水生生物から陸上生物への移行には、両生類のような変態は必要なかった
アメリカのフィールド自然史博物館(FMNH)の研究によって、水生動物が陸上に進出する時期に生きていた初期の四足動物たちは、カエルのようなオタマジャクシの時代を経る変身(変態)を経験していませんでした。
およそ3億年前の”赤ちゃんの化石”から、彼らが生まれたときにはすでに成体と共通する体の設計を備え、そのまま育っていくタイプだったことがわかったのです。
これはつまり、両生類のような変態は、四足動物のはじめから備わっていた”標準の育ち方”ではなかった、ということになります。
変態という「水中の子ども時代から、陸の大人へ」という体の作り替えがなかったのだとしたら、いったい何が、生き物を陸へと運んだのでしょうか?
研究内容の詳細は2026年6月18日に『Science』にて発表されました。
目次
- 私たちがイメージする「進化の階段」
- 赤ちゃんの化石が語った、決定的な証拠
- 水生動物はオタマジャクシにならずに陸上に進出した可能性がある
- では、何が私たちを陸へ運んだのか
私たちがイメージする「進化の階段」
長いあいだ、私たちはこんな進化のイメージを教わってきました。
海にいた魚の一部がカエルのような両生類になり、両生類の一部がトカゲのような爬虫類になり、やがて哺乳類が生まれ、最後に私たちへ——。
一段ずつ階段をのぼっていくような、すっきりとした物語です。
その階段のいちばんの難所が、「水から陸へ」という上陸でした。
そして、初期の四足動物は、いまのカエルやサンショウウオとそっくりな育ち方をしたはずだ、と考えられてきました。
つまり、子どものうちは水中で息をするエラを持つ”オタマジャクシ”のような姿で過ごし、大人になるときに体を一気に作り替える——エラを失い、肺をふくらませ、新しい手足を手に入れて、陸へ上がる、というわけです。
この体の大改造を、変態と呼びます。
そして長いあいだ、「この変態こそが、生き物を水から陸へと運んだ”橋”だったのだ」という有力な仮説がありました。
なぜ、そう考えるのが自然だったのでしょう。
理由のひとつは、初期の四足動物にいちばん姿が似た現生の動物が、ほかでもないサンショウウオ——変態する両生類——だったからです。
「これほど似ているのだから、育ち方もきっと似ていたのだろう」。そう考えるのは、ごく自然なことでした。
ところが、ここで素朴な疑問がわいてきます。
「初期の四足動物はオタマジャクシのようだった」と、これほど長く信じられてきたのなら、その証拠になる”オタマジャクシのような赤ちゃんの化石”が、たくさん見つかっていてもよさそうなものです。
しかし、そうではありませんでした。
生まれたての赤ちゃんは、化石としてほとんど残らないのです。
体が小さく、骨格の一部はまだやわらかい軟骨でできていて、死ぬとあっという間に分解されてしまうからです。
そのため「子ども時代は水中、大人になれば陸上」という両生類型のイメージは、長いあいだ、肝心の証拠がないまま語り継がれてきました。
転機は、いまから約10年前に訪れます。
当時まだ博士課程の大学院生だったマン氏は、四足動物担当の学芸員ジョン・ボルト氏から、ある不思議な化石を見せてもらいました。
米イリノイ州のメイゾン・クリークという、軟らかい体まで残る奇跡の産地から出た、ごく小さな生き物です。
その正体は、しばらく誰にも分かりませんでした。骨格の形を手がかりにしながら、走査型電子顕微鏡で細部まで確かめていくと、ようやく姿が見えてきます。
エンボロメアという絶滅動物の、生まれたばかりの赤ちゃんだったのです。
成体のエンボロメアは、体長2〜3メートルにもなる巨大な生き物でした。
たとえるなら、ワニとウナギを混ぜたような姿の、水辺の王者です。
大森林が栄えた石炭紀(およそ3億年前)の湖や沼で、食物連鎖の頂点に君臨していました。
ところが生まれたばかりのときは、体長わずか1〜2センチメートル。
10円玉ほどの小ささから、3メートルの巨体へ。じつに100倍以上も成長する生き物だったのです。
赤ちゃんの化石が語った、決定的な証拠
では、この赤ちゃんの化石は、いったい何を語っていたのでしょうか。
もし教科書の仮説が正しいなら——つまり、初期の四足動物がカエルやサンショウウオのように育ったのなら——この赤ちゃんの体には、ある特徴が残っているはずでした。サンショウウオの幼生がもつ、外鰓(がいさい)です。
外鰓とは、頭の横からふさふさと突き出た、羽根のような形のエラのこと。
水中で息をするための器官で、サンショウウオ型の水生幼生によく見られ、変態のときに体へと吸収されていきます(外鰓そのものが肺に変わるわけではなく、入れ替わるように肺が呼吸を担っていきます)。
