「キスの起源」から「パンツ埋め実験」まで――2026年イグノーベル賞、全10部門の受賞研究
綿のパンツを土に埋めて、2か月
死んだ蚊の口を3Dプリンターのノズルに
毒ヘビの頭を、防護ブーツでそっと踏む
「人を笑わせ、そして考えさせる研究」に贈られるこの賞の授賞式が、2026年9月3日に開かれました。
1991年の創設以来、対面の授賞式は米国のボストン周辺で開かれてきましたが、今回の会場はスイスのチューリッヒです。
今年のテーマは「Fungi(菌類)」で、トロフィーはブルーチーズの上に載った足からキノコが生えた像、賞金はすでに廃止された10兆ジンバブエドル紙幣1枚です。
日本からは、旭川医科大学の名誉教授だった故・海野徳二氏が医学賞を受賞し、日本人の受賞は20年連続となりました。
いったい今年は、どんな研究が「笑い」と「考えるきっかけ」の両方を提供したのでしょうか。
受賞研究の一覧は、主催団体 Improbable Research の公式サイトで公開されています。
目次
- キスの起源、自分は上流だ、ゴキブリのミルク結晶
- 正しい鼻のかみ方、ヘビに噛まれやすい踏み方
- 小便器の跳ね返り、死んだ蚊の口、子供の匂い
- 敵に意地悪な友人、パンツを埋めて2か月
キスの起源、自分は上流だ、ゴキブリのミルク結晶
生物「力学」賞 ――キスの起源は約2100万年前の共通祖先までさかのぼる
生物力学賞は、人間や動物のキスに共通の定義を与えた研究に贈られました。
受賞したのは、英国のオックスフォード大学(Oxford)のマチルダ・ブリンドル氏ら3人です。
キスは人間に特有の行為に思えますが、論文によれば、大型類人猿の大半をはじめ、動物界のあちこちで観察されています。
そこで研究チームは、種ごとの「キスをする・しない」をサルや類人猿の系統樹に書き込み、共通の祖先がどうだったかを逆算しました。
家系図をたどって、会ったことのない先祖の暮らしぶりを推理するようなやり方です。
その結果、キスは大型類人猿の共通祖先において、約2,150万〜1,690万年前に最初に進化したと推定されました。
私たちがキスをするのは、人間になるよりずっと前から続いている習慣だ、ということになります。
(※なおこの研究については過去にこちらに記事になっています)
さらに驚くのは、絶滅したネアンデルタール人もキスをしていた確率が、約84%と見積もられたことです。
この84%は系統樹からの逆算ですが、論文は別の手がかりとして、口の中の微生物も挙げています。
ヒトとネアンデルタール人が分かれたのはおよそ45万〜75万年前ですが、両者が共有する口の中の微生物の系統が分かれたのは、およそ11万〜14万年前です。
つまり枝分かれのあとも長く、キスや食べ物の共有によって、口の中の微生物がやりとりされていた可能性があります。
ブリンドル氏は、「動物がキスをすること、そして霊長類でいつ進化しえたかを示しました。次の明白なステップは、その理由を理解することです」と述べています。
研究の詳細は学術誌『Evolution and Human Behavior』(47巻、論文番号106788)に掲載されています。
経済学賞 ―― 「自分は上流だ」と感じた人ほど、子ども用の菓子に手を出した
経済学賞は、「上流階級の人ほど子ども用の菓子を横取りしやすく、ほかの非倫理的な行動にも及びやすいという証拠を集めた」研究に贈られました。
受賞したのは、論文発表当時、米国のカリフォルニア大学バークレー校(UC Berkeley)に所属していたポール・ピフ氏ら5人です。
2012年に発表されたこの論文は、路上での観察と実験室での課題を組み合わせた7つの研究からできています。
たとえば道路での車の動きを調べた調査では、高級な車ほど交差点での割り込みが多く、横断歩道付近でも、歩行者に道を譲る傾向が低くなっていました。
ほかにも、交渉で嘘をつく、サイコロゲームで不正をする、職場での非倫理的な行動を容認するといった傾向が、社会階層の高い人ほど強いという結果が報告されています。
さらに目玉である「子どもの菓子」の研究では、実際の収入や暮らしぶりを変えなくても、「自分は上か下か」という感覚を一時的に動かすだけで、取る菓子の数に差が出ることが示されました。
