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研究チームは、シアノバクテリアの一種を特殊なハイドロゲルの中に封じ込めることで、光・水・CO2・栄養が内部に届きやすく、細菌が生きたまま活動できる人工素材を構築しました。
この素材は3Dプリンターで成形が可能で、硬化後もゲルの中で細菌は生存し、光合成を続けます。
内部構造は、光が通りやすいように設計されており、必要な栄養分が毛細管現象によって素材全体に行き渡るよう工夫されています。
研究の目的は、「二重の炭素固定」の実現です。
これは、シアノバクテリアが成長する過程でCO2を有機物(バイオマス)として取り込む可逆的な固定と、光合成により周囲の化学環境を変化させ、炭酸カルシウムや炭酸マグネシウムといった鉱物としてCO2を不可逆的に固定する、2つのメカニズムを指します。
これにより、短期的にも長期的にもCO2を封じ込めることができる、非常に効率の良い炭素吸収システムが実現されました。
この生きた建築材料は、どれほどの炭素吸収力を持つのでしょうか?
実験によれば、光合成を続けることで、1gあたり30日間で約2.2mgのCO2を吸収でき、さらに400日間の長期実験では最大26mg/gのCO2を鉱物として固定できたといいます。
これは一般的な藻類や木材系素材に比べても高性能であり、再生コンクリートによるCO2固定(約7mg/g)よりもはるかに効率的です。
また、素材の内部で生じる鉱物の蓄積によって剛性(硬さ)や強度も向上していき、建材としての安定性も高まっていきます。
さらに研究チームはこの技術を建築レベルにスケールアップし、2025年のヴェネツィア・ビエンナーレで実際のインスタレーションを公開しました。
「Picoplanktonics」と題された作品では、3m級の“生きた柱”が展示され、1本あたり年間最大18kgのCO2を吸収可能であると試算されています。
これは樹齢20年の松の木とほぼ同等の吸収力です。
また、ミラノ・トリエンナーレの展示「Dafne’s Skin」では、木製外装に微生物が生成する緑のパティーナ(被膜)が現れ、美的効果と炭素固定を同時に達成するという“美しく老いる建築”の試みがなされました。
将来的には、こうした素材を外壁や屋根のコーティング材として活用することで、都市そのものが巨大な炭素吸収体となる未来も考えられます。
とはいえ実用化には素材の耐候性や都市環境への適応といった課題の解決が求められます。
ETHZでは現在、建築家やエンジニアと連携して、都市スケールでの応用可能性を検証中です。
CO2を吸収できるこの「生きた素材」が、コンクリートに代わる新たな建材として普及する日も、そう遠くはないかもしれません。
参考文献
A building material that lives and stores carbon
https://www.eurekalert.org/news-releases/1088213
scientists create living building material that stores carbon dioxide using growing bacteria
https://www.designboom.com/technology/scientists-living-building-material-stores-carbon-dioxide-growing-bacteria-eth-zurich-06-21-2025/
元論文
Dual carbon sequestration with photosynthetic living materials
https://doi.org/10.1038/s41467-025-58761-y
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部