夏になり気温の高い日が増えてくると、熱中症により突然倒れる人のニュースもよく聞くようになります。

こうしたニュースを聞くとほとんどの人が、倒れるまで自分が熱中症だと気づいていないことがわかります。

熱中症の本当に怖いところは、このような重症化するまで自分ではほとんど異変に気づけないところにあります。なぜ私たちはそんな重大な体の変化に「気付けない」のでしょうか?

私たちは自分の体のどんな小さなサインに注意していれば、熱中症で倒れるような状況を回避できるのでしょうか?

今回はそんな疑問に対して、イスラエルのシェバ医療センター(Sheba Medical Center)とテルアビブ大学(Tel Aviv University)、及びフロリダ大学(University of Florida)の研究チームから、それぞれ報告されている最新医学研究から解説していきます。

彼らは、熱中症がどのように「無自覚のまま」進行し、どこで判断力が奪われ、身体にどんな危険が生じるのかを説明しています。

この記事では、それらの研究をもとに、「なぜ人は熱中症に気づけないのか?」という問題を掘り下げながら、どんな体の変化に気をつけていれば、命を守れるのかをわかりやすく解説します。

真夏を無事に乗り切るために、ぜひ知っておいてほしい内容です。

目次

  • 渇きを感じるのは、すでに“遅い”タイミング
  • 熱中症のとき体で何が起きているのか?

渇きを感じるのは、すでに“遅い”タイミング

Credit:canva

夏の暑い日、外で作業をしていた60代の男性が突然倒れ、意識を失いました。近くにいた人の通報で救急搬送されましたが、搬送時にはすでに呼びかけに反応がなく、診断は重度の熱中症。彼は倒れるまで、自分が「喉が渇いている」とも「気分が悪い」とも感じていなかったそうです。

このケースは、イスラエルのシェバ医療センター(Sheba Medical Center)の研究グループが報告した実例のひとつです。

このように、熱中症の本当の怖さは、本人がその異変に「気づけないまま、急激に重症化してしまう」点にあるのです。

では、なぜそんなことが起こるのでしょうか?

じつは私たちの体は、「水が足りない」と気づくまでに時間がかかります。

たとえば、人間の体重の1〜2%に相当する水分、すなわち体重60kgの成人なら約360〜720ミリリットルの水分を失うと、喉の渇きを感じ始めます。

これは一見ごくわずかな減少量ですが、この時点で集中力や身体能力はすでに低下を始めているのです。ただし、この段階で水分を補給すれば、基本的には深刻な影響は起きません。

問題なのは、暑い日にはその水分が驚くほどの速さで失われていくということです。

Credit:canva

気温が35℃を超えるような炎天下では、軽作業や運動をしているだけでも、1時間あたり1〜1.5リットルもの水分を汗として失うことがあります。つまり、のどの渇きに気づいてから水を飲んだ場合、すでに体重の3%近い脱水状態に達している可能性があるのです。

体重の3%以上の水分を失うと、筋肉のけいれん、めまい、吐き気、強い疲労感などの症状が現れ始めます。そして5%以上の水分を失えば、判断力の喪失や意識混濁、最悪の場合は命の危険すらある「熱射病(重症の熱中症)」の段階に入ってしまいます。

さらに深刻なのは、高温下では脳の温度も上昇するという点です。イスラエルのシェバ医療センターとテルアビブ大学の研究によれば、体温が上がると脳の「前頭葉(ぜんとうよう)」の働きが著しく低下することが報告されています。前頭葉は意志決定や感情のコントロールを担う部位でありこの働きが低下すると、水を飲むかどうかといった基本的な判断さえ難しくなるのです。

つまり、体が危険な状態に陥っていても、「自分ではその危険に気づけない」――これこそが熱中症の最大の落とし穴です。

「喉が渇いたら水を飲めばいい」という常識は、高温環境では通用しません。のどの渇きが現れるころには、すでに脳が正しい判断を下せなくなっている可能性すらあるのです。

だからこそ、熱中症を予防するには「のどの渇きを感じる前に」計画的に水分を補給することが重要になります。

汗は“血液から作られる”冷却システム

暑い環境に置かれると、私たちの体はまず体温を一定に保とうと働きはじめます。このとき体内では「補償反応」と呼ばれる仕組みが動いています。

皮膚の表面から熱を逃がすために、体は心拍数を上げて血液を皮膚へ多く送り込みます。さらに汗腺という組織から「汗」を出すことで、蒸発によって体を冷やします。

この汗は、血液から取り出された水分や塩分などの成分でできており、血液量が減ると汗の量も減ってしまいます。つまり、汗をかくということは、体内の水分と塩分を同時に失っていくということなのです。

この段階ではまだ体は自力で体温を調整できていますが、水分補給や涼しい環境への移動ができなければ、いずれ体は限界に達してしまいます。

熱中症のとき体で何が起きているのか?