参加したのは大学生129人で、お金や学歴、職業の社会的な評価を段にした「社会のはしご」を思い浮かべ、そのいちばん上、またはいちばん下にいる人と自分を比べてもらいました。
たとえば営業マンなら、自分よりはるかに稼ぎがよく、地位も高い人と比べるか、反対に稼ぎや地位が低い人と比べるようなものです。
こうすることで上側と自分を比べた人は「自分は下」という感覚を、また下側と比べさせられた人は「自分は上」という感覚を持つことになります。
そうしておいて「隣の研究室の子どもたちのため」と説明された菓子の瓶からお菓子をとっていいと言われたときの個数が調べられました。
すると取った個数は、「上」の感覚を持たされた群が平均1.17個、「下」の群が平均0.60個で、約2倍の差がありました。
こうした行動が生まれる理由として研究チームが挙げたのは、「貪欲は良いことだ」という考え方です。
社会階層が高いほど貪欲を肯定する傾向があり、それが不正への抵抗感を下げている、という説明です。
裏づけもあります。
「貪欲は良いことだ」と先に意識させておくと、社会階層の低い人も、高い人と同じ水準まで職場の不正を容認したのです。
つまり、財布の中身が同じでも、貪欲をどう考えるかで行動は変わる、というのが研究チームの見立てでした。
研究の詳細は2012年に学術誌『Proceedings of the National Academy of Sciences』に掲載されています。
化学賞 ―― ゴキブリの「ミルク」の結晶は、同じ重さの牛乳の3倍を超えるエネルギーを持つ
化学賞は、胎生のゴキブリが子どもに与える「ミルク」からできる結晶の構造と、高い栄養価を明らかにした研究に贈られました。
受賞したのは、論文発表当時、インドの幹細胞生物学・再生医療研究所(inStem)に所属していたサンチャリ・バネルジー氏ら11人で、日本の高エネルギー加速器研究機構も参加しています。
2016年に発表されたこの論文が対象にしたのは、Diploptera punctata(ディプロプテラ・プンクタータ)という種のゴキブリです。
多くのゴキブリは卵を体の外に産みますが、この種は、知られている限り唯一の「胎生」のゴキブリです。
母親は体内の子どもに栄養豊富な「ミルク」を与えて育て、生きた幼虫を産みます。
驚くのはその先で、飲んだミルクに含まれるタンパク質が、子どもの腸の中で結晶になります。
研究チームがこの結晶を取り出して調べると、タンパク質だけでなく糖と脂肪酸も抱え込んだ、密度の高い構造をしていました。
そして研究チームは、成分の重さから計算して、この結晶が「同じ質量の牛乳の3倍を超えるエネルギー」を含むと推定しました。
生まれる前の子どもが、栄養の詰まった固形の弁当を腸の中に持っている、ということになります。
しかも、生きた体の中で自然にできた結晶を原子レベルで解析できた例はほとんどなく、その点でも注目されました。
研究の詳細は2016年に学術誌『IUCrJ』に掲載されています。
正しい鼻のかみ方、ヘビに噛まれやすい踏み方
医学賞 ―― 「正しい鼻のかみ方」は、1977年に日本で計測されていた
医学賞は、鼻のかみ方を計測した研究に贈られ、旭川医科大学の名誉教授だった故・海野徳二氏が受賞しました。
鼻をかむのは誰もが子どものころに覚える動作ですが、それを実際に測った研究は、ほとんどありませんでした。
海野氏は男性15人の鼻をかむ息を計測し、片側でかんだときの速さが、最も速い瞬間で平均して毎秒1.81リットルであることを示しました。
両側を同時にかめば毎秒2.97リットルまで上がりますが、それでも論文が勧めるのは片側ずつです。
理由は、左右の鼻の通りやすさが違うからです。
通りの良い側の鼻の穴を押さえると、通りの悪い側に強い気流が集まります。
ある被験者では、両側の鼻から強く息を吐いても最大で毎秒0.3リットルしか流れなかった側が、反対側を押さえてかむと毎秒1.5リットルまで上がりました。
そして息の勢いが速いほど、鼻の中の分泌物(鼻水)を効率よく押し出せる、というのが論文の考えです。
