気圧の1億分の1にも満たないというごくわずかな気体を送り込みました。


選んだのはクリプトンとキセノンという重い原子、それに六フッ化硫黄という重い分子です。


同じ温度なら重いものほど1回の蹴りの勢いが大きく、見つけやすいからです。


すると規則正しい揺れに一瞬の「乱れ」が次々と記録されていきました。


そして気体を入れたあとの揺れを手本と照らし合わせ、一撃の時刻と勢いを1発ずつ読み取り、気体を入れていないときの記録と見比べました。


こうして拾い上げられた一撃は、運動量の単位にして200〜600keV/cという小ささでした。


たとえばキセノン原子1個の衝突とみられる信号は、およそ390keV/cの一撃として波形に残っています。


また、1秒あたりの発数と一撃ずつの強さを、球の大きさや気体の温度とあわせて計算すれば、注ぎ込んだ気体が生む圧力が割り出せます。


そこで圧力を変えながら1秒当たりの命中数と比較してみました。


すると、衝突から逆算した圧力は、真空計から求めたその気体の圧力とほぼ一致することが確かめられました。


(※注入した気体が生み出す圧力は、大気圧のおよそ5000億分の1まで見分けられると見積もられました)


この「衝突そのものを物差しにする」という点に、圧力計としての値打ちがあります。


ふつうの圧力計は、自分の目盛りが正しいかどうかを自分では確かめられず、別の圧力計を基準にして合わせてもらいます。


その基準もまた別の基準に合わせてもらっているので、たどっていけば、どこかに大元がなければなりません。


けれども衝突を1個ずつ数える方式なら、ほかの圧力計の目盛りを借りず、自分で測れる量と物理法則だけで圧力にたどり着けます。


論文は今回の結果を、きわめて高い真空での新しい圧力の基準(一次標準)につながる原理実証だと位置づけています。


そして本成果は、圧力を測る新しい方法を示しただけにとどまりません。


分子レベルの衝突の瞬間を検知する技術は、まだ見つかっていない種類のニュートリノ(不活性ニュートリノ)などの探索にも期待されています。


肌を押してくるあのぼんやりした重みの正体が、1発、また1発と数えられる粒の連なりとして、いま測られはじめています。


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元論文

Optomechanical detection of individual gas collisions
https://journals.aps.org/prl/accepted/10.1103/xtzh-6t1f

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 気体に圧力を与える根本、「原子1個の衝突」を検出することに成功