科学は「正しければ広がる」わけではなかった――1200本の人気動画で見えたSNS別の勝ち筋
スペインのサラゴサ大学(Universidad de Zaragoza)で行われた研究によって、科学の話は「正しければ自然に広がる」わけではなく、TikTok・Instagram・YouTubeで刺さる見せ方がかなり違うことが示されました。
これはなかなか意外です。
私たちはつい、正しく正確な科学ならどこに出しても人気になると思いがちですが、実際には短く強くつかむ場所もあれば、じっくり説明してようやく光る場所もありました。
同じ科学の話なのに、なぜSNSが変わるだけで「勝ち方」まで変わってしまうのでしょうか。
研究内容の詳細は『Computers in Human Behavior』にて公開されました。
目次
- なぜ同じ科学でもSNSで反応が変わるのか?
- TikTokは反応、YouTubeは説明、Instagramは雰囲気
- 研究者たちが見つけた勝ち筋のヒント
- 科学系インフルエンサーの虎の巻
なぜ同じ科学でもSNSで反応が変わるのか?
昔、科学は少し遠い場所にありました。
研究室で生まれた発見は、難しい論文や専門誌を通って、ようやく一般の人のところへ届いていました。
ところが今は違います。
生物学者でも物理学者でも、スマホで短い動画を撮れば、その日のうちに何万人、何十万人へ届く時代です。
ここだけ見ると、科学はずいぶん身近になったように見えます。
けれど、話はそう単純ではありません。
情報が多すぎる今のネットでは、正確でまじめな内容が、そのまま勝つとは限らないからです。
むしろ、内容はしっかりしているのに埋もれてしまう発信もたくさんあります。
一方で、なぜかごく一部の科学発信は、爆発的に広がっていくこともあります。
たとえばSNSで流れてきた動画が、次々とシェアされたり、「いいね」を集めたり、コメントで盛り上がったりして、あっという間に何十万人に届いてしまうのです。
研究者たちが気になったのはまさにその現象でした。
なぜ、同じように科学の話をしていても、ある投稿は次々に広がり、別の投稿はまったく広がらないのか。
そこには、単に内容の良さや正しさだけではない、別の秘密があるのではないかと考えたのです。
そこで今回研究者たちは、科学系インフルエンサーの人気投稿をSNS別・分野別に比較しました。
投稿がどれだけ注目されるかは、違いは内容の良し悪しだけではなく、出す場所そのものの性格に左右されている可能性があったからです。
本当に、SNSごとに科学の勝ち筋などというものがあるのでしょうか。
TikTokは反応、YouTubeは説明、Instagramは雰囲気
本当に、SNSごとに科学の勝ち筋などというものがあるのでしょうか。
その答えを確かめるために、研究者たちはまず「どんな投稿が実際に人の反応を集めているのか」を丁寧に集めるところから始めました。
対象にしたのは、Instagram、TikTok、YouTubeで活動している科学系インフルエンサーで、それぞれのアカウントから特によく伸びた動画だけを選び出しています。
具体的には60のアカウントから、人気の高い動画を20本ずつ取り出し、合計1200本というかなり大きなサンプルを作りました。
ここで大事なのは、「普通の投稿」ではなく「すでに成功している投稿」に絞っている点で、いわば“勝っているパターン”を集めて観察しているのです。
そして研究者たちは、単にいいねやコメントの数を比べるだけではなく、その動画の中でどんな言葉が使われているのかにも注目しました。
動画の音声を文字に書き起こし、それがどれくらい前向きか後ろ向きか、主観的なのか、皮肉が含まれているのかといった特徴まで機械を使って分析したのです。
こうして見えてきたのが、まずはっきりとした「SNSごとの違い」でした。
- TikTokの特徴
TikTokがもっとも多くの反応を集めており、いいねやコメント、リアクションといった指標で他のプラットフォームを上回っていました。
これは、短い時間の中で視聴者の注意をつかみ、その場で反応させる仕組みが強く働いている可能性があります。
言いかえるなら、TikTokは「見た瞬間に何かを感じて動く」ような体験を作りやすい場所なのです。
- YouTubeの特徴
一方でYouTubeは、数字だけを見るとやや違った顔を見せていました。