気になるのは耳への影響です。
片側でかんだ60回のうち31回で外耳道(耳の穴)の圧力が上がりましたが、鼻から息を徐々に強く吐く測定でも30回中15回で上がっていました。
論文は、この圧力の変化が中耳に急性の感染を起こすことはふつうはない、と述べています。
当時の論文が結論として勧めたのは、片側ずつ、力を入れて、かむ前に少し息を吸い、時間をかけてかむことでした。
半世紀近く前の男性15人を対象にした研究ですが、何気ない動作を測って見直すという発想が光ります。
研究の詳細は1977年に学術誌『日本耳鼻咽喉科学会会報』(80巻1号)に掲載されています。
なお授賞式には、海野氏と同じ旭川医科大学の高原幹氏が代理で出席しました。
高原氏は「海野先生は当たり前のことに真摯に向き合い、科学的解明に取り組んだ」と振り返っています。
生物学賞 ―― 毒ヘビ116匹で調べた「咬まれやすい条件」
毒ヘビに咬まれる事故は、世界で数百万人に影響を及ぼしているとされます。
生物学賞は、「毒ヘビが人を咬む条件を知るために、さまざまな毒ヘビのさまざまな部位を、さまざまな気温と時刻で、繰り返しそっと踏んだ」研究に贈られました。
受賞したのは、ブラジルのブタンタン研究所のジョアン・ミゲル・アルベス=ヌネス氏ら6人です。
研究チームは、ヘビの毒や血清ではなく、「ヘビがいつ咬むのか」という行動そのものに注目しました。
対象は、ブラジルで医療上とくに重要とされるマムシの仲間、ジャララカ(Bothrops jararaca)116匹です。
防護ブーツを履いた研究者が、頭、胴の中央、尾を柔らかく踏み分けました。
1回のテストでは、頭・胴・尾に10回ずつ、計30回の刺激を与えました。
体に触れずに足を近づける条件も試しています。
撤回前の論文は、ヘビが踏まれた場所によって、咬む確率が大きく違ったと報告しました。
頭を踏まれたときに咬む確率は約44%で、胴の約20%、尾の約11%を大きく上回りました。
さらに、生後まもない個体は成体の2.17倍咬みやすく、雌は体温が高いほど咬みやすい傾向がありました。
小さい個体ほど危なくない、とは限らないわけです。
論文は2024年5月3日付で学術誌『Scientific Reports』に掲載されました。
ところが、この論文は掲載誌によって、2025年2月11日に撤回されています。
撤回通知が理由に挙げたのは、データの捏造や解析ミスではなく、動物実験の事前承認の問題でした。
動物を使う研究では、どの動物にどんな操作をするかを事前に申請し、委員会の承認を得ておく必要があります。
著者らによると、承認されていたのは、金属のかぎ棒でヘビの体を地面に押さえる方法と、ブーツを履いた足を近づける方法でした。
ところが、かぎ棒はヘビの口を傷つける恐れがあるとわかり、ヘビを守る緩衝材を入れたブーツで柔らかく踏む方法に変えたといいます。
しかし掲載誌は、柔らかく踏む方法と、生後まもないヘビの使用が倫理委員会の承認に含まれていなかったとして、論文を撤回しました。
著者6人は全員、この撤回に反対しています。
小便器の跳ね返り、死んだ蚊の口、子供の匂い
物理学賞 ―― 小便器の跳ね返りを抑える鍵は「30度」
物理学賞は、「跳ね返りのない小便器を設計しようとした理論と実験の試み」に贈られました。
受賞対象の論文は、カナダのウォータールー大学と米国のウェーバー州立大学の研究チームによるものです。
男性用の小便器は100年以上、形がほとんど変わらず、尿は跳ね返って床と使用者を汚してきました。
論文によれば、小便器の周囲の床のアンモニア濃度は、通常の便器の周囲の約100倍にもなります。
研究チームが実験で突き止めたのは、跳ね返りを左右する最大の要因は勢いでも量でもなく、「流れが壁に当たる角度」だということでした。
角度が約30度を下回ると、跳ね返りはぐっと減ります。
つまり、使う人が狙いに気を使わなくても、便器の形で解決できる問題だったわけです。
そこで研究チームは、流れが常に約30度以下で壁に当たるような曲面を、計算で設計しました。
生まれたのが、豊穣の角(穀物や果物があふれ出る角の形の飾り)に似た「コルヌコピア」と、オウムガイに似た「ノーチラス」という2つの小便器です。