いわば外鰓は、「オタマジャクシ的な子ども時代を過ごした証拠」として化石に残るはずの、わかりやすい目印なのです。
ところが——。
エンボロメアの赤ちゃんの化石に、外鰓の痕跡は、まったくありませんでした。
さらに頭の骨には、成体と共通する重要な骨が、孵化してまもないのに少しずつ骨へと変わりはじめていました。
お腹には、卵の中で蓄えていた栄養(卵黄)がたっぷり残っていて、これは餌を食べはじめる前の、本当に生まれたての個体である証拠です。
さらにこの赤ちゃんには、小さな前足も備わっていました。
劇的な作り替え(変態)の痕跡はどこにもなく、生まれたときから成体と共通する設計を、少しずつ完成させながら育っていた過程が取れたのです。
これが、変態を経ない育ち方(直接発生)を支える証拠でした。
とはいえ、エンボロメアだけの結果では、「たまたまこの種が特殊だっただけでは?」と言われかねません。
そこで研究者たちは同じ時代・同じ場所に生きていた、別の2グループの動物の赤ちゃんも調べたのです。
しかもこの3グループは、魚に近いもの、足を持つもの、いったん得た足を失ったものと、「水から陸へ」の道のりのさまざまな段階を代表する、いわばバラバラの顔ぶれでした。
結果は、どれも同じ。
一時的な幼生の器官はなく、変態を経た形跡もまったく見あたりません。
パルド氏は「魚から四足動物への進化の道のりにおいて、さまざまな系統を代表する多くの種を調べましたが、そのどれもが、オタマジャクシに少しでも似た特徴を持っていませんでした。オタマジャクシがいなければ、変態もありません」とべています。
こうして、証拠はそろいました。鰭(ヒレ)から四肢への移行をまたぐ初期の四足動物たちは、オタマジャクシのような一時的な幼生期も、劇的な変態も経ていなかった。
卵から出たときには、すでに成体と共通する体の設計を備えて、生まれていたのです。
水生動物はオタマジャクシにならずに陸上に進出した可能性がある
中学理科のまとめ教材などでは、脊椎動物の出現した順序は「魚類→両生類→爬虫類→哺乳類」と説明されます。
魚類が最初に現れ、しだいに陸へ適応する仲間が登場した——という”登場の順番”としては、これは今も使われています。
ただし注意したいのは、これはあくまで”出現した順番”であって、「魚→両生類→爬虫類→哺乳類」と一本道で受け渡されていく系譜ではない、ということです。
DNAなどを用いた系統解析からも、両生類の仲間と、爬虫類・哺乳類の仲間(有羊膜類)は、共通の祖先から早い段階で枝分かれしたと考えられています。
爬虫類と哺乳類も「一つ前、一つ後」の関係ではなく、枝分かれした”遠い兄弟”なのです。
では、魚類・両生類・爬虫類・哺乳類は、実際にはどう枝分かれしてきたのでしょうか。そのカギをにぎるのが、研究者たちが調べた「エンボロメア」たちでした。
かつてエンボロメアは「両生類の一種」と考えられていました。けれどいまでは、両生類でも爬虫類でも哺乳類でもなく、それらのどれもがまだ枝分かれする”前”の段階にいた動物だと分かっています。
科学者は、この位置にいる動物を「幹四足動物(かんしそくどうぶつ)」と呼びます。
そしてこれまでは、この幹四足動物の段階で、すでにオタマジャクシのような水生の幼生期と変態をへて大人になっていた、と考えられてきました。
その性質が、のちに枝分かれする両生類だけでなく、爬虫類や哺乳類の祖先にも受け継がれた——つまり「オタマジャクシ的な時期は、みんなの先祖が通ってきた共通の道だ」と思われていたのです。
ところが今回の発見は、その前提をくつがえしました。
鰭(ヒレ)から四肢への移行をまたぐ幹四足動物たちは、変態をしていなかったのです。
さらに研究者たちの見立てでは、変態というしくみが登場したのは、四足動物が指のある手足を手に入れた時期から、少なくとも4000万年、長ければ6000万年も後のことであることが示されました。
つまり変態は、生き物を水から陸へ運んだ”原因”ではありませんでした。
陸の暮らしへ適応していく長い流れのなかで、あとから加わった”後発の適応”だったのです。
ただし、その変態が「いつ・どこで」生まれたのかは、まだ決着していません。
論文は、同じくらい確からしい2つの可能性を挙げています。
ひとつは、四足動物の根元あたりで変態が一度だけ生まれ、その後、有羊膜類(爬虫類・哺乳類)などで失われた、という筋書き。
もうひとつは、両生類側などで、変態が複数回、別々に獲得された、という筋書きです。どちらが正しいかは、これからの課題として残されています。
