睡眠不足になると「ランニングスタイル」が変わる――隠しても「足腰」からバレる
ベルギーのルーヴェン・カトリック大学(KU Leuven)で行われた研究によって、徹夜明けのランナーの走り方には本人も気づかないほど小さな変化が現れており、腰に着けたセンサー1つでそれを見抜けることが示されました。
睡眠不足がやる気や集中力を奪うことはよく知られていますが、影響は「走りのフォーム」という無意識の領域にまで及んでいたことになります。
論文では、本人の「よく眠れた日の走り」と比較することで、機械学習が最大85%の精度で睡眠不足状態を判別できたと報告されています。
寝不足の体では、走りのいったい何が変わってしまうのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年7月15日にプレプリントサーバー『bioRxiv』にて発表されました。
目次
- 徹夜明けの体は「いつもの走り」を忘れている
- AIは「寝てない走り」を見抜ける
- なぜ眠らなかっただけで走り方が変わるのか?
徹夜明けの体は「いつもの走り」を忘れている
徹夜明けでも、走り出してしまえば案外いつも通り――そんな感覚に心当たりのあるランナーは多いはずです。
実際、一晩の寝不足でタイムが劇的に崩れるわけではなく、フォームの乱れをはっきり自覚することもほとんどありません。
しかし、体は思った以上に正直でした。
これまでの研究で、睡眠不足が持久力を低下させることや、よく眠れていないランナーほど怪我が多いことは分かっていました。
ただ、調べられてきたのは主にパフォーマンスや心拍数・酸素消費といった生理的な指標で、「体の動かし方そのもの」の変化はごく最近、研究室の本格機材でようやく確認されたばかりでした。
そこで研究チームは、走る習慣のある男女21人(女性11人・男性10人)に、1週間の間隔を空けて2回、トレッドミルを走ってもらいました。
1回は普段どおり眠った翌朝、もう1回は一睡もせず徹夜した翌朝です。
走行中の動きは、研究室に据えられた本格的なモーションキャプチャと、腰に着けた小さな市販センサーの両方で、同時に記録しました。
その結果、徹夜明けの走りには、はっきりとした傾向が現れました。
同じ速度で走っているにもかかわらず、1分あたりの歩数(ピッチ)が1〜3歩少なくなり、足が地面に着いている時間(接地時間)が延び、さらに一歩ごとの動きのばらつきも増える傾向にありました。
毎回の一歩が同じリズム、同じ着地で刻まれなくなり、フォームが微妙に揺らぎ始めていたことになります。
ぐっすり寝た日も徹夜した日も、本人の感覚では「同じように走っている」つもりです。
ところが実際には、たった一晩眠らなかっただけで、練習で体に染みついたはずのフォームが静かにズレ始めていました。
では、この小さなズレをAIに学ばせることはできるのでしょうか?
AIは「寝てない走り」を見抜ける
研究チームは記録したデータをAI(機械学習)に学習させ、同じ人の走行データを並べて「どちらが徹夜明けの走りか」を当てさせるテストを行いました。
結果は驚くべきものでした。
腰につけた市販センサー1つのデータだけで、AIは最大85%の精度で徹夜明けの走りを言い当てたのです。
さらに意外だったのは、機材同士の勝負の行方です。
研究室に据えられた13台の赤外線カメラで全身を撮影する本格的なモーションキャプチャ装置が徹夜を見抜く精度は最大83%。
事前の予想では、圧倒的に多くの情報を取れる研究室の装置が勝つはずでした。
ところがフタを開けてみれば、腰のセンサー1つがほぼ互角どころか、数字の上ではわずかに上回ってしまったのです。
研究チームによれば、睡眠不足による走りの変化をウェアラブル機器で検出できると示したのは今回が初めてです。
ただし、この高い的中率には「同じ人を比べた場合」という条件がありました。
人によって走り方はそもそも大きく違ううえ、徹夜したときのフォームの変わり方の大きさにも、かなりの個人差があったのです。
そのため、ある人の走行データ1本だけを見せて「これは徹夜明けの走りか?」とAIに尋ねた場合の正解率はほぼ50%、つまりあてずっぽうと同じレベルにまで落ちました。
人それぞれのフォームの違いは、睡眠不足がもたらす変化よりもはるかに大きく、寝不足のサインはフォームの個性の中に溶けてしまったのです。
しかし逆を言えば、「よく寝た日の自分の走り」さえ記録してあれば、腰のセンサー1つでその人の寝不足の走りを高い精度で見抜けるということです。
日頃から自分の走りを記録しておけば、朝のジョグひとつで「今日は体が寝不足モードです」と警告してくれる――そんなアプリやデバイスの登場も期待できるでしょう。
コーチが選手の隠れた睡眠問題やオーバーワークを、本人の自己申告に頼らず察知する道も開けるかもしれません。
それにしても、なぜ眠らなかっただけで走りが変わったのでしょうか?
なぜ眠らなかっただけで走り方が変わるのか?
走っている間、脳は着地の瞬間に備えて、脚の筋肉をあらかじめ働かせ、脚全体をバネのように硬く準備しています。
地面に足がつく前に「この先の衝撃」を予測して体を整える、いわば先読みの制御(フィードフォワード制御)です。
研究チームは、睡眠不足がこの先読みの精度を鈍らせると考えています。
脚の準備が間に合わないまま着地するため、足が地面についている時間が延びる、という筋書きです。
筆頭著者のセイナエブ氏も、睡眠不足で注意力が落ち、着地への準備に集中できなくなることを仮説として挙げています。
一歩ごとのばらつきが増えたのも、同じ根から説明がつきそうです。
睡眠不足は体の感覚を捉えて動きを調整する働きや、注意を保つ働きを鈍らせるため、リズミカルな運動を一定に保ちにくくなると考えられるのです。
寝不足の朝に足元がおぼつかなくなるのと同じような仕組みが、ランニングのフォームにも顔を出していたのかもしれません。
そして、この動きの変化が気になるのは、怪我との関係です。
2025年に発表された339人のランナーを半年間追跡した研究では、睡眠の質が悪いランナーほど怪我のリスクが36%も高いことが報告されています。
ただ、なぜ寝不足が怪我につながるのか、その中身はよく分かっていませんでした。
しかし今回の研究結果により、寝不足が体の各部位にかかる負荷の配分を変え、怪我リスクを押し上げる一因になっている可能性がみえてきました。
古くから寝不足と怪我は「頭がボーっとしているからだ」のように抽象的に言われてきましたが、私たちはついに、その具体的な中身に手を伸ばしつつあると言えるでしょう。
大事なレースや長い距離を走るアスリートたちにとっては、前日にちゃんと眠ることの意味も変わるかもしれません。
苦労して身に着けたフォームを本番で発揮し、体を怪我からを守るという、より具体的な目的もなるはずだからです。
元論文
Detecting Sleep Deprivation from Running Biomechanics Using Machine Learning Classification: A Comparison Between Wearable and Laboratory Motion Capture
https://doi.org/10.64898/2026.07.14.738397
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部