「俺の嫁」を科学する研究で、人間の恋愛エンジンは「生身かどうか」を気にしない可能性が浮上
「俺の嫁」を科学します。
カナダのトレント大学(Trent University)で行われた研究によって、アニメファンが「もし現実にいたら付き合いたい・結婚したい」と思うキャラ――つまり「二次元の嫁」や「二次元の夫」がいる977人の恋愛感情を詳しく分析しました。
その結果、見た目の好みが強いほど「性的なつながり」が強くなることや、性格が好きだったり「自分と似ている」と感じるほど「心のつながり」や「愛」が高い傾向が見られるという、現実の恋愛研究でもおなじみの関係がよく似た形で見られました。
「二次元に恋するなんて現実逃避だろ」と切り捨ててしまう人は多いでしょう。
しかしこの研究結果によって、フィクションのキャラクターへの恋心も、人間の恋愛心理のごく自然な一部として理解できる可能性があることが示されました。
研究内容の詳細は2025年2月10日に『Psychology of Popular Media』にて発表されました。
目次
- 「俺の嫁」概念は海を超える
- 『俺の嫁』は異常か、それとも人間らしさか
- 人間の恋愛エンジンは「生身かどうか」を気にしないのかもしれない
「俺の嫁」概念は海を超える
クラスにひとりくらい、「このキャラは俺の嫁だから」「あの人は私の旦那だから」と本気ともネタともつかない顔で言う友だち、いませんか?
あるいは「人間の恋バナはどうでもいいのに、アニメの推しカップルの破局回で号泣した」という経験はないでしょうか?
画面の向こうにいるのは絵やポリゴンにすぎないのに、心と体は本気で反応してしまう。
このギャップが、二次元の恋の一番ふしぎなところです。
実は「作り物の相手に恋をする人」の話は、かなり昔からあります。
古代ギリシャの物語では、ピグマリオンという彫刻家が自分の彫った女性像に恋をしてしまい、愛の女神にお願いして本物の女性に変えてもらいます。
現代では、テレビタレントやアイドル、配信者に対して、友だちや恋人のような親しさを感じることがあります。
心理学では、こうした一方通行のつながりを「パラソーシャル関係(一方的な擬似友情・擬似恋愛)」と呼びます。
相手はこちらを知らないのに、こちらだけが「今日も元気かな」と心配したり、「炎上しててつらい…」と胸を痛めたりするあの感覚です。
現代では、その相手は石像ではなく、画面の中のキャラクターになりました。
テレビタレントや配信者、アイドルに一方的な親近感や恋心を抱く現象は、心理学ではパラソーシャル関係(片思い的な一方通行の関係)と呼ばれます。
最近は、ゲームやアニメのキャラ、会話するチャットボットといったバーチャルエージェント(画面の中だけに存在する、人間らしくふるまうキャラ)にも、同じような感情が向けられるようになってきました。
その中でもとくに面白いのが、ネットで言う「俺の嫁」に近いノリで、英語圏のファンが「ワイフ」「ハズバンド」と呼ぶ文化です。
アニメファンの世界では、「もし本当にいたら結婚したい」「人生をともにしたい」と感じるキャラを、親しみをこめてこう呼びます。
あるファンはゲーム機の画面越しに結婚式を挙げてニュースになり、ネットでは「今日はうちのワイフの誕生日だからケーキ買った」といった報告を見かけることもあります。
いわば「架空の配偶者」とも言えるでしょう。
そこで問題になってくるのが、「俺の嫁」「私の旦那」と主張する人々が、人間の恋愛心理から逸脱した存在かどうかです。
「ゲームキャラと挙式をあげた=変だ」とするのは簡単です。
しかし本当に何から何までが狂っているのか、それとも共通する要素があるのかを知らずにイコールで異常と結び付けるのは学術的ではありません。
そこで今回研究者たちは、アニメファンの中からワイフ/ハズバンドを持つ人たちを集め、「どんなキャラを、どんな理由で選び、どのくらい深くつながっているのか」を数字で調べることにしました。
二次元への恋はリアルの恋と同じパターンがあるのでしょうか?
それともただひたすらに肉欲にまみれただけなのでしょうか?
『俺の嫁』は異常か、それとも人間らしさか
二次元への恋はリアルの恋と同じパターンがあるのか?
