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ところがこの「ワーキングメモリ」には限界があります。
容量は小さく、処理のスピードも無限ではありません。
結果として、情報が速すぎると、処理が追いつかなくなり、記憶として定着しにくくなるのです。
ウォータールー大学(University of Waterloo)の2025年の研究では、講義ビデオに関する24件の研究をメタ分析として集約しました。
各研究のデザインは様々ですが、おおむね次の通りでした。
被験者をランダムに分けて、あるグループには1倍速(等速)で講義動画を、別のグループには1.25倍、1.5倍、2倍、2.5倍といった速度で再生するというものです。
そしてメタ分析の結果は極めて明快でした。
1.5倍速までであれば、記憶力・理解力の低下はごくわずかでした。
しかし2倍速以上になると、中程度の悪影響が確認され、明確な成績低下が見られました。
たとえば平均点75点のテストでは、再生速度を1.5倍に上げると平均点が2点下がり、再生速度を2.5倍に上げると平均点が17点下がるほどの影響があると分かりました。
倍速再生の「処理負荷」は、確実に私たちの記憶力や理解力にマイナスとなることが、科学的に明らかになっているのです。
では、「倍速再生」に慣れている人なら問題はないのでしょうか。
メタ分析に含まれていた1つの研究では、高齢者(61〜94歳)と若年層(18〜36歳)を比較していました。
その結果、高齢者では倍速視聴の悪影響がさらに大きくなることが判明しています。
高齢者の脳では、ワーキングメモリや注意の維持能力が年齢とともに低下しているかもしれず、通常の速度、あるいは通常よりも速度を落として視聴することが推奨されます。
一方、多くの若者はこう感じるかもしれません。
「自分は2倍速に慣れてるから問題ない」
確かに、普段から倍速視聴をしている人ほど、初めての人よりはうまく対応しているように見えるかもしれません。
しかし、ピアス氏らの指摘によれば、この“慣れ”が記憶保持に対する悪影響を軽減するという科学的根拠は、まだ存在していません。
つまり、「若者のほうが倍速視聴に強い」のは事実かもしれませんが、現段階では脳の処理能力そのものが適応したという証拠はないのです。
さらに興味深いのが、倍速視聴によって「視聴の満足感や楽しさが落ちる」という点です。
たとえ記憶力にほとんど影響がなかったとしても、1.5倍速以上では「動画を見ている満足感」や「楽しさ」が低下するという報告が存在します。
これにより学習や情報収集のモチベーションが低下する恐れがあります。
倍速視聴は、現代の情報過多社会における効率的なツールとして重宝されています。
しかし速すぎる倍速視聴は「記憶」や「楽しさ」を犠牲にする可能性があり、それは本末転倒です。
「等速でじっくりと動画を味わう」という意識こそが今の私たちには必要なのかもしれません。
参考文献
What happens to your brain when you watch videos online at faster speeds than normal
https://theconversation.com/what-happens-to-your-brain-when-you-watch-videos-online-at-faster-speeds-than-normal-259930
元論文
Increasing Video Lecture Playback Speed Can Impair Test Performance – a Meta-Analysis
https://doi.org/10.1007/s10648-025-10003-9
ライター
矢黒尚人: ロボットやドローンといった未来技術に強い関心あり。材料工学の観点から新しい可能性を探ることが好きです。趣味は筋トレで、日々のトレーニングを通じて心身のバランスを整えています。
編集者
ナゾロジー 編集部