陸への橋は、魔法のような一発の変身ではありませんでした。
長い時間をかけた、地道な”足づくり”と”口づくり”——そう考えるほうが、ずっと自然なのです。
研究を率いたパルド氏は、こう語ります。
「私たちは進化について、『魚の一部が両生類に進化し、その両生類の一部が爬虫類に、その爬虫類の一部が哺乳類に進化した』という単純化された物語を教えられてきました。しかし私たちの研究は、最初の四足脊椎動物が両生類のように成長したという、その基本的な前提が間違っていることを示しているのです」
ここまで読んで、「面白い話だけれど、自分には関係ないかな」と思われた方もいるかもしれません。
けれど、この発見は、私たち人間の体ともつながっています。
パルド氏は言います。「これら初期の四足動物の一生は、両生類よりも、むしろ私たち人間や魚類の一生に近いのです」。
たしかに私たちの赤ちゃんも、お母さんのお腹の中で時間をかけて育ち、生まれたときにはもう、人間の姿をしています。
生まれたあとに、エラが生えたり、尾が消えたり、体じゅうが別の姿へ作り替わったりはしません。
私たち人間も、別の体へ”変態”するのではなく、生まれたときの基本設計を少しずつ完成させながら育つ——その点では、あの赤ちゃんたちと似ています。
では、何が私たちを陸へ運んだのか
変態という”魔法”がなかったのなら、いったい何が、生き物を水から陸へと押し上げたのでしょうか。
実は、ここにも今回の研究の、もうひとつの手がかりがありました。
あのエンボロメアの赤ちゃんは、たしかに足を持っていましたが、その足はまだ小さく、支える肩まわりの骨も固まりきっていませんでした。生まれてしばらくは、しっかり歩ける体ではなかったのです。
そのため研究者たちは、自由に泳ぎはじめた幼体でも四肢がまだ未発達だったことを踏まえると、本格的に陸へ進出するには、まず足の発達を”前倒し”にすること、つまり赤ちゃんの時期から脚を作ることが、欠かせない条件だったのではないか、と。
そして論文では、もうひとつの条件にも触れています。
それは、口まわりの作り替えです。
水の中で獲物を吸い込んで食べていたしくみを、陸の上で食べ物を扱えるように、口や首ごと変えていくこと。
歯やあご、唾液を出すしくみを整えること。そうした地道な改良の積み重ねこそが、上陸の本当の鍵だったのかもしれません。
変態こそが、水から陸への橋渡しだった――という長く語られてきたその物語について、パルド氏は「その説は、もう通用しません。まるで、風に舞う塵のように消えてしまったのです」と述べています。
幹四足動物が、いつ、どこで、どうやって、より陸に適した姿になっていったのか——その全貌は、まだ分かっていません。
けれど、爬虫類や哺乳類へとつながる幹の系統で、両生類のような変態が”もともとの育ち方”ではなかったらしいとわかったことは、上陸の物語を解き明かすうえで、大きな一歩になります。
鰭から四肢への移行をまたいだ初期の四足動物たちは、オタマジャクシではありませんでした。
遠い時代の小さな赤ちゃんと私たちは、その”育ち方”のいちばん古いかたちで、つながっているのかもしれません。
参考文献
Fossilized babies of ancient crocodile-like predators uproot scientists’ understanding of how animals adapted to the land
https://www.fieldmuseum.org/about/press/fossilized-babies-of-ancient-crocodile-like-predators-uproot-scientists-understan?utm_source=chatgpt.com
元論文
Direct development of stem tetrapods across the fin-to-limb transition
https://doi.org/10.1126/science.aeb7635
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。
大学で研究生活を送ること10年と少し。
小説家としての活動履歴あり。
専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。
日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。
夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部