100歳を超える長寿の体内では免疫の司令塔が自らがんと闘っていた
60代や70代で亡くなった著名人の訃報を聞くと、「まだ若いのに」と感じることがあります。
そして、その死因としてしばしば挙げられるのが、がんです。
年齢を重ねれば、私たちの体では遺伝子の変異や細胞の老化が少しずつ蓄積し、がんをはじめとするさまざまな病気のリスクが高まっていきます。
それでは、110歳を超えるような人々は、そうした「高齢になるほど増えていく危険」をどのように乗り越えているのでしょうか。
大阪大学や理化学研究所、慶應義塾大学などの研究チームは、110歳以上の長寿者の免疫細胞を詳しく調べました。
すると、普通ならあまり多くない特殊なT細胞である「CD4 CTL」が、100歳前後から大きく増えていることがわかったのです。
しかもこの細胞は、がん細胞や老化細胞、体内に潜伏するウイルスなど、年齢とともに長期的な脅威となる相手を攻撃する能力を持つと考えられています。
今回の研究は、長寿者では単純に「免疫力が強い」のではなく、年齢を重ねるにつれて免疫の戦い方そのものが変化している可能性を示しています。
この研究の詳細は、2026年8月19日に科学誌『Cell Reports』に掲載されています。
目次
- 免疫の「司令塔」が、自ら敵を攻撃するようになる
- 長寿者の免疫は「未知の敵」より「体内に居座る敵」へ重点を移す?
免疫の「司令塔」が、自ら敵を攻撃するようになる
今回の研究を理解するには、まず私たちの免疫について簡単に知っておく必要があります。
私たちの体内では、細菌やウイルス、異常な細胞などから体を守るために、多くの免疫細胞が働いています。
その中心的な存在の一つがT細胞です。
T細胞にもいくつか種類がありますが、大まかに考えると、よく知られているのが「ヘルパーT細胞」と「キラーT細胞」です。
ヘルパーT細胞は主にCD4 T細胞と呼ばれ、他の免疫細胞に働きかけて免疫反応全体を調整します。
一般向けにいえば、免疫部隊の「司令塔」に近い役割です。
一方、俗に「キラーT細胞」と呼ばれるのは主にCD8 T細胞です。
こちらはウイルスに感染した細胞や異常な細胞を見つけると、自ら攻撃して破壊します。
いわば実際に前線で戦う「戦闘員」です。
ところが今回注目されたCD4 CTL(CD4 cytotoxic T lymphocyte)は、その常識から少し外れています。
もともと司令役であるはずのCD4 T細胞の一部が、グランザイムなどの攻撃用の分子を持つようになり、自ら標的細胞を殺せるようになった特殊なT細胞だからです。
つまりCD4 CTLとは、
「司令官だったヘルパーT細胞が、自ら武器を持って戦うようになった細胞」
と考えるとわかりやすいでしょう。
通常、CD4 CTLは血液中では珍しく、T細胞全体の5%未満程度です。
しかしこれまでの研究では、ウイルス感染だけでなく、肺がんや膀胱がん、メラノーマ、大腸がんなどでも、CD4 CTLが腫瘍細胞を攻撃することが報告されていました。
研究チームは以前から、110歳以上の長寿者では、このCD4 CTLが非常に多いことに注目していました。
そこで今回、日本人28人から採取した血液を使い、T細胞を1個ずつ詳しく解析しました。
対象となったのは、70~90代の8人、100歳以上の10人、そして110歳以上の10人です。
すると、T細胞全体に占めるCD4 CTLの割合の中央値は、70~90代では4.0%だったのに対し、100歳以上では9.6%、110歳以上では17.6%となっていました。
つまり、100歳前後からCD4 CTLが目立って増えていたのです。
さらに研究チームは、1500以上のサンプル、合計500万個を超える細胞を含む公開データも解析しました。
その結果でも、若い年代ではCD4 CTLの割合は低い一方、非常に高齢になると割合が大きくなることが確認されました。
しかも研究では、CD4 T細胞がいきなり別の細胞になるのではなく、CD27、CD28という細胞表面の目印を順番に失いながら、徐々に攻撃能力を獲得していく様子も見つかっています。
つまり実際に、「ヘルパー役から攻撃役へ」という段階的な変化が起きていると考えられるのです。
長寿者の免疫は「未知の敵」より「体内に居座る敵」へ重点を移す?
