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こうしたタイタンの背景の中で、研究者たちはある仮説を立てました。
タイタンでは、まずメタンの大雨が降り、大気中の分子を湖の表面に運びます。
これらの分子は、水のような極性液体(分子内に電気的な偏りを持つ液体)を引き寄せる性質と、脂質のような非極性物質(分子内に電気的な偏りがない)を引き寄せる性質の両方を持っています(=両親媒性)。
例えば、最近のカッシーニ探査機による観測で確認された「ニトリル化合物」。
ニトリル化合物は両親媒性であり、さまざまな有機物を次々を集合させて、液体の水なしでも膜構造を作りやすい性質を持っているのです。
次に、こうした分子が集まって湖面に薄い層を形成し、そこに液体のしぶきが再びかかると、そのしぶきの粒がこの層で包まれ、空中に弾け飛びながら膜に包まれた微小な液滴(ミスト)となります。
これがさらにもう一度湖に浸ることで、液滴にはもう一層の膜が加わり、安定した二重層の構造が完成します。
この二重構造の小さな泡こそが、研究者たちが「ベシクル(小胞)」と呼ぶ”生命体の素”になる物質なのです。
ベシクルは、まるで石けんの泡のように、外側が脂質の膜、内側には液体を閉じ込めた構造をしています。
生命の細胞も、こうした膜に包まれた構造から進化してきたと考えられているため、ベシクルの形成は「生命の最初の一歩」とも言える重要な現象なのです。
では、ただ泡のようなベシクルができたからといって、それがすぐに生命になるわけではありません。
ここから先の「進化」のシナリオが、今回の研究の核心です。
タイタンの湖には、先ほど言ったように、さまざまな種類のアンフィフィル(膜をつくる両親媒性の分子)が存在します。
そしてベシクルたちは、それらの中からより安定な分子を「取り込む」ことで、構造を強化していくのです。
つまり、「長持ちする泡」が生き残り、壊れやすい泡は消えていく――自然淘汰のような選別が起こるのです。
これにより、時間をかけて「安定した構造を持つベシクル」が選ばれていきます。
こうした形成プロセスが長期的に続き、より安定したベシクルが増殖することは、まさに地球で起きた「生命進化の原型」と非常によく似ていると言えるのです。
そしてこれらの安定したベシクルがやがて代謝や複製といった、生命に不可欠な機能を備えた原始細胞(プロトセル)へとつながる可能性があります。
もちろん、これらはあくまで理論の段階であり、実際にタイタンでそのような構造が存在するかどうかは、まだ確認されていません。
しかしチームは実際に今後の調査において、土星衛星タイタンにベシクルが形成されているかどうかを明らかにしていきたいと考えています。
参考文献
Early Forms of Cells Could Form in The Lakes of Saturn’s Moon Titan
https://www.sciencealert.com/early-forms-of-cells-could-form-in-the-lakes-of-saturns-moon-titan
NASA Research Shows Path Toward Protocells on Titan
https://science.nasa.gov/science-research/planetary-science/astrobiology/path-toward-protocells-on-titan/
元論文
A proposed mechanism for the formation of protocell-like structures on Titan
https://doi.org/10.1017/S1473550425100037
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部