香港の香港理工大学(Hong Kong Polytechnic University)で行われた研究によって、動物がマイクロプラスチック入りの餌を繰り返し食べることで、やがて汚染された餌を「おいしい」と認識し、積極的に選ぶように学習してしまう可能性が明らかになりました。

研究では、モデル生物として広く用いられる小型の線虫(Caenorhabditis elegans)を用いて、マイクロプラスチック汚染餌に数世代にわたり曝露させました。

すると線虫たちはマイクロプラスチック入りのエサやがて好んで食べるようになり、この嗜好性の変化は生まれつきの遺伝的な要因ではなく、経験を通じて獲得されたものであることも確認されました。

この現象は海洋生態系全体、さらには人間の食生活にも影響を与える可能性があります。

現在、多くの生命でマイクロプラスチックを普通のエサよりも多く食べてしまう現象が確認されており、それらを食べる人間の体にもマイクロプラスチックが確認されるようになっています。

ですが人類が無意識のうちに作り出した「プラスチックの味」を、動物たちはどうして好んで食べるようになってしまうのでしょうか?

研究内容の詳細は『Environmental Science &Technology Letters』にて発表されました。

目次

  • プラスチックを『好むようになる』動物の不気味な現象
  • 動物がマイクロプラスチックを「好きになる」衝撃の学習現象
  • プラスチックを“美味しい”と感じる動物――人間社会への警鐘

プラスチックを『好むようになる』動物の不気味な現象

プラスチックを『好むようになる』動物の不気味な現象 / Credit:Canva

海洋に蓄積するプラスチックごみは、今や数百万トン規模に達し、動物たちがそれを誤食する例が数多く報告されています。

ウミガメが透明なビニール袋をクラゲと間違えて飲み込むことや、魚が砕けた米粒サイズのプラスチック片をプランクトンだと思って食べることはよく知られています。

視覚的な誤認だけでなく、匂いも生き物を惑わす要因です。

2016年の研究では、海面を漂うプラスチックに海藻が付着することでジメチルスルフィド(DMS)という化学信号が出され、嗅覚トラップ(olfactory trap)となって海鳥などを餌と誤認させる可能性が指摘されました。

また類似の研究では、マイクロプラスチック(ポリスチレン)に高濃度で曝露されたヨーロッパパーチの幼魚が、天然の餌よりもプラスチック粒子を優先的に食べるという結果が得られています。

その稚魚たちは発育が悪く動きも鈍り、天敵に捕まりやすくなるという悪影響まで確認されました。

2019年には、アメリカの研究チームがサンゴ(Astrangia poculata)においても同様の現象を報告しました。

野生のサンゴの一種を調べたところ、ポリプ(サンゴ個体)の胃から多数のマイクロプラスチック繊維が見つかりました。

研究室実験では、人工餌とプラスチック粒を同時に与えると、サンゴはきれいなプラスチック(未バイオフィルム)をバイオフィルム付きよりも4〜5倍多く摂食し、その後天然の餌が十分に摂れなくなるケースが観察されました。

特に興味深いのは、添加剤や微量化学物質が、未使用の“clean”プラスチック片にもフィーディング刺激(feeding trigger)として作用してしまう可能性が示唆されている点です。

こうした報告を踏まえ、今回の研究チームは次のような問いを立てました。

生き物がマイクロプラスチック入りのエサを繰り返し食べることで、「汚染エサを好むように学習してしまう」可能性はあるのか?

これまでの研究は「誤認」や「匂いによる錯覚」といった受動的な現象でしたが、本研究では行動学習の視点から、汚染エサに対する“積極的な嗜好”形成を検証する点に特徴があります。

つまり動物たちは、繰り返しプラスチック入りの餌を食べるうちに、それを本物の餌と誤認するだけでなく、「好きな餌」として積極的に選ぶようになってしまうのではないか──この恐ろしい可能性を検証するために、本格的な実験が開始されたのです。

動物がマイクロプラスチックを「好きになる」衝撃の学習現象

動物がマイクロプラスチックを「好きになる」衝撃の学習現象 / Credit:Canva

繰り返しマイクロプラスチック入りの餌を食べ続けると、本当にそれを「好きな餌」として積極的に選ぶようになってしまうのでしょうか?

