概念が襲ってきます。

香港大学(HKU)によって行われた研究によって、月曜日に感じるあの憂鬱な気持ちは、ただの気分の問題ではなく、『月曜日』という曜日そのものが概念化して私たちの体に生物学的な影響を与えている可能性が明らかになりました。

研究では月曜日に不安やストレスを感じた人は、他の曜日に同程度の不安を感じた人よりも、生理的なストレス反応を示す「コルチゾール」というホルモンのレベルが約23%も高くなっていることが確認されました。

注目すべきは、このストレス反応が仕事をしている現役世代だけでなく、引退した高齢者にも同様に見られたという点です。

つまり、「月曜日」という曜日が単なるカレンダー上の日付を超えて、「ストレスを感じる日」として概念化され、その概念が私たちの体内に刻み込まれて生物学的なストレス反応を引き起こしている可能性が示唆されているのです。

毎週訪れる月曜日という日が、どのようにして私たちの体に深く影響を及ぼしているのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年6月5日に『Journal of Affective Disorders』にて発表されました。

目次

  • 「月曜日の憂鬱」の謎―なぜ私たちは日曜夜に憂鬱になる?
  • 「月曜日の憂鬱」は単なる心理的なものでなく実際に生物学的問題だった
  • 月曜日そのものが概念化して生物学的反応を引き起こしている

「月曜日の憂鬱」の謎―なぜ私たちは日曜夜に憂鬱になる?

「月曜日の憂鬱」の謎―なぜ私たちは日曜夜に憂鬱になる? / Credit:Canva

日曜日の夕方、なぜか胸がざわざわしたり、気分が落ち込んだりすることはありませんか?

特に日本では『サザエさん症候群』という名前まで付いているほど、週明けの月曜日を迎える憂鬱感は広く知られています。

「サザエさん症候群」と言われるのはなぜか?

このユニークな名前は、1969年から現在に至るまでフジテレビで日曜日の夜に放送されているアニメ番組『サザエさん』が由来です。この番組が放送される時間帯(日曜夜6時半から7時)は、「休日がもうすぐ終わる」「明日は仕事や学校に行かなければならない」という意識が強まり始める時間帯でもあります。そのため、『サザエさん』を見たり、主題歌を聞いたりすることで、「週末が終わり、また忙しい平日が始まる」という気持ちが強調されてしまい、なんとなく気分が落ち込むという心理現象が広がりました。こうして生まれた言葉が「サザエさん症候群」です。

実は似たような現象は世界各地でも見られ、英語圏では「ブルーマンデー症候群(Blue Monday Syndrome)」と呼ばれます。

また驚くべきことに、週の他の日と比べて月曜日には心筋梗塞や脳卒中など深刻な心臓血管疾患のリスクが約19%も高くなることが分かっています。

また、悲しいことに自殺率さえも週明けに高くなるという研究結果があり、『月曜日』という日は単なる気分の落ち込みにとどまらない、重大な社会問題にも関わっています。

なぜ週明けの月曜日にこれほどまで不調が集中するのでしょうか?

これまでの研究者の多くは、週末にリラックスして過ごした後に再び忙しい平日の生活リズムに戻るストレスが原因だろうと考えてきました。

週末の緩やかなリズムから急に切り替えることで心理的ストレスが発生し、それが月曜日特有の『ブルーマンデー症候群』につながるというのです。

しかし、これらの研究はあくまでも心理的な側面に焦点を当てており、『気分』が『身体』にどのように影響を与えるのかについては明確な説明がありませんでした。

ここで重要な疑問が浮かび上がります。

それは、月曜日に感じる不安やストレスが一時的な感情の変化だけに留まらず、身体の内部で何らかの長期的な変化を引き起こしているのではないか、ということです。

例えば、不安や緊張を感じると一時的に心拍数や血圧が上がりますが、もしかすると月曜日に繰り返されるこのストレスは、体内のホルモンバランスにもっと根深く、慢性的な影響を与えているのかもしれません。

さらに興味深いのは、仕事や学校が月曜日に再開することが原因でストレスが生じるとしたら、退職した人や仕事から離れた高齢者にはその影響がないはずです。

しかし実際はどうなのでしょうか?

このような疑問に対し、香港大学のタラニ・チャンドラ教授らの研究チームは、『月曜日の不安が、身体のストレス反応システム(HPA軸)を慢性的に乱してしまう可能性がある』という仮説を立て検証を行うことにしました。

もしそうなら「月曜日の憂鬱」が単なる心理的問題ではなく、身体の内部に刻み込まれた長期的な生物学的問題ということになります。

果たして月曜日の憂鬱は生物学的問題なのでしょうか?

「月曜日の憂鬱」は単なる心理的なものでなく実際に生物学的問題だった

「月曜日の憂鬱」は単なる心理的なものでなく実際に生物学的問題だった / Credit:Canva

「月曜日」は本当に生物学的にストレスの痕跡を残しているのでしょうか?

この謎を解明するため、研究者たちはまずイギリスで実施されている大規模な調査「イングランド長期縦断高齢者研究(ELSA)」に参加した50歳以上の高齢者3,500人を対象として、「日常の不安感」についての調査を始めました。

具体的には、参加者に「昨日どの程度不安を感じましたか?」という質問をし、0(まったく不安でない)から10(非常に不安)までの数字で回答してもらいました。

同時に、その回答した「昨日」が週の何曜日だったかも答えてもらい、参加者が「月曜日に不安を感じた人」と「他の曜日に不安を感じた人」のグループに分けられるようにしました。

次に研究チームは、心理的なストレスが実際に体の内部にどのような影響を与えるのかを調べるために、「コルチゾール」というストレスホルモンに着目しました。

コルチゾールはストレスを感じたときに分泌される代表的なホルモンで、体内のストレスレベルを知るための重要な指標です。

しかし、コルチゾールは血液や唾液から一時的に測ることもできますが、それではストレスが瞬間的なものか、あるいは慢性的で長期的なものなのかを判別できません。

そこで研究チームは、髪の毛を使ってコルチゾールのレベルを調べる方法を選びました。

実は髪の毛には、毎日のように分泌されるコルチゾールが少しずつ蓄積されていきます。

髪の毛が1ヶ月に約1センチ伸びることを利用して、2~3センチ程度の髪の毛を採取することで、過去2~3か月間のストレス状況を評価できるのです。

これはまさに、私たちの体が過去にどれだけストレスを感じていたかを正直に記録している「ストレス履歴書」のようなものです。

研究チームはこうして採取した髪の毛から、参加者の慢性的なストレスレベルを調べました。

その結果、非常に興味深いことが明らかになりました。

「月曜日に不安を感じた」と答えた参加者は、その後に採取した髪の毛に含まれるコルチゾール濃度が、他の曜日に不安を感じた人よりも平均で約23%も高かったのです。

この差は単なる偶然ではなく、年齢や性別、季節や髪質、喫煙習慣など、ストレスに関係しそうなさまざまな要因を差し引いてもなお、統計的に明確な結果として現れました。

さらに意外な発見は、この「月曜日ストレス反応」が現役で仕事をしている人だけでなく、既に退職して仕事から離れた高齢者においてもほぼ同程度に認められたということでした。

研究チームは、退職後には月曜日特有のストレスは自然と減少するだろうと予測していましたが、実際には退職者でもストレス反応が明確に見られたのです。

研究リーダーのタラニ・チャンドラ教授は、「退職後も続く月曜日ストレス反応は、私たちが『月曜日』という社会的リズムをいかに強く身体に刷り込んでいるかの証拠です」と述べています。

また、今回の研究ではもう一つ驚くべき結果が示されました。

実は月曜日は他の曜日に比べてそもそも不安を感じる人の割合が多いという特徴がありますが、だからといって「単に月曜日は不安を感じる人が多いから、ストレスホルモンが多く検出される」という単純な理由ではないことが判明したのです。

詳細なデータを丁寧に分けて調べた結果、月曜日にコルチゾールが増える理由のうち、単に「月曜日は不安を感じる人が多い」という事実で説明できたのは全体の約23%しかありませんでした。

言いかえれば、「不安を抱く人の割合が高いからコルチゾールも高い」という単純な因果では、4分の1程度しか説明できなかったのです。

残る約77%はどうかというと、同じ強さの不安でも「月曜日に感じた」という条件だけで、他の曜日に感じた場合よりも体内でいっそう強いストレス反応が起こることに由来していました。

つまり、“月曜日”という曜日そのものが持つ特別な効果が、コルチゾールを押し上げる大きな要因になっている──このことがデータからはっきり示されたのです(※理由は後述)。

言い換えれば同じ強さのストレスや不安でも、火曜日や水曜日よりも月曜日に感じた方が、はるかに私たちの身体に深く刻み込まれるということです。

他の曜日で感じた不安と、その後のストレスホルモンの量との間には明確な関連は見られず、唯一月曜日だけが際立って強い影響を示したことからも、この結論はより一層確かなものとなりました。

月曜日という曜日が私たちの身体にこれほど深く影響を与えているとは、いったい何が原因なのでしょうか?