従来の小便器がとくに跳ねるのは、流れの勢いが弱いときと強いときです。
この2つの条件で、ノーチラスは跳ね返りをそれぞれ85%、95%減らしました。
また論文では、新しい設計によって、跳ね返りを市販の一般的な小便器の1.4%まで、つまり98.6%減らせたとも報告しています。
(※なおこの研究については過去にこちらに記事になっています)
「絶対に一滴も跳ねない小便器」ではありませんが、数がそろえば効果は大きいと研究チームは見積もっています。
たとえば米国の非住宅施設だけでも、5,600万台を超える小便器があるとされています。
論文によれば、そこから床に飛び散る尿は1日あたり100万リットル規模で、すべてノーチラスに置き換えれば、その大半を防げるといいます。
さらに、飛び散った尿の10倍の水で掃除すると見込み、清掃に使う真水も1日最大1,000万リットル節約できると研究チームは推定しています。
ただし、これは試作品に水を流した実験で、実際の尿で確かめたものではありません。
研究の詳細は2025年4月に学術誌『PNAS Nexus』に掲載されています。
研究を率いたウォータールー大学のジャオ・パン氏は、論文に先立つ2022年、この設計プロジェクトを「私が思いつく限り最良の教材」と呼びました。
日常生活の問題でありながら、流体力学から工業デザインまで多くの話題を含んでいる、というのがその理由です。
技術賞 ―― 死んだ蚊の口が、市販の針より細い3Dプリンターのノズルになった
技術賞は、蚊の口吻を高解像度3Dプリンターのノズルとして使う「ネクロプリンティング」という手法を切り開いた研究に贈られました。
受賞したのは、カナダのマギル大学(McGill)のチャンホン・ツァオ氏やジエンユー・リー氏ら12人です。
材料をノズルから押し出す方式の3Dプリンターでは、細いノズルが細かな造形の鍵になります。
研究チームが比較した市販の最細級の金属ノズルは36ゲージ(針の太さの規格)で、内径は約35マイクロメートル(1マイクロメートルは1ミリの1,000分の1)でした。
論文によると、価格は1本80ドルを超えます。
そこで研究者たちは、蚊が血を吸うための口に目をつけました。
蚊の口吻(こうふん)は内径が約20〜25マイクロメートルと市販の針より細く、しかも壁の厚さは1マイクロメートル未満です。
研究チームは冷凍した雌のネッタイシマカから口吻を取り出し、樹脂で固めて針の先に取り付け、そのままノズルとして使ってみました。
すると蚊の口から押し出された線の幅は18〜28マイクロメートルで、1ミリの約50分の1という細さでした。
市販の36ゲージの針に比べて、線の幅をおよそ半分にできると論文は述べています。
コストの面でも、蚊1匹は0.02ドル未満、組み立て済みのノズルでも約0.8ドルと、36ゲージの針の100分の1程度です。
ただし、生き物の材料であるため、寿命には限りがあります。
常温では少なくとも9日間は機能しましたが、14日目には30%が故障し、マイナス20度で保存した場合は1年後も使えました。
ツァオ氏は、「圧力が安全な範囲にとどまる限り、蚊の口吻は繰り返しの印刷に耐えることがわかりました」と述べています。
研究の詳細は2025年11月19日付で学術誌『Science Advances』に掲載されています。
嗅覚賞 ―― 親が子の匂いを快く感じる割合は、思春期を過ぎるとパートナーと同じ水準まで下がった
嗅覚賞は、「赤ちゃんは親にとってすばらしい匂いがするが、10代の子どもはそうではないという証拠を集めた」研究に贈られました。
受賞したのは、ドイツのイエナ大学のイローナ・クロイ氏と、ドレスデン工科大学やポーランドのヴロツワフ大学の研究者ら4人です。
研究チームは、ポーランドの親235人に、子ども367人の普段の匂いを思い浮かべながら、質問紙で評価してもらいました。
子どもの匂いを「快い」または「とても快い」と答えた親の割合は、乳幼児(4歳未満)で93.7%、思春期(9〜14歳)で83.8%、思春期後(14歳超)では75.2%でした。
