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もし性生活がこうした認知機能と繋がっているとしたら、年齢の進行によって起こる認知機能の低下スピードがセックスの頻度と関連している可能性も考えられます。
そこで今回の研究を行った、中国・青島大学(Qingdao University)のテン・チー・テン(Tian‑Qi Teng)氏らの研究チームは、「性生活の頻度が認知機能の変化にどのような影響を与えるのか」という点に着目して調査を行いました。
研究チームが使用したのは、アメリカで長年にわたり行われている「MIDUS(Midlife in the United States)」と呼ばれる大規模な縦断的調査データです。このデータには、アメリカの中年層の健康、心理、社会的背景に関する詳細な情報が含まれており、世界中の研究者が活用できる貴重なリソースとなっています。
今回の研究では、このMIDUSのデータの中から、45歳から69歳の男女の情報を抽出し、約10年間にわたる認知機能の変化を分析しました。
MIDUSの調査では、参加者に「過去6か月間で平均してどのくらいセックスをしたか」という質問が含まれており、今回の研究ではその回答をもとに参加者の性生活の頻度(「月に1回未満」と「月に1回以上」という大まかな区分けで分析)を調べ、それが参加者の10年間の認知機能の変化とどう関連するか分析しています。
認知機能の評価には、記憶力、注意力、言語の流暢さなどを測るテストが用いられました。さらに、年齢や性別、教育レベル、所得、既往症(病歴)、うつ症状の有無、BMI(Body Mass Index:体格指数)といった脳機能に影響を与える可能性のある他の要因についてもデータを補正し、できるだけ「性生活の頻度」そのものの影響を抽出するよう工夫されています。
この研究の特徴は、単なる一時点のデータではなく、10年という長期的な変化に焦点を当てている点にあります。そして、対象者の生活背景が非常に多様であるため、現実の社会をある程度反映した結果といえるのも大きなポイントです。
では、このように丁寧に調査されたデータから、どんな結果が得られたのでしょうか?
分析の結果、性生活の頻度が月に1回未満である人たちは、10年後における認知機能のスコアが有意に低下していることが明らかになりました。
この傾向は、年齢や性別、教育、所得、うつ症状、持病の有無など、認知機能に影響を及ぼすさまざまな要因を統計的に取り除いたうえでも、なお残るものでした。
認知機能の低下とは、たとえば言葉の出づらさ、記憶力の低下、注意が散漫になることなどにつながります。
そして、こうした変化は日々の生活の中でじわじわと感じられるものです。ちょっとした「ど忘れ」や、話している途中で言葉が詰まるような感覚――それが蓄積すると、やがては生活の質そのものに影響を及ぼします。
研究チームは、この結果を「セックスそのものが脳を直接活性化させている」というよりも、性的なつながりが、さまざまな健康的要因と連動している可能性を示すものと見ています。
たとえば、性生活が活発な人は、パートナーとの良好な関係性を保っていたり、身体を動かす機会があったり、うつ傾向が少なかったりと、生活全体が活性化している傾向があると考えられ、これらの要因が複雑に影響し合っていると考えられます。
それが結果的に脳の活性化や健康に繋がっているというのは、不思議な話ではないでしょう。
とはいえ今回の研究は大規模データを用いた分析であり、あくまで「相関関係」を示したもので「因果関係」を直接証明したものではありません。
ただひとつ確かなのは、性生活が極端に減ることが、脳の健康にとって無関係とは言えないという事実です。
日本では、「セックスレス社会」という言葉がメディアでたびたび取り上げられますが、今回の研究が示したように、性生活の頻度が認知機能の低下と結びついているなら、これは個人の問題にとどまらず、社会全体の“脳の健やかさ”にも関わる問題になるかもしれません。
孤立が進み、ふれあいや会話が減っていく社会のなかで、私たちの脳は、機能が低下しやすい状況に置かれている可能性があるのです。
とはいえ、誰もが「セックスの頻度」を自由に選べる状況にあるわけではありません。現代はパートナーがいない人も多いとされていますし、性に積極的な気持ちになれない人も珍しくありません。
だからこそ、大切なのは「行為」ではなく「つながり」なのかもしれません。
今回の研究は、性行為に着目していますが、示している事実は人と心や身体を通じて触れ合い、“自分がここにいる”と感じられるような経験が、脳にとって大きな意味を持つということです。
たとえば、友人との何気ないおしゃべりや、ペットと触れ合う時間。人の温もりを感じられるマッサージやスキンシップ。誰かのために料理をする、手紙を書く、電話をかける――そんな小さな行為すべてが、「孤立しない脳」をつくる材料になるでしょう。
セックスは、そのひとつのかたちにすぎません。脳に必要なのは、「実体験」ではなく「実感」です。
便利さと孤立が進むこの時代だからこそ、“誰かと生きている”という感覚を、大切にすることが脳にも、心にも、そして社会そのものにも、じんわりと効いてくるのではないでしょうか。
そう考えると、最近流行っている「推し活」も、“誰かと生きている”という感覚を生み出すことで、結果的には様々な健康を守っているのかもしれません。
参考文献
Low sexual activity, body shape, and mood may combine in ways that shorten lives, new study suggests
Low sexual activity, body shape, and mood may combine in ways that shorten lives, new study suggests
https://www.psypost.org/low-sexual-activity-body-shape-and-mood-may-combine-in-ways-that-shorten-lives-new-study-suggests/
元論文
Synergistic effects of a body shape index and depression on mortality in individuals with low sexual frequency
https://doi.org/10.1016/j.jad.2025.03.129
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部