この少し不思議な問いに答えるために、研究者たちはまず「ガチ恋勢」を集めるところから始めました。
彼らが協力をよびかけたのは、オンラインで募集した英語話者のアニメファンです。
その中から「もし現実にいたら、このキャラと付き合いたい/結婚したい」と思うワイフやハズバンドがいる人だけを抜き出し、最終的に977人が分析の対象になりました。
参加者の多くは二十代で、男性が多めですが女性も一定数含まれています。
アンケートでは、まず「なぜそのキャラを選んだのか」をたずねています。
見た目がどれだけ好みなのか、性格がどれだけ好きか、作品の中での役割がどれだけ魅力的か、そして「自分に似ている」と感じる部分がどれくらいあるかを、それぞれ七段階で一問ずつ答えてもらいました。
さらに、そのキャラに対してどんなつながりを感じているのかも、三つの方向から聞いています。
①「感情的なつながり」は、尊敬や親しみ、心配などの“心の近さ”の度合いです。
②「性的なつながり」は、そのキャラに対してどれくらい性的なドキドキを感じるか。
③「愛」は、「自分は本当にこのキャラを愛している」とどれほど思うかを尋ねました。
そして研究者たちは、統計の手法を使って、「見た目」「性格」「役割」「自分との似てる感」、さらに「回答者の性別」が、①~③のつながりと、どのように関係しているかを調べました。
まず分かったのは、「性的なつながり」には見た目がとても強く関連している、ということです。
見た目が好みだと答えた人ほど、「このキャラに性的な魅力を感じる」と答える傾向がはっきり出ていました。
これは、人間どうしの恋愛研究で「外見の魅力が性欲を動かしやすい」と言われてきた流れとよく合っています。
おもしろいことに、「自分に似ている」と感じる度合いも、少しだけ性的なつながりが高い傾向もありました。
どこか自分と重なる部分を感じると、ただの“エロいキャラ”ではなく、「自分と関係のある相手」として見えてくるのかもしれません。
次に、「感情的なつながり」は、キャラの性格が好きであればあるほど、そして自分との似ている感じが強いほど、高い傾向が見られました。
見た目はほとんど関係していません。
この点も本物の人間の恋愛と似たパターンです。
では「本気の愛」はどうでしょうか。
これは少し特殊で、三つすべての要素──見た目の好み、性格の魅力、自分との似てる感──としっかり結びついていました。
しかも、どれか一つだけではなく、それぞれが独立して愛の強さと関連していることが示されています。
見た目がタイプで、性格も大好きで、自分と似ている部分も感じられる。
そういうキャラほど、「このキャラを本気で愛している」と感じる人が多かったのです。
現実の恋愛研究でも、外見・性格・価値観の相性がそろうほど、関係の満足度や長期的な愛情が高まりやすいことが知られており、二次元の“本気の愛”も、この三つの柱で支えられているように見えます。
一方で、「作品の中での役割」は、ほとんどどのつながりとも関係がありませんでした。
主人公だから特別に愛される、というわけではなく、ギャグ担当でも脇役でも、視聴者の心を射抜けば十分ワイフやハズバンドになれる、ということになります。
画面に映っている時間の長さより、「刺さるかどうか」のほうが決定的なのかもしれません。
性別による違いも、ある程度見られましたが、差は小さめでした。
男性は、同じキャラに対して女性よりも強く「性的なつながり」を感じる傾向がありました。
逆に女性は、男性よりも強く「感情的なつながり」を感じる傾向がありました。
しかし、「本気で愛しているか」という点については、ほとんど差がありません。
男性も女性も、ワイフやハズバンドに対して「愛している」と感じる力そのものは、同じくらい持っているのです。
しかも、男女どちらもキャラの性格をかなり重視しており、「男は見た目だけ」「女は心だけ」という単純な話ではないことも分かりました。
ある意味で、人類はすでに「ダウンロードした恋人候補」と付き合いはじめているのかもしれません。
今は画面の中にいるだけのキャラでも、そこに向けられる心の動きは、現実の恋と似た部分が多いのかもしれません。
人間の恋愛エンジンは「生身かどうか」を気にしないのかもしれない
今回の研究により、アニメのワイフやハズバンドに向けられる性的なドキドキ、心のつながり、本気の愛は、現実の恋愛とかなりよく似たルールで生まれている可能性が示されました。
見た目は主に性的な惹かれに、性格と「自分と似ている感じ」は感情的なつながりと恋心に関連しており、三つがそろうと「このキャラと付き合いたい」と感じやすくなる、という構図です。
フィクション相手への恋は、決して“なんちゃって恋愛”ではなく、人間同士の恋愛エンジンをほぼそのまま使っているように見えるのです。
このパターンは、過去の恋愛研究ともきれいにつながります。
現実のカップルでも、外見の魅力が性的な興味を強め、性格の相性や価値観の近さが長期的な愛情を支えることが知られています。
著者たちは、ワイフ/ハズバンドへの惹かれ方がこうした理論と一致していることから、架空のパートナーへの愛着も、人間同士の恋愛と似た心理メカニズムで説明できるのではないかと考えています。
フィクションだから特別な変わった感情が働くのではなく、むしろ「いつもの恋愛回路」が、そのまま画面の向こうに向いているだけなのかもしれません。
ある意味で、この結果はかなり過激です。
人間の恋愛エンジンは、「相手が生身かどうか」よりも、「どんな外見で、どんな性格で、自分とどこが重なるか」を見て動いているように見えるからです。
この研究が投げかけるインパクトは小さくありません。
論文では、近年孤独感が増え、結婚率が下がっているというデータに触れつつ、フィクションのパートナーは今後、友人や家族、恋人との関係と同じくらい重要なものとして見なされるかもしれないとも書かれています。
実際すでに、スマホの中で「恋人のようにふるまうチャットボット」や、恋愛ゲームのキャラに毎日メッセージを送る人たちが世界中にいます。
技術が進めば、こうした相手はもっと自然に話し、こちらの気分を読み取り、ますます“本物”に近づいていくでしょう。
またこの研究成果を応用すれば、「どんなキャラがどんなタイプの“好き”を生みやすいか」を意識したキャラクターデザインのヒントになるかもしれません。
例えば、短期的なドキドキを狙うなら外見の魅力を強調し、長く愛されるキャラを作りたいなら、共感できる性格や読者と重なる部分を丁寧に設定する、といった発想です。
技術の進歩によって、フィクションの恋人は「いつでも呼び出せる存在」になりつつあります。
研究者たちは、フィクションと現実はそれほど違わないのかもしれないと述べています。
もし人工知能が人間と変わらないくらいの会話能力を得たならば、推しキャラを超えて人間同士のような「付き合い」に近づいていくかもしれません。
元論文
You would not download a soulmate: Attributes of fictional characters that inspire intimate connection.
https://psycnet.apa.org/doi/10.1037/ppm0000590
ライター
川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。
編集者
ナゾロジー 編集部