思春期後の子どもの75.2%という値は、同じ親たちが自分のパートナー(配偶者や恋人)の体臭について、心地よいと答えた数値76.7%とほぼ同じです。
この調査では、思春期を過ぎたわが子の匂いの評価は、配偶者や恋人の匂いと同じくらいの位置に落ち着いていたのです。
一方、母親か父親か、息子か娘かによる差は見られませんでした。
ここで浮かぶのが、「近親交配(血縁の近い者どうしの生殖)を避けるために、思春期の子どもの匂いは親に不快になる」という仮説です。
もしそうなら、母と息子、父と娘といった組み合わせで評価がとくに下がるはずですが、そうした差は出ませんでした。
研究チームは代わりに、思春期に性ホルモンの変化で体臭の成分そのものが変わることを、理由の一つに挙げています。
研究の詳細は2017年に学術誌『Chemosensory Perception』(10巻3号)に掲載されています。
敵に意地悪な友人、パンツを埋めて2か月
平和賞 ―― 私たちは時に「敵に意地悪な友人」を好む
グリッティは、米国フィラデルフィアのアイスホッケーチームの「醜いマスコット」として知られています。
地元の人々はグリッティの醜さを笑っていました。
しかし、よそ者がグリッティの醜さを笑い始めると、空気が変わりました。
それまでグリッティを笑っていた地元の人々が、いっせいに擁護に回ったのです。
2018年、フィラデルフィアの市議会もそれに応じるように、「グリッティは醜い怪物かもしれない。しかし、われわれの醜い怪物だ」という一節を含む決議を採択しました。
この一節を冒頭に掲げた研究が、平和賞を受賞しました。
受賞したのは、ジェイミー・アローナ・クレムス氏ら5人の研究チームで、論文発表時の所属は米国のオクラホマ州立大学などです。
受賞理由は、「私たちは、自分が嫌っている相手に対して、意地悪にふるまう友人を高く評価する」ことを記録したことです。
平和賞としては皮肉が効いている内容ですが、研究から得られる知見は人間の心理を深く暴いています。
理想の友人を尋ねられれば、多くの人は「親切で信頼できる人」と答えるでしょう。
けれども、友人が自分ではなく、自分の嫌いな相手にどう接するかまで考えると、好みは少し複雑になるようです。
研究チームは、米国とインドの参加者計1,183人を対象に6つの研究を行い、理想の同性の親友に、親切さ、信頼性、意地悪さ、無関心さなどをどの程度求めるかを調べました。
そのうちの一つでは、米国の成人268人を3群に分け、同性の「理想の親友」が自分・見知らぬ人・自分の敵のいずれかに、どうふるまってほしいかを7段階で尋ねました。
この尺度では、4が「平均的な同性の人と同じ程度」を意味します。
結果、「自分に親切であってほしい」の平均は5.54、「自分に意地悪であってほしい」は1.18でした。
一方、友人が自分の敵にどうふるまってほしいかについては、「無関心でいてほしい」が4.21、「意地悪にしてほしい」が3.73、「誠実であってほしい」が3.28、「親切にしてほしい」が3.11となっていました。
つまり誰かにとっての理想の同性の友人とは聖人君子ではなく、「自分には協力的で、自分と対立する相手には厳しい」ということが見えてしまったのです。
友情は二人だけで完結せず、周囲との対立や連帯を含む小さな社会関係でもあることを、少々物騒な形で映し出した研究です。
研究の詳細は2023年に学術誌『Evolution and Human Behavior』(44巻2号)に掲載されています。
土壌科学賞 ―― パンツを埋めて2か月、土の「元気」がわかった
土壌科学賞は、スイスの約1,000地点に綿のパンツを埋め、その分解具合から土の状態を調べた研究に贈られました。
受賞したのは、スイスの農業研究機関アグロスコープのフランツ・ベンダー氏と、チューリッヒ大学(UZH)のマルセル・ファン・デル・ハイデン氏ら4人です。
土が健康かどうかは、見ただけではわかりません。
そこで研究チームが指標に選んだのが、綿のパンツでした。
土の中の生き物が活発なほど、綿は速く分解されます。
つまり、掘り出したパンツがぼろぼろになっているほど、その土の生き物が元気だということです。