投稿あたりのいいねやコメントはTikTokほど多くはありませんでしたが、その代わりに動画の中身にははっきりした特徴がありました。
主観的な語りや、少しひねった皮肉のような表現が他より多く見られ、長い時間を使って説明するスタイルが目立っていたのです。
つまりYouTubeは、「すぐ反応される場所」というより、「じっくり話を聞いてもらう場所」として機能していると著者たちは解釈しています。
- Instagramの特徴
そしてInstagramは、TikTokともYouTubeとも少し違う顔を見せる結果でした。
投稿の説明文では前向きな言葉が多く使われ、全体としてポジティブな雰囲気が強い傾向が見られました。
また、見た目の印象や全体の雰囲気といった要素も重要で、内容そのものだけでなく「どう見せるか」が大きく影響していると考えられます。
このように同じ科学の話でも、置かれる場所によって「求められる伝え方」が変わってしまうことが、はっきりと浮かび上がってきました。
さらに興味深いのは、SNSだけでなく「科学の分野」ごとにも違いが現れたことです。
工学や物理のような分野では、いいねやリアクションといった反応が全体的に高くなりやすく、「すごい」「なるほど」と受け取られやすいのかもしれません。
それに対して社会科学の分野では、いいねの数はそれほど伸びなくても、コメントが非常に多くなる傾向がありました。
社会系の内容に対して視聴者は意見を言いたくなる、議論をしたくなるという反応が起きやすいのかもしれません。
健康科学について著者たちは、事実に基づいた説明を保ちながらも、親しみやすさを持った語りが有効だと提案しています。
また実験科学の分野では、少し明るさやユーモアを加えることが、より多くの反応につながる可能性があると著者たちは提案しています。
このように、分野ごとに「合いやすい話し方」が違うという点も、この研究の大きな発見の一つです。
さらに今回の研究では「感情を強くすれば勝てるのか?」という問いにも答えています。
ネットではよく、「とにかく感情に訴えればバズる」と言われることがあります。
たしかに今回の分析対象(人気を集めている科学系投稿)においても、言葉の雰囲気と反応の間にはある程度の関係は見られました。
ただその影響はそれほど大きくはありませんでした。
むしろ重要だったのは、どのSNSで、どの分野の話を、どんな形で届けたのかという組み合わせのほうだったのです。
ここから見えてくるのは、とてもシンプルでありながら重要な事実です。
科学の人気は「内容が正しいかどうか」だけでは決まらず、「どんな器に入れて出したか」によって大きく変わってしまうということです。
料理が同じでも、皿や出し方で印象が変わるように、科学もまた伝え方次第でまったく違う反応を生むのかもしれません。
研究者たちが見つけた勝ち筋のヒント
今回の研究からは、「良い科学の話をしていれば自然に広がる」という考え方が、残念ながら通用しないことがよくわかります。
科学の発信は、「何を話すか」だけでなく、「どこで、どう話すか」までしっかり考えなければ届きにくいのです。
しかしこれは、がっかりするような話ではありません。
むしろ科学の魅力を損なわずに、伝え方を工夫することで、もっと多くの人に届けられる可能性があるという希望にもなる話なのです。
同じ内容でも、TikTokでは思い切って短くわかりやすく伝え、Instagramでは見た目や雰囲気を整え、YouTubeではじっくり丁寧に話す。
このように科学そのものを薄めたり変えたりすることなく、SNSの「場」の特徴に合わせて伝え方を少し工夫するだけで、多くの人に伝わるようになるかもしれません。
これは今まであまり意識されてこなかった、非常に重要なポイントをはっきりと示した成果です。
さらに論文で示されているもう一つ重要な視点があります。
それは、SNSがただ情報を流す「通路」ではなく、科学の姿そのものを変えてしまう「フィルター」のような役割を果たしているということです。
考えてみると、私たちはSNSごとに違った気分や期待感を持って集まります。
TikTokなら短くて驚きのある動画を、Instagramなら美しく心地よい投稿を、YouTubeなら詳しい説明や納得感を求めるという具合です。
さらにSNSのアルゴリズムと呼ばれる機能も大きく関わっています。
