睡眠不足時の脳のリフレッシュには、仮眠と運動どっちが有効なのか?
眠気と戦いながら、なにか作業をしなければならないという場面は、日常の中でよく起こります。
では睡眠不足のまま仕事や勉強をしなければならないとき、少しでも頭の働きを保つには、仮眠を取るのと体を動かすのでは、どちらが有効なのでしょうか。
カナダのマギル大学(McGill University)のMadhura S. Lotlikar氏らの研究チームは、健康な若年成人に30時間連続で起き続けてもらった後、20分の有酸素運動、90分の仮眠、何もしない対照条件の3群に分け、その後に見た画像を3日後にどれだけ覚えていたかを調べました。
その結果、運動でも仮眠でも、同程度の高い記憶成績が示され、睡眠不足時の脳のリフレッシュには同程度有効であることが示されました。
ところが脳波を分析すると、効果は同程度でも両者の記憶を支える神経メカニズムは異なっていることがわかったのです。
では睡眠不足のとき、運動と仮眠はどのように脳の働きを改善させているのでしょうか?
この研究の詳細は、2026年8月に科学誌『Proceedings of the National Academy of Sciences』に掲載されています。
目次
- 30時間眠らなかった後、「20分の運動」と「90分の仮眠」を比較
- 運動と仮眠は「違う方法」で記憶を守っていた
30時間眠らなかった後、「20分の運動」と「90分の仮眠」を比較
睡眠は、すでに覚えた情報を定着させるだけでなく、新しい情報を記憶として取り込むためにも重要です。
過去の研究では、一晩眠らないだけでも、新しいエピソード記憶を形成する能力が低下することが示されてきました。
一方、通常の覚醒状態では短時間の有酸素運動が記憶を助けることがあり、睡眠不足の状態では仮眠が覚醒度や気分の改善に役立つことも報告されています。
しかし、強い睡眠不足の後に運動が記憶をどこまで守れるかについては研究が少なく、これまでの結果も一貫していませんでした。
また、完全な睡眠不足の後では、30分や60分の仮眠で一部の認知機能が十分に回復しなかった研究もあります。
そこで研究チームは、20分の有酸素運動と90分の仮眠が、30時間起き続けた後の新しい記憶形成をどの程度守れるのかを直接比較しました。
実験には18〜35歳の健康な成人54人が参加し、全員が起床してから30時間連続で眠らずに過ごしました。
その後、参加者は無作為に3つのグループへ振り分けられました。
運動群はエアロバイクを使い、最大心拍数の80%に相当する強度で20分間運動しました。
その前後には、それぞれ3分間のウォームアップとクールダウンも行っています。
仮眠群には研究室で90分間の睡眠機会が与えられ、対照群はエアロバイクに20分間座ったまま運動しませんでした。
介入終了から30分後、参加者は150枚のカラー画像を見ました。
この段階では、後で記憶テストを行うことは知らされていません。
3日後、以前見た150枚の画像と新しい75枚の画像を混ぜて提示し、それぞれについて「前に見た画像か」を答えてもらいました。
研究チームは、以前見た画像を正しく「見た」と判断できた割合を、記憶成績の主な指標としました。
その結果、この割合は対照群よりも運動群と仮眠群で有意に高くなりました。
しかも、運動群と仮眠群の間には有意な差が確認されませんでした。
さらに興味深いのは、主観的な疲労感への影響が両者で異なっていたことです。
仮眠群では介入後に疲労感が大きく低下しましたが、運動群と対照群の間には有意差がありませんでした。
つまり運動群は、対照群と同程度に疲労を感じていたにもかかわらず、より高い記憶成績を示していたのです。
今回の条件では、20分の運動と90分の仮眠はいずれも、強い睡眠不足後の新しい記憶形成を保護する効果を示しました。
しかし、なぜ一方は実際に眠り、もう一方は体を動かしたにもかかわらず、似たような記憶成績につながったのでしょうか。
運動と仮眠は「違う方法」で記憶を守っていた
この疑問を調べるため、研究チームは画像を見る際の脳活動を64チャンネルの脳波計で記録しました。
ここで注目したのは、大きく分けて「画像を見る直前の脳の状態」と「画像を見た後に起こる記憶形成に関係した活動」です。
仮眠群では、前頭部で睡眠圧の指標とされる徐波活動が対照群より低くなっていました。
また、記憶課題に関係する領域でも、画像を見る前のデルタ活動が最も低くなっていました。
さらに仮眠群では、画像提示前のシータ活動など、情報が入ってくる前の脳状態を示す指標が、その後の記憶成績と強く関係していました。
研究者らはこの結果について、仮眠によって睡眠圧や神経疲労が軽減され、脳が新しい情報を受け入れやすい状態になった可能性があると解釈しています。
一方、運動群では、仮眠群のような前頭部の睡眠圧の低下は確認されませんでした。
代わりに記憶成績と結びついていたのが、画像を見た後に生じるP300とベータERDという脳活動でした。
P300は必要な情報に注意を向ける際などに現れる電気的な反応で、ベータERDは情報処理のために神経活動の状態が切り替わることに関係する指標です。
運動群では、これらの活動が強く表れた人ほど、画像を正しく覚えている割合も高いという関連がみられました。
研究チームは、運動が睡眠不足そのものを解消したというよりも、睡眠不足の脳に残されている神経資源を、記憶形成のために効率よく利用できるようにした可能性を指摘しています。
一方、何もしなかった対照群では、P300が高い人ほど疲労感も強い傾向がありましたが、その活動は記憶成績の向上には結びついていませんでした。
研究者らは、対照群では睡眠不足の脳が課題に対応しようと神経資源を動員していても、それが効率的な記憶形成にはつながらない「代償的な努力」を反映していた可能性があると考えています。
このように、仮眠は記憶する前の脳状態を整え、運動は情報が入ってきたときの処理を支えるという、異なる経路から似た記憶成績につながった可能性があります。
ただし、結果の範囲には注意が必要です。
以前見た画像を正しく認識できた割合は、対照群の0.46に対して、運動群では0.56、仮眠群では0.57でした。
対照群と比べると相対的にそれぞれ約21%、約23%高い値ですが、新しい画像を誤って「以前見た」と判断する割合には群間差がなく、既出画像と新しい画像を総合的に見分ける能力を示すd′にも有意差はありませんでした。
そのため、「運動や仮眠で記憶力全般が22%向上した」とまでは言えません。
また、対象は健康な18〜35歳で、研究室で一度だけ30時間眠らせないという条件でした。
日常的に少しずつ睡眠が不足している人や、長期間夜勤を続けている人でも同じ結果になるかは分かっていません。
運動と仮眠の時間も20分と90分で異なっているため、両者の効果を単純に同等とみなすことはできません。
それでも、医療や運輸、交代勤務など、十分な仮眠時間を確保しにくい環境では、短時間の運動が睡眠不足による認知機能低下を和らげる別の選択肢になる可能性があります。
ただし研究者らも、運動が睡眠のさまざまな機能を置き換えられることを示した研究ではないと明確に述べています。
今後は実際の職場環境で、医療ミスや運転時の車線逸脱など、現場に即した指標でも効果を検証する必要があります。
参考文献
Workout or nap? Either can help your sleepless brain, study finds
https://www.mcgill.ca/newsroom/channels/news/workout-or-nap-either-can-help-your-sleepless-brain-study-finds-373881
元論文
Protecting episodic memory after sleep loss: Similar benefits of exercise and naps via distinct neural contributions
https://doi.org/10.1073/pnas.2528246123
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部