調査にあたっては、まず線虫(Caenorhabditis elegans)が用意され、マイクロプラスチック汚染餌を数世代にわたって食べさせる実験が行われました。

すると最初は清潔な餌を好んでいた線虫が、複数世代の曝露を経て、汚染餌を積極的に選ぶように行動が変化しました。

これは、まるで人間が特定の味に慣れて「やみつき」になるように、線虫も汚染餌を好むように「学習」してしまったことを示唆します。

興味深いのは、この変化が遺伝的変異ではなく「学習によるもの」である証拠もある点です。

具体的には、嗅覚に関与する遺伝子 odr‑10 や、学習能力に必要な遺伝子 lrn‑1 を持つ変異体では、この嗜好の変化が見られませんでした。

つまり、臭いによる経験が、「汚染餌 = 報酬」として記憶され、それが後の行動選択に反映されている可能性が高いのです。

また、土壌環境を模したマイクロコスモス実験でも、線虫が汚染餌のある場所へ移動し、採食行動を起こす様子が観察されました。

これによりラボ環境のみならず、自然のような環境下でも同様の行動変化が起きうると確認されました。

この結果は単なる錯覚ではなく、明確な行動変容として定着しうることを示しています。

たとえば、海洋生態系ではプランクトン → 小魚 → 大型魚へとマイクロプラスチックが食物連鎖を通じて移行することが知られていますが、本研究では、その下位の生物がプラスチック混じりの餌を「学習」して好むようになることで、上位の生物にまで影響が波及する可能性を示唆しています。

研究チームは、「この学習による嗜好変化が広がれば、最終的には人間の食生活にも影響を及ぼしうる可能性がある」と指摘しています。

地球には「真の意味」でのゴミ捨て場は存在しません。

捨てられたゴミたちは時間をかけて環境を循環し、生物の体に取り込まれ、やがて再び人間の口に入ることになるからです。

ゴミ箱に捨てたと思っていたら口に入ってた……それが地球で生きる者の宿命です。

プラスチックを“美味しい”と感じる動物――人間社会への警鐘

プラスチックを“美味しい”と感じる動物――人間社会への警鐘 / Credit:Canva

マイクロプラスチックに対する“味覚の学習”──この現象が生態系にもたらす影響は計り知れません。

まず、汚染餌を好むようになった動物本人(個体)にとって大きなリスクです。

本来なら栄養豊富な餌を食べるところを、プラスチックだらけのいわば「ジャンクフード」に頼る食生活に陥れば、栄養不良や発育不全を招く可能性があります。

事実、サンゴの実験では、プラスチック摂食による栄養不足や組織損傷が確認され、長期的には生存率の低下につながる恐れが示されています。

魚の場合も、プラスチック片で胃が埋まれば満腹感で餌をとらず餓死のリスクがあります。

また一部の研究では、プラスチック由来化学物質に引き寄せられる甲殻類の行動変化が観察されており、生理的または神経行動への影響が示唆されています。

こうした変化は生態系全体にも波及しかねません。

ある種が大量のプラスチックを食べて弱れば、その種を餌とする捕食者の個体数や健康にも影響が及びます。

食物連鎖のバランスが崩れれば、漁業資源などを通じた人間への影響も避けられません。

さらに、私たち人間への影響も無視できません。

マイクロプラスチックはすでに海産魚介類や食塩、飲料水などから広く検出されており、知らず知らずのうちに体内に取り込まれています。

先行研究でヒト血液中に複数のプラスチックポリマーが発見された例もあり、家畜用飼料や畜産物への拡大は現時点では明確ではないものの、将来的に無視できない懸念が残ります。

そのうえ培養細胞を使った実験ではマイクロプラスチックが細胞に損傷を与える結果もあるため、長期的には健康影響の可能性を慎重に見極めることが求められます。

幸い、本研究から明らかになった最大のポイントは、汚染エサに対する嗜好が「学習」によって形成されるということです。

これは理論上、環境からプラスチックを排除すれば嗜好をリセットできる可能性があるという、希望のある事実でもあります。

研究チームは、「プラスチック汚染の抑制を通じて元の生態系バランスを回復することが重要である」と強調しています。

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元論文

Microplastics Alter Predator Preferences of Prey through Associative Learning
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.estlett.5c00492

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 マイクロプラスチックを「美味しい」と感じる動物