では、なぜ超高齢になると、こうした特殊なT細胞が増えるのでしょうか。
研究チームが注目しているのが、長期間にわたって体内に存在し続ける脅威です。
CD4 CTLを詳しく調べると、同じ特徴を持った細胞が大量にコピーされていました。
中でも最も大きく増えたクローンは、CD4 CTL全体の平均33.3%を占めていました。
これは、ある特定の標的に繰り返し遭遇することで、その相手に対応するT細胞が何度も増殖してきた可能性を示しています。
さらに研究チームは、長寿者で増えていたCD4 CTLが「どのような敵に反応しているのか」を探るため、敵を見分ける受容体(TCR)の配列を詳しく分析しました。
その結果、一部のCD4 CTLが持つ受容体は、がんに関連する免疫反応で確認されているT細胞の受容体と一致していました。
特に、非小細胞肺がんや乳がん、肝細胞がんに関連する受容体との一致が確認されています。
興味深いことに、今回調べられた100歳以上、110歳以上の参加者には、これら3種類のがんの既往歴は確認されていませんでした。
このことから研究チームは、長寿者で増えていたCD4 CTLの一部が、まだ病気として表面化していない段階から、がんに関係する異常を捉えて反応していた可能性を考えています。
また、CD4 CTLが狙う可能性があるのは、がんだけではありません。
過去の研究では、CD4 CTLが老化細胞を排除したり、体内に長期間潜伏しているウイルスに反応したりすることも報告されています。
今回の論文でも、腫瘍、老化細胞、再活性化した潜伏ウイルスなどが、加齢した体内で長期的な標的となり得るものとして挙げられています。
ここから見えてくるのが、長寿者における免疫戦略の変化です。
若い人の免疫には、まだ出会ったことのない細菌やウイルスなど、多種多様な敵に対応することが求められます。
そのため若い時期には、さまざまな標的を見分けられる多様なT細胞をそろえておくことが重要です。
しかし年齢を重ねるにつれて、状況は変わります。
体内では、老化細胞や異常細胞、潜伏ウイルスなど、一度現れるとなかなか消えない「長期的な敵」が増えていきます。
研究チームは、こうした変化に合わせて高齢者の免疫が、「さまざまな未知の敵に広く備える戦略」から、「長年体内に存在する特定の敵を重点的に監視する戦略」へ移っていった可能性を考えています。
そして110歳以上まで生きる人々では、その変化の一つとして、本来は司令役だったCD4 T細胞の一部がCD4 CTLへと変化し、自ら危険な細胞を攻撃するようになっていたのです。
しかも、これらのCD4 CTLは、免疫細胞が働きすぎて機能を失う「疲弊」の特徴があまり見られませんでした。
長寿の人の体内では、疲れ知らずの司令官が自ら長年の敵と闘っているような状況なのかもしれません。
ただしCD4 CTLは、多ければ多いほどよい細胞というわけではありません。
過剰に増えれば、自己免疫疾患や心血管疾患、慢性的な炎症などに関係する場合もあり、研究者らもCD4 CTLを「諸刃の剣」と表現しています。
それでも今回の研究は、健康長寿について興味深い見方を提示しています。
110歳まで生きる人は、年齢とともに体内の環境が変化していく中で、免疫の司令役だった細胞まで戦闘員へと変え、がんや老化細胞などの長期的な脅威に対応する新しい防衛体制を築いている可能性があるのです。
長寿の秘密は、若さをそのまま保つことではなく、老化した体に合わせて「戦い方を変え続けられること」にあるのかもしれません。
元論文
CD4 CTLs in supercentenarians: Signs of adaptive expansion in healthy aging
https://doi.org/10.1016/j.celrep.2026.117728
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部