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わたしたちが誰かに惹かれる理由は、ただの好みや性格の違いだけでは説明しきれないことがあります。
とはいえ、「お金をもらえるなら関係を持ってもいい」という考えはかなり特殊です。
ニュース等ではよく見かけるものの、身近でそうした関係を許容する人というのはあまり思い当たらないし、イメージできないという人も多いでしょう。
ここで注目したいのが、「ライフヒストリー戦略(Life History Strategy)」という考え方です。
これはもともと動物の進化行動を説明する理論で、人間に応用すると、「人生のどこにエネルギーを使うか」という個人の生き方の違いを説明するものです。
たとえば、将来の安定のためにコツコツ努力する“長期志向タイプ”と、目の前のチャンスを逃さず早めに利益を得ようとする“短期志向タイプ”に分けられます。
この理論をもとに、これまでの研究では「幼いころに貧しかったり、家庭が不安定だった人ほど、早いうちから恋愛や性的な関係に積極的になりやすい」とされてきました。
理由は明快で、不安定な世界で育つと、「将来のために我慢しても、報われないかもしれない」と感じやすくなり、すぐに手に入るメリットを重視するようになるからです。
こうした背景を受けて、ハンガリーのペーチ大学(University of Pécs)の心理学チームは新たな問いを立てました。
「では、“パパ活”のような関係への興味は、どこから来ているのか?」
特に、「女性は幼少期の貧しさからそのような恋愛傾向に影響されるのか?」「それは男性でも同じなのか?」という性別ごとの差にも注目しました。
研究を主導したのは、心理学者のノルベルト・メシュコー(Norbert Meskó)氏。
彼らは18歳から50歳の男女312人(女性192人、男性120人)を対象に、詳細なオンライン調査を行いました。
調査内容は多岐にわたり、
などが丁寧に問われました。
さらに、この研究では「短期的な交際傾向(Short-Term Mating Orientation)」と呼ばれる心理的な傾向も評価されました。
これは「気軽な恋愛や性関係にどれだけ積極的か」を測る指標で、“パパ活”のような関係に対する関心を予測するうえで重要な要素です。
分析には、構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling)という統計的な手法が使われました。
これは複数の心理的要因がどのように関係し合っているかを一度に調べられる方法で、たとえば「幼少期の環境→人生観→恋愛傾向」という流れがどれほど強く結びついているかを明らかにすることができます。
そして、研究チームはこの分析によって、ある特定のパターンを見つけることに成功しました。
そのパターンこそが、「女性にだけ見られる“幼少期の貧困が将来の恋愛傾向に影響を与える”ルート」だったのです。
研究の分析結果は、ある意味でとても明快でした。
“パパ活”のようなリソースを交換する関係に対する関心は、男女共通で「短期的な交際傾向(Short-Term Mating Orientation)」と強く関係していることがわかりました。
つまり、「すぐに親密な関係になるのに抵抗がない」「その場限りの関係でも構わない」と考える傾向が強い人ほど、“パパ活”に前向きな傾向を示したのです。
ですが、ここからが本題です。
同じように“短期的な交際志向”をもっている人でも、その背景には違いがあることがわかりました。
とくに女性の場合は、幼少期の家庭の貧しさや不安定さが、“パパ活”への関心を高める傾向に影響していたのです。
つまり、幼少期に家庭が貧しかったり不安定だった女性ほど、将来よりも「いま得られるもの」を重視する“短期戦略”をとるようになり、その結果、“パパ活”のような関係に興味をもちやすくなっていたのです。
一方、男性ではこのような因果関係は見られませんでした。
男性でも女性からお金をもらって性的関係を結ぶ人はいます。しかし男性の場合は、“お金をもらって性的関係を結ぶ”ことへの関心は単に「気軽な関係に抵抗がないかどうか」によって説明され、育った家庭環境の影響は統計的に有意ではなかったのです。
この結果から何が言えるのでしょうか?
まず重要なのは、金銭を受け取っての性的関係を許容する女性には、子どものころに育った環境の「未来は不確かで、今を生き抜くことが大切」という感覚が染みついている可能性が高いということです。
これは「生き延びるための知恵」として形成された適応的な考え方とも言えます。
また、「女性だけにこの影響が見られた」というのも注目すべき点です。
進化心理学の視点からは、女性の方が出産や育児の負担が大きく、“誰と関係を持つか”がその後の生活を左右しやすいため、より環境に敏感に反応する傾向があると考えられています。
だからこそ、幼少期の環境が将来の恋愛観に強く影響するのかもしれません。
この研究からは子どもにとっての「安定した環境」が将来の選択肢をどれだけ広げるかということを改めて考えさせられます。
“パパ活”という現象の奥には、表面的には見えない「人生の歩み方」が隠れています。
そこには単に倫理観や、「自分を大切にしなさい」というような理屈を説いても、相手にはあまり響かない可能性があるでしょう。
その背景を理解することで、私たちはこうした社会問題をもっと深く分析し、適切な解決への道筋を見つけられるようになるかもしれません。
参考文献
Openness to sugar relationships tied to short-term mating, not life history strategy
Openness to sugar relationships tied to short-term mating, not life history strategy
https://www.psypost.org/openness-to-sugar-relationships-tied-to-short-term-mating-not-life-history-strategy/
元論文
Short-Term Mating Orientation Predicts Openness to “Sugar Relationships” More Than Life History Strategy
https://journals.sagepub.com/doi/10.1177/14747049251339453
ライター
相川 葵: 工学出身のライター。歴史やSF作品と絡めた科学の話が好き。イメージしやすい科学の解説をしていくことを目指す。
編集者
ナゾロジー 編集部