曜日が持つこの不思議な力の正体について、研究チームはさらなる調査を続けています。

月曜日そのものが概念化して生物学的反応を引き起こしている

月曜日は「概念化」して私たちの体に生物学的ストレスを与えている / Credit:Canva

今回の研究によって、「月曜日に感じる憂鬱や不安は単なる気分の問題にとどまらず、生物学的なストレス反応として私たちの身体に深く刻み込まれている可能性が示されました」。

これまで、月曜日特有のストレスや気分の落ち込みは、主に心理的な現象として語られてきました。

しかし今回の研究成果は、この現象が体内のホルモンバランスを乱し、長期間にわたって健康に影響を及ぼす可能性を具体的に示したのです。

週明けに感じる不安がストレスホルモン(コルチゾール)の慢性的な増加を引き起こすと、それは単なる一時的なストレスとは異なり、心臓病や糖尿病、高血圧、さらには免疫力の低下といった重大な健康問題をも引き起こしかねません。

研究者たちはこの現象を「文化的なストレス増幅装置」と名付けました。

つまり月曜日という曜日は、ただの週の始まりという以上に、私たちの社会的リズムに深く組み込まれており、その結果として特に強いストレス反応を生じさせる「特別な日」になってしまっている可能性があるのです。

その大きな原因の一つとして挙げられるのが、私たちの社会全体に根付いている『曜日という仕組み』そのものです。

毎週繰り返される社会的なスケジュール(平日は働き、週末は休むというリズム)は、単なる生活のリズムを超えて、私たちの体のストレス反応システムにも深く影響している可能性があります。

研究チームは特に、「長い間ずっと繰り返されてきた週末と平日の切り替え」が一種の『条件反射』のようになってしまい、それが月曜日のストレス反応を特に強くしているのではないかと考えています。

いわば、私たちの身体が「月曜日=ストレス」というパターンを無意識に覚えてしまい、そのために同じ強さの不安であっても月曜日に感じた方が体の中でより強いストレス反応を引き起こす、というわけです。

さらに興味深いことに、この強いストレス反応は現役世代だけではなく、仕事や学校といった社会的義務から引退した高齢者にも同じように見られました。

これは、月曜日のストレスが単純に「明日からまた仕事か…」という意識的な心理によるものではなく、長い年月をかけて私たちの体内に刻み込まれた、生理的な反応になっている可能性が高いことを示しています。

つまり、『月曜日』そのものが持つ社会的・文化的な重みがある種の概念化を起こし、私たちの体に対して生物学的な強力な「ストレス増幅装置」として作用している可能性があるわけです。

もしそうだとすれば、月曜日の憂鬱は「単なる気持ちの問題」と軽視するべきではありません。

それは私たちの身体が「注意してほしい」と警告を発している重要なサインであり、放置すると長期的な健康リスクに発展する可能性があるからです。

逆に言えば、月曜日のストレスにきちんと向き合い、積極的に対処することで、私たちは健康へのリスクを軽減できる可能性もあります。

たとえば、週末から月曜日への移行を少しだけ柔らかくする工夫を取り入れることは効果的かもしれません。

仕事や学校でも、月曜日の朝の過ごし方を少し変えるだけでストレスを和らげることができるかもしれません。

月曜日の朝にゆったりとした時間を設ける、軽い運動を取り入れる、職場や教室での短い談笑タイムを作るなど、ちょっとした変化が体内のストレス反応を穏やかにしてくれる可能性があります。

また、研究者たちは今後、「なぜ月曜日のストレスをあまり感じない人がいるのか?」という新たな疑問を追求していきます。

ストレスに強い人たちの特徴や、月曜日特有のストレスに対するレジリエンス(回復力)のメカニズムを解明することで、より具体的で効果的なストレス対処法や健康管理の方法を見つけ出すことができるかもしれません。

月曜日に私たちが感じる憂鬱は、決して「気のせい」や「怠け心」と片付けるべきものではありません。

今回の研究が示したように、週明けの憂鬱感は私たちが自分自身の心と身体を理解するための大切なヒントなのです。

もし次の月曜日の朝、気分が重くなったとしても、それはあなたの体が「少し優しくしてほしい」と訴えているサインなのかもしれません。

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元論文

Are anxious Mondays associated with HPA-axis dysregulation? A longitudinal study of older adults in England
https://doi.org/10.1016/j.jad.2025.119611

ライター

川勝康弘: ナゾロジー副編集長。 大学で研究生活を送ること10年と少し。 小説家としての活動履歴あり。 専門は生物学ですが、量子力学・社会学・医学・薬学なども担当します。 日々の記事作成は可能な限り、一次資料たる論文を元にするよう心がけています。 夢は最新科学をまとめて小学生用に本にすること。

編集者

ナゾロジー 編集部

情報提供元: ナゾロジー
記事名:「 月曜日は「概念化」して私たちの体に生物学的ストレスを与えている