年を取ると、記憶力が落ちる。


そう聞くと多くの人は、「覚えていたことを忘れてしまう」現象を思い浮かべるでしょう。


しかし、記憶力低下の原因は、単に記憶が消えることだけではないのかもしれません。


東京都医学総合研究所の研究チームは、ショウジョウバエの長期記憶を調査し、加齢による記憶低下の一因が「忘却」ではなく、「記憶の汎化(混同)」にあることを明らかにしました。


研究成果は、2026年4月1日付で学術誌『PLOS Biology』に掲載されました。




目次



  • 老化したハエは「忘れた」のではなく、記憶反応が別の匂いにまで広がっていた
  • 記憶の境界をぼやけさせていたのは、過剰なドーパミン活動だった

老化したハエは「忘れた」のではなく、記憶反応が別の匂いにまで広がっていた


私たちが何かを覚えるとき、脳の中では特定の神経細胞群がその記憶に関わるようになります。


こうした細胞は「エングラム細胞」と呼ばれ、記憶を思い出すときにも再び活動すると考えられています。


今回、研究チームは、加齢による長期記憶の低下が、このエングラム細胞を作れなくなることで起きるのか、それとも別の問題で起きるのかを調べました。


実験に使われたのはショウジョウバエです。


ショウジョウバエは、ある匂いをかいでいる最中に電気ショックを受けると、その匂いを避けるようになります。


この訓練を一定の間隔を空けて繰り返すと、長期記憶が形成されます。


研究チームは、若いハエと老化したハエにこの訓練を行い、長期記憶に関わるエングラム細胞が作られるかを調べました。


すると、老化したハエでもエングラム細胞は若いハエとほぼ同じように形成されていました。


さらに、その細胞を人工的に活性化すると、老化したハエでも回避行動が起こりました。


つまり、老化したハエは記憶を担う細胞を作れなくなっていたわけではなく、その細胞も機能していたのです。


では、何が問題だったのでしょうか。


違いは、記憶を思い出すときに現れました。


若いハエでは、電気ショックと結びついた匂いを提示したときだけ、エングラム細胞が強く反応しました。


ところが老化したハエでは、ショックと結びついた匂いだけでなく、ショックと結びついていない匂いや、新しい匂いにもエングラム細胞が反応してしまったのです。


行動実験でも同じ傾向が見られました。


若いハエは学習した匂いを避ける一方で、無関係な匂いには強い回避を示しませんでした。


しかし老化したハエでは、ショックと結びついていない匂いや、新しい匂いにまで回避反応が広がっていました。


これは、老化したハエが「危険な匂いを忘れた」のではなく、危険な匂いに結びついた記憶反応が、別の匂いにまで広がっていたことを示しています。


では、なぜ老化したハエでは記憶の境界がぼやけてしまうのでしょうか。


記憶の境界をぼやけさせていたのは、過剰なドーパミン活動だった


研究チームが注目したのは、学習した内容が長期記憶として安定していく「記憶固定」の過程です。


本来、記憶固定の間には、神経回路の活動が細かく調整されます。


若いハエでは、グリア細胞がEAAT1という仕組みを使って余分なグルタミン酸を取り込み、記憶固定中の神経活動が広がりすぎないようにしていると考えられます。


グルタミン酸は、神経細胞の活動を高める代表的な神経伝達物質です。


そのため、必要以上に働くと、記憶を作る神経回路の反応が広がりすぎる可能性があります。


老化したハエでは、このグルタミン酸の調整がうまく働きませんでした。


その結果、PPL1と呼ばれるドーパミン神経の活動が、記憶固定中に過剰に高まっていたのです。


ドーパミンは学習や記憶に重要な物質ですが、働きが強ければ強いほどよいわけではありません。


今回の結果からは、記憶固定中にドーパミン神経が過剰に活動すると、エングラム細胞の反応範囲が広がりすぎ、本来は関係のない匂いでも記憶が呼び出されてしまうと考えられます。


実際に、若いハエでPPL1ドーパミン神経を人工的に活性化すると、老化したハエのように記憶の汎化が起こり、記憶成績が低下しました。


反対に、老化したハエで記憶固定中のPPL1ドーパミン神経の活動を抑えると、無関係な匂いへの反応が減り、記憶が改善されました。


今回の研究は、ショウジョウバエの老化による記憶低下の原因が、「忘却」ではなく「記憶の混同」だったことを示しました。


この結果は、人間の加齢性の記憶障害を考えるうえで重要です。


研究チームは今後、今回の発見が哺乳類やヒトにも共通しているかを調べることで、加齢性記憶障害やPTSDなどに見られる記憶の異常な再活性化の理解にも役立つと期待しています。


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参考文献

加齢による記憶低下の原因は「忘却」ではなく「記憶の混同」だった ―ショウジョウバエで明らかになった新たな記憶障害の仕組み―
https://www.igakuken.or.jp/topics/2026/0430.html

元論文

Aberrant dopaminergic activity during consolidation causes age-related memory generalization in Drosophila
https://doi.org/10.1371/journal.pbio.3003752

ライター

矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 年を取ると記憶力が落ちる―原因は記憶の「消去」ではなく「混同」だった