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しかし1970年代から1980年代にかけて行われた複数の科学分析では、壺の中から糖類は一切検出されず、動植物性の脂肪やロウに近い成分が主体であると報告されてきました。
ところが2019年、オックスフォード大学が壺の残留物を展示のために受け入れたことが転機となりました。
研究チームは残留物の中心部を丁寧に採取し、現代の最先端技術を用いて再調査を開始したのです。
今回の再分析では、赤外分光法(FTIR)や熱分離型GC-MS、陰イオン交換クロマトグラフィー(AEC-MS)、さらにはタンパク質を分解して解析する「ボトムアップ型プロテオミクス」など、複数の手法が組み合わされました。
その結果、現代のミツロウやハチミツと非常によく似た化学的特徴が、壺の残留物から確認されました。
特に決定的だったのは、ハチミツに特有の「ヘキソース糖」が高濃度で検出されたこと、そしてローヤルゼリーの主要タンパク質(MRJP1・2・3)が検出されたことです。
これらのタンパク質は、セイヨウミツバチ(Apis mellifera)由来であることも突き止められました。
さらに銅製の壺内での化学反応により、ハチミツ中の糖が「フラン類」と呼ばれる耐久性の高い成分に変化し、保存されていたことも明らかになりました。
銅イオンが微生物の活動を抑え、糖の分解を防いだ可能性があるのです。
また、残留物にはハチの巣(ハニカム)そのものが供えられていたとみられ、焼けた砂糖のようなにおいを放つ褐色のフィルムも検出されました。
これは加熱や経年劣化によって糖がカラメル化したことを示しており、「焼けたハニカム」のような状態に変質していたと考えられます。
長年、謎に包まれてきた「神への捧げ物」の正体は、科学の力によってついに明かされました。
かつての祈りが込められた甘い黄金――それは腐ることなく、神殿の壺の中で2500年の時を静かに待ち続けていたのです。
参考文献
Mysterious 2,500-Year-Old ‘Gift to The Gods’Finally Identified
https://www.sciencealert.com/mysterious-2500-year-old-gift-to-the-gods-finally-identified
Is this what 2,500-year-old honey looks like?
https://www.eurekalert.org/news-releases/1092229?
元論文
A Symbol of Immortality: Evidence of Honey in Bronze Jars Found in a Paestum Shrine Dating to 530–510 BCE
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.5c04888
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部