アルゴリズムとは、「人が何に興味を持つか」を予測し、それに合わせて動画や投稿を見せる順番を調整する仕組みのことです。
これが私たちの目に入る科学情報の種類や順序を決めるため、どの科学が人気になり、どの科学が見過ごされてしまうかまで影響しうるのです。
このように、科学を伝えるということは、もはや科学の内容だけの問題ではなく、どこでどのように情報を届けるかという「場のデザイン」も考える必要があるのでしょう。
もちろん、この研究の通りにすればどんな人も成功するというわけではありません。
というのも、今回研究者が調べたのは、もともとフォロワーが多く、すでに人気がある発信者の投稿に限られています。
つまり、小さな規模で発信を始めたばかりの人に、この研究の結果がそのまま当てはまるかどうかは分からないということです。
それでもこの研究には大きな価値があります。
なぜなら、今回の結果は科学を伝える方法について非常に実用的なヒントを提供しているからです。
学校で理科や社会を教える先生、研究の魅力を一般の人にも伝えたいと願う研究者、そして科学ニュースを発信するメディアにとっても、「どのSNSでどのように伝えれば、人々の興味を引きやすいのか」という具体的なヒントになるはずです。
こうした中で、正確で価値のある科学の情報がもっと上手に届けられるようになるなら、それは社会全体にとっても良い影響をもたらすでしょう。
もしかしたら将来的には、科学者が研究を発表する際、「どのSNSでどのような話し方をするか」を、研究の内容そのものと同じくらい真剣に考える日がやってくるかもしれません。
次のページでは「科学系インフルエンサーの勝ち筋」をまとめた虎の巻的な表をまとめます。
科学系インフルエンサーの虎の巻
以下の表は、論文の結果と著者たちの提案をもとに整理したものです。
この表は、「同じ科学の話でも、出す場所ごとに勝ち方が違う」という論文のいちばん大事な結論をまとめたものです。
ざっくり言えば、TikTokはまず反応を集める場、Instagramは見た目のよさや前向きさで好感を作る場、YouTubeはすぐの反応よりも、筋道だった説明で理解を深める場と言えるでしょう。
この表は、SNSの違いだけでなく、科学の分野によっても反応の出方が変わることを整理したものです。
工学や物理・数学は「なるほど」と受け止められやすく、いいねやリアクションが強めで、社会科学は「それはどういうこと?」と意見したくなるぶんコメントが伸びやすい、という違いが見えます。
健康科学は信頼感を崩さないことが大事で、実験科学は少し明るさや人間味を足す余地があり、芸術・人文科学は派手な数字より余韻や批評性が残るタイプです。
「科学発信」と一口に言っても、分野ごとに読者が求める反応が違うわけです。
この表は、印象論ではなく数字だけで三つのSNSを比べたものです。
ここでまず目立つのは、TikTokがいいね、コメント、リアクション、投稿反応率でかなり強いことです。
一方でYouTubeは、すぐの反応では見劣りしやすくなっています。
ただそれが価値の低さとイコールではありません。
むしろ「バズの強さ」と「じっくり伝える力」は同じではないということが浮き彫りにされます。
この表は、論文全体の結果と研究者たちの提案をまとめたもので「何を伝えるか」だけでなく、「どこで伝えるか」と「どんな目的で伝えるか」を先に決めることが重要であることを示しています。
とにかく反応を集めたいならTikTok、好感や共有を狙いたいならInstagram、理解や保存版の価値を残したいならYouTube、という使い分けが基本線になります。
また、工学系は「なるほど」を取りやすく、社会科学は「語りたい」を起こしやすいなど、分野によっても勝ち方が変わります。
ただしこれは人気上位投稿から見えた傾向を研究者の提言をもとにまとめたもので、先にも述べたように、この通りやれば誰でもこうなるというわけではありません。
元論文
Science communication in social Media: Analysis of success on TikTok, Instagram, and YouTube across scientific disciplines
https://doi.org/10.1016/j.chb.2025.108866
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部