汗は“血液から作られる”冷却システム

私たちの体は、外が暑くても中の温度(体温)を一定に保つよう、いくつもの工夫をしています。このように、体が外の環境変化にうまく対応しようとする反応のことを「補償反応(compensatory response)」と呼びます。

熱中症の初期には、この補償反応が体内でフル稼働します。

たとえば、体温が上がってくると、まず心臓が強く速く動くようになり、血液を皮膚の表面にたくさん送るようになります

体の中では、熱が筋肉や内臓の活動によってどんどん生まれています。これを逃がさずにいると、体温は上がり続けてしまいます。このとき血液が、“体深部の熱を運ぶ配送車”のような役割をして、熱を皮膚の表面まで運び空気との間で熱交換します。こうして皮膚から外気に向かって体温が放出されていくのです。これによって、身体は体温を一定に保とうと調整します。

同時に、汗腺という組織が働いて汗を出します。汗が皮膚から蒸発するときに熱を奪うので、これも体温を下げる仕組みのひとつです。

ところが、この冷却方法には大きな弱点があります。汗の原料は、血液から取り出した水分や塩分(ナトリウムなど)なのです。つまり、たくさん汗をかくということは、体の中の水分と塩分がどんどん失われていくことを意味します。

そのため、水分や塩分の補給が間に合わなければ、血液量は少なくなり、汗も出にくくなっていきます。また、皮膚に熱を逃がすための血流を送る余裕もなくなっていきます。

このように、体の冷却機能がだんだんと追いつかなくなってくると、いよいよ体温が急上昇し始め、補償反応の限界を超えてしまうのです。

限界を越えると“急激に悪化”する

長時間にわたって暑さにさらされ続け、体の補償反応が対応しきれなくなると、いわゆる熱中症になります。

この段階では、脱水症状とともに体温を下げるための皮膚への血液輸送が優先され、脳や内臓への血流が減っていき、めまいや立ちくらみ、吐き気、頭痛、判断力の低下などが現れます。ここで適切な処置をすれば回復できますが、無理を続けると体温がさらに急上昇し、深刻な状態に陥ります。

特に問題となるのが「熱射病」と呼ばれる重症の熱中症です。体温が40℃近くまで上がり、脳や内臓の働きに重大な障害が起こりはじめます。なかでも「腸」は熱に弱く、血流不足や高熱の影響で、腸の細胞が壊れてしまうことがあります。

ふだん腸は、体に悪いものが入り込まないように「バリア」の役割を果たしていますが、この機能が壊れると、腸内の細菌や毒素(エンドトキシン)が血液中に漏れ出してしまいます。その結果、体の免疫が過剰に反応し、「全身性炎症反応(SIRS)」という危険な状態を引き起こすことがあります。

ただし、これはすべての熱中症で起こるわけではなく、放置されたごく一部の重症例で起きる現象です。それでも、こうしたリスクがある以上、初期の段階での早めの対処が命を守ることにつながります。

大丈夫”と思ってしまう心理が症状を悪化させる

研究では、熱中症のリスクが見逃されやすいのは、初期の症状がごく軽く感じられるからだと指摘されています。たとえば、だるさ・めまい・立ちくらみといった初期の兆候は、ただの疲れや寝不足のようにも思えてしまいます。

さらに、屋外での作業やスポーツの現場では、「自分だけ休むのは気が引ける」「みんな頑張っているから」といった心理的プレッシャーが重なります。これが対応の遅れにつながり、症状を悪化させる要因になると報告されています。

つまり、熱中症を予防できずに突然倒れてしまうという問題は、症状を自覚しづらいだけでなく、周囲と合わせようとする頑張りや我慢など、心理的な作用も大きな要因になっているのです。

 対策は「体の仕組み」を理解することから

Credit:canva

水分補給は確かに重要です。ただし「のどが渇いたときに飲めばいい」では遅いのです。

のどが渇いたという信号は、汗によって血液中の水分と塩分が失われる速度が早い高温の環境下では知らせるタイミングが手遅れになる可能性があります。そのため喉が乾く前に、こまめに水と塩分を補給しなければ、体の冷却システムがうまく働かなくなってしまうのです。

また、この水分補給について、「コーヒーやお茶はカフェインが含まれているから、飲んでも逆に水分が失われる」などの意見を聞くことがあります。たしかに、カフェインには軽度の利尿作用(尿の量を増やす作用)があることは昔から知られています。

しかし、だからといって「水分補給に不適切」というわけではないというのが、近年の科学的な見解です。

たとえば、2016年にイギリスのラフバラー大学で行われた研究(Maughan RJ,et al. 2016)では、日常的にカフェインを摂取している男性たちを対象に、ミネラルウォーターとコーヒーを比較しました。その結果、コーヒーであっても水分保持能力は水と同程度であり、「コーヒーも有効な水分補給になりうる」と結論づけられています。

また、日常的にカフェインに慣れている人の場合、利尿作用は次第に弱まることもわかっています。そのため、たとえば毎日お茶やコーヒーを飲んでいる人が、夏場にそれらを飲むこと自体は、極端な量でなければ問題ないと考えられています。

そしてもっとも見逃せないのが、心理的な要因です。

私たちは日常生活の中で「まだ大丈夫だろう」「若いから平気」「自分だけは大丈夫」といった思い込みを持ってしまいがちです。また多少しんどい程度なら、いちいち休憩したり、助けを求めてはみんなの迷惑になる、というような意識も熱中症の原因になっていることが、論文でも指摘されています。

このようなメカニズムで熱中症は、あらかじめ予防していないと対処できない部分が多く、僅かな異変に気づいた段階で手遅れになる可能性が高いのです。

こまめな水分補給や、休憩など、自分にはまだ必要ないと思ってもそれを実施していないと思わぬ惨事に陥ってしまうのです。十分に注意しましょう。

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元論文

Heatstroke
https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMra1810762
Exertional heat stroke: pathophysiology and risk factors
https://doi.org/10.1136/bmjmed-2022-000239

ライター

相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 「気づいたときは手遅れ?」なぜ熱中症は自覚できないのか?