2021年に始まった市民参加型のプロジェクトでは、約1,000人のボランティアが1人2枚のパンツを土に埋め、1枚目を1か月後、2枚目を2か月後に掘り出しました。
埋められたのは、スイス全土の約1,000地点、パンツにして2,000枚を超えました。
あわせて、土の分解の速さをはかる道具として以前から使われているティーバッグも、12,000個が埋められました。
その後、パンツは掘り起こされて写真に撮られ、土壌の試料とともに研究室へ送りました。
結果、2か月後の分解率が最も高かったのは個人の庭で約58%、次いで耕地が約51%、永年草地が約47%、芝生が約40%でした。
研究者らはこれを、土の分解活動を直感的に示す「パンツ指数」として提案しています。
ファン・デル・ハイデン氏は、「健康で生物学的に活発な土壌は、肥沃さ、養分の循環、多くの生態系サービス(自然が人にもたらす恵み)にとって極めて重要です」と述べています。
ただし、パンツの分解の速さが示すのは、あくまで土の中の生き物の活発さです。
ベンダー氏は「最大限の分解が、すべての生態系で望ましいわけではありません」とも述べ、森や庭で養分が非常に多い場合は、バランスの崩れを示す兆候だと説明しています。
受賞対象となったのは、2025年2月に学術誌『Science』の読者投稿欄(Letter)に載った、1ページの短い報告です。
受賞者には、この報告の著者である2人のほか、アトラント・ビエリ氏とピア・ビビアニ氏が加わっています。
プロジェクト全体の結果は、2026年8月24日付で学術誌『Plants, People, Planet』に発表されました。
この論文には、約240人の市民科学者が共著者として名を連ねています。
おわりに:10の研究に共通していたのは「身近さ」だった
10の研究に共通するのは、見過ごされてきた身近な現象を、まじめに調べ直した点です。
鼻をかむのはありふれた動作ですが、その空気の流れまで気にする機会は、なかなかありません。
男性用の小便器は100年以上も形がほとんど変わらないまま、尿を跳ね返し続けてきました。
どちらも、日常にありふれた動作や道具を、改めて科学の目で見直した研究です。
使われた道具も、特別なものばかりではありませんでした。
綿のパンツは土の元気さをはかる物差しになり、死んだ蚊の口は3Dプリンターのノズルになりました。
そして出てきた答えは、しばしば私たちの直感を裏切ります。
友人への期待を調べた実験では、敵に対して「意地悪でいてほしい」よりも、「無関心でいてほしい」の点数が高くなっていました。
親たちが評価したわが子の匂いは、思春期を過ぎると、配偶者や恋人の匂いと同じくらいの位置に落ち着いていました。
来年、どこかの街で笑いと拍手を浴びる研究も、誰かが「なぜだろう」と首をかしげた、ごく身近な疑問から始まるのかもしれません。
参考文献
A comparative approach to the evolution of kissing
Higher social class predicts increased unethical behavior
RETRACTED ARTICLE: Study of defensive behavior of a venomous snake as a new approach to understand snakebite(撤回済み/撤回通知)
3D necroprinting: Leveraging biotic material as the nozzle for 3D printing
Assessing soil health with underpants(受賞対象)
Soil Health Assessment Using Buried Cotton Underpants…(全体の結果)
参考文献
The 2026 Ig Nobel Prize Winners
https://improbable.com/ig/winners/
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部