原子を使わずに「結晶」ができ、光を当てると溶けた
アメリカのメリーランド大学(UMD)とスイスのチューリッヒ工科大学(ETHチューリッヒ)などの研究チームによって、原子ではなく電子そのものが並んでできた「電子の結晶」が、光を浴びて溶ける様子が捉えられました。
物質の中を自在に流れ回るはずの電子が、動くのをやめて整列するだけでも風変わりな話ですが、今回はその結晶が内部で震えていることまで光で読み取られ、さらに光を強めると整列そのものが崩れていきました。熱は一切加えていません。
論文には、これが強く結びつき合う電子の世界を光で操る道を開くものだと記されています。
熱でも圧力でもなく、光を浴びただけで崩れる結晶。電子たちの整列は、何によって支えられていたのでしょうか。
研究内容の詳細は2026年8月11日に『Nature Physics』にて発表されました。
目次
- 電子は「まばら」なほど固まる
- 電子だけでできた結晶に光を当てる
- そして結晶は光に溶けた
電子は「まばら」なほど固まる
雪の結晶、食塩の粒、ダイヤモンド。
結晶と呼ばれるものはたいてい、原子や分子がきちんと整列してできています。
ところが、原子の助けを借りずに、自分たちだけで同じことをやってのける粒子があります。
電子です。
そして電子の場合、固まる条件が私たちの常識とは正反対になります。
ぎゅうぎゅうに詰め込むと固まるのではなく、まばらにするほど固まるのです。
なぜそんなことになるのでしょうか。
電子はマイナスの電気を帯びているので、互いに反発し合っています。
普段は動き回る勢いのほうが勝っていますが、温度をうんと下げ、電子の数を思い切り減らしてやると、今度は反発が上回ります。
こうなると電子は、できるだけ互いから離れた場所に落ち着こうとし、等間隔で整然と並びます。
これが電子の結晶(ウィグナー結晶)です。
電子の結晶は、物性物理の世界で何十年も語り継がれてきた予言でした。
しかし実際に作るには強力な磁石で電子の動きを押さえ込むのが常道で、磁石の助けを借りずに作れるようになったのは、ここ数年のことです。
しかも、できたところで手の施しようがありませんでした。
原子の結晶なら赤外線やレーザーで振動を調べる手法が確立していますが、電子の結晶は繊細すぎて、同じやり方が通用しなかったのです。
電子だけでできた結晶に光を当てる
その壁を破ったのは、意外なほど素朴な方法でした。
研究チームが用意したのは、原子数個分の厚さしかない二セレン化タングステン(WSe₂)のシートです。
これを絶縁体の板で上下から挟み、電圧をかければ内部の電子の数を自由に増減できるようにしたうえで、装置全体をマイナス268℃(5ケルビン)まで冷やしました。
あとは光を当て、跳ね返ってくる光を調べるだけです。
光が当たると、シートの中では電子が1個、光のエネルギーを受け取ってもとの居場所を離れます。
そして残るのが、電子が抜けたあとの空席です。
この空席はプラスの性質を帯びるので、飛び出した電子とは引き合う関係にあります。
この光によって生じたプラスとマイナスのペアが整列した電子たちのあいだに割り込むと、きれいに並んでいた配置がゆがみます。
そして、ゆがみはその1点で終わりません。
電子たちは互いに反発し合いながら、ぎりぎりの間隔で釣り合って並んでいます。
だから一つが動かされれば、近くの電子も居場所をずらさずにはいられません。
この揺れが、電子の結晶の震え(フォノン)です。
そしてここで、面白いことが起きていました。
揺れを起こした張本人であるペアは、その揺れを引きずったまま存在することになるのです。
いわば、震えをまとった粒であり、その粒は、光の跳ね返り方にちゃんと自分の痕跡を残していました。
ペアそのものによる信号のすぐそばに、見慣れない信号が並んで現れていたのです。
震えをまとった粒(ウィグナーポーラロン)の信号でした。
決定的だったのは、この2つの信号のずれ幅です。
ずれ幅は、結晶がどれくらい細かく震えているかによって決まります。
つまり跳ね返ってきた光を測るだけで、触れることすらできなかった結晶内部の震え方が読み取れてしまうのです。
そして結晶は光に溶けた
光を当てれば結晶の中が読み取れる。
それが分かった研究チームは、今度は光そのものを強めてみることにしました。
このとき目印になったのが、反射光に写っていたもう一つの信号です。
電子がきちんと整列しているあいだだけ現れ、並びが崩れれば消えてしまう——いわば、結晶が結晶でいることの証拠となる信号でした。
この証拠を見張りながら、研究チームは光を強めていきます。
すると規則性を示す信号は少しずつ弱まり、平均4マイクロワットほどの光を当てたところで、ほとんど消えてしまいました。
整列が崩れた——つまり結晶が溶けたのです。
そもそもこの結晶は、電子を詰め込みすぎると壊れます。
今回の試料では、1平方センチあたり7000億個がその境目でした。
ところが光を注ぎ込んでいくと、この境目そのものが下がっていきました。
同じ数の電子でも、光を浴びるほど結晶ではいられなくなる、ということです。
そしてもう一つ、予想外のことが起きていました。
並びの証拠が消えていく一方で、震えを示す信号のほうは踏みとどまっていたのです。
全体としての整列は失われても、隣り合う電子同士の関係はまだ生きていた——研究チームはそう見ています。
つまり結晶は、まるごと一度に崩れたわけではありませんでした。
もっとも、なぜ光で溶けるのかは、まだ分かっていません。
光が生んだペアが電子同士の反発を和らげている可能性はありますが、目に見えるペアだけでは数が足りないのです。
電子の結晶は長らく、条件を整えたときにだけ姿を見せる「凍りついた模様」として扱われてきました。
今回明らかになったのは、その模様が震え、光に応じ、そして崩れていく、はるかに落ち着きのない相手だったということです。
磁石にも熱にも頼らないこの制御は、電子が強く結びつき合う物質を扱う新しい手法になっていくかもしれません。
元論文
Wigner polarons probe the dynamics of a Wigner crystal in a monolayer semiconductor
https://doi.org/10.1038/s41567-